1-8
「それでは、『えいえんソフト』さんの再々以下略~延期を祝してーかんぱーい!」
シャルロットの音頭に合わせてそれぞれが飲み物を掲げる。
いや、まったく祝っちゃいけないことだっていうのはもちろんわかっている。
それでも、最初の延期の時はひどい沈みようだった。それを見かねたシャルロットが盛り上げてくれようと始めたのがこの延期会だ。
それが再延期会になり、再々延期会になり、延期が10回を超えた頃からは以下略とまとめられるようになってしまった。情けないったらありゃしない。
「しかしキャサリンちゃんも大変ねぇ。トクサンに振り回されちゃって」
こんな喧噪の中でもシャルロットの耳には俺たちの話が届いていたらしい。
ちなみにトクサンとは俺のことだ。俺の名前の漢字を教える際、俊徳の「のり」を、「とく」っていう漢字なんだけどと教えてしまったことが原因だった。
「別に俺は振り回そうとは思ってないんだけどな」
「はー……無自覚なのがいちばん面倒なのよね」
「やっぱりシャル姉ってば、小久保くんと違ってよくわかってる!」
シャルロットの言葉にあかりが同調する。
気づけば俺の呼び名が小久保になってしまっていた。どうやら、また俺のあずかり知らぬところで評価を下げてしまったらしい。
「ところで、今回の延期はプログラムが原因ってことなんだっけ?」
「ああ」
シャルロットの問いかけにうなずき返す。
あかりの責めから復活したアイリスが、
「プログラムのことならば私に任せてくれればいいのに、パトリックってば外注なんて使うからこうなるのよ。私は養成学校を首席卒業してるのよ?」
さも自信あります、優等生ですという感じで答