1-9

 俺とあかりはフェアリーフの人間ではない。

 俺は大規模魔法実験の余波を受け、巻き込まれて。

 そして、あかりは俺の意図により、現世からこの世界に召喚されたのだ。

 リクルート召喚――俺たちの行った召喚は気づけばそんな風に呼ばれていた。

 紆余曲折あって、あかりはこの世界にいることを選んだのだが、その話はまた別の機会にすることとしよう。

 今は、『えいえんソフト』の危機を打破するための手段として、新たなリクルート召喚を行う、そのことだけを考えたい。この世界に新たなクリエイターを招く、ただそのことだけを。


「つまり、あかりちゃんたちの世界から、このフェアリーフに召喚する時に必要なアイテムを、おねえちゃんに用意してほしいわけね」


「入手が難しいのはわかっているし、どのタイミングで来るかもわからないとは知っている。ただ、手に入る機会があるのならば用意してほしい」


「そっか……うん、ちょっと待っててもらっていいかな、相談してくるから」


「ああ、もちろん」


 シャルロットが席を立ち、一度店の奥へと戻っていく。

 その背中を見つめ、あかりがぽつりと呟いた。


「……そっか、私以外の子も喚ぶって決めたんだ」


「いい加減、どうにかしなきゃいけないとは思ってたんだ。ただ、なかなか踏ん切りがつかなくてな」


「シュン、ラクアさんに連絡しますか?」


「そうだな。召喚となればラクアの力が必要だ。今日ラクアは飲みには来ないのか?」


「ラッ子なら今頃ショップに謝罪回りに行ってるわよ。一軒一軒ちゃんと足を運んで、誠心誠意をお見せするっすって言ってたから」


 俺のことをセンパイと呼ぶ少女の姿が脳裏に浮かぶ。


「あ、もちろん先にモニ子が連絡を入れてるとは知ってるし、今日の飲み会にも誘ったわよ? それでも、ラッ子がやりたいっすって言ったから、わたしたちだけで飲んでたってわけ」


「ああ、たぶんそんなことだろうなとは思ってた」


 その、ラクアという子はとにかくいい子なのだ。

 いい子すぎて、色々と苦労をしているのだけど、まあそれは追い追い話すこともあるだろう。


「とりあえず、ラクアへの説明は明日にするよ。どのみち、触媒の準備はまだだし、それにどういう人材を喚ぶかも決まってないからな」


「パトリックってば、あかりを喚ぶ時にもかなり考えていたものね」


「そうポンポンと喚べるものでもないからな」


 さっき言った通り、召喚には多くのものが必要となる。その中でも核となるアイテムは俺たちの力だけではほとんど手に入らない。だから、こうした店を持ち、広い交友関係と力を持つシャルロットに手伝いをお願いするわけだ。

 店の奥からシャルロットが姿を現す。


「トクサンってば運がいいよね。ちょうど手に入ったところだったの」


 その手に抱えられたものを見て、俺は思わずつぶやいていた。


「うっわ、懐かしい」


 袋に詰められたそのアイテムを覗き見て、モニカは怪訝そうな顔を浮かべた。


「シュン……これって……」



「やるっす! 召喚するっす!」


 翌朝、出社してきたラクアに昨日の話をするとものすごい勢いで食いついてきた。

 つばの大きな魔女帽子の下には満面の笑みと少し曲がった角が見える。


「ラクア・ギガマイン、自分の役目をきっちり果たすっす!」


 先ほどからの勢いそのままに、ぎゅっと両手に力が込められる。

 その声に驚いたのか、足元に転がっていた寝袋がごそりと動いた。


「かなり気合いが入ってるな」


「そりゃそうっすよ! センパイ、ラクアの役職を忘れたわけじゃないっすよね」


「もちろんだとも。ショップ回りにモニカや俺のサポート。総務としての仕事を十分にこなして、俺たちを助けてくれているじゃないか」


「へへっ、ありがとうございま――じゃなくて、召喚士! 召喚士なんっすよ! 総務扱いされてもしょうがないくらいダメダメ召喚士っすけどー。センパイがいなかったら全然使えない子っすけど! あー! ちゃんとした精霊召喚の才能がほしい!」


 召喚士ラクア・ギガマイン。

 一応はそういった肩書きだが、『えいえんソフト』においては総務を兼任している。今では圧倒的に総務の仕事量の方が多くなってしまっているので、人に紹介する際には総務として紹介している。

 ラクアはアイリスと違い、王立アカデミーでしっかりとした教育を受けてきた子だ。勤勉で仕事熱心で、その人間性は社外からも高く評価されている。総務の仕事を十分にこなせていることからもそれはわかるだろう。

 だが、彼女自身も自覚しているように、生まれ持った才能という面では貧乏くじを引いてしまっていた。


「ラクア、精霊召喚の才能がないことは気にしなくていい」


「そんなにズバッと切り裂かないでほしいっす!」


「俺たちに必要なのはリクルート召喚だ。それができるのはラクアだけなんだ」


「そう言ってもらえるのは嬉しいっす! ……けど、どうしたんです? 急にそんなこと改めて言い出すなんて、センパイらしくないっすよ?」


「まあ、あれだ。頑張っていることについて、きちんと伝えなきゃと思ったんだよ」


「うっす、わかったっす! ラクアはリクルート召喚を超頑張ります!」


 ラクアはそう、元気よく答えてくれた。

 この世界では召喚士は精霊を召喚することで様々な現象を引き起こしたり、手助けを得ている。

 わかりやすい例では、雨が欲しい地域には水の精霊を喚んで雨を降らし、逆に長雨で水害に困っている地域には、風の精霊を喚んで雲を払う、といった感じだ。

 ただ、召喚士と精霊との間には相性があるらしく、それにより得意な召喚が変化するのだが……ラクアはどの精霊との相性も最悪だった。

 だが、召喚士はそもそも才能がなければ、つくことのできない役職だ。

 ラクアにも何かしら召喚ができるものはあるはずで、どうにかして見つけようと試行錯誤した結果、たどり着いたのがリクルート召喚の適性だった。


「でも、どうして急に召喚をすることになったんすか? あかり先輩を喚んで以来、全然そういう話がなかったっすから、召喚はもうしないもんだと諦めてたっすけど」


「昨日、キューブリック社長からも呼び出しをくらったからな。早くシナリオライターを見つけてこいって」


「あー……それはお疲れさまっす」


 ラクアは引きつったような不器用な笑みを浮かべた。ラクアの性格を考えると社長に対しては必要以上に恐れてしまうところがあるから、そういう反応になってしまうのも仕方のないことだ。

 ただ、それはあくまできっかけに過ぎない。

 俺の中でどうにかしなきゃいけないという気持ちは常にあったのだ。それでも予算の問題だったり、納期の問題だったり、日々のタスクの積み重なりだったりで目を背けてしまっていた。


「幸い、シャルロットが必要な触媒は用意してくれている。後は誰を喚ぶのかを俺たちが決めて、準備をするだけだ」


「そこが難しいところっすけどね」


 ラクアは苦笑するが、少し頬は緩んでいた。おそらく、自分の本来の役割である召喚ができるということが嬉しいんだろう。

 あかりのとき以来、召喚はとんと縁がなかったけれど、ここに来てそれが叶ったのも何かの縁というか、タイミングだったのかもしれない。


「ところで……1つ相談というかお願いがあるっす」


「どうした?」


「今回のリクルート召喚が上手くいって、ちゃんと今作ってるゲームが完成したら……ラクアを正社員にしてください!」


「……そうだな、前向きに考えるよ」


「絶対っすよ! 絶対にお願いするっすよ!」


「善処するよ」


「それ前にも言ってたっすからね!」


 仕事だって、技量があれば常に得られるわけではないのだ。

 ラクア・ギガマインが入社のタイミングだったり、予算の都合上から、今も『えいえんソフト』の契約社員扱いであるように。

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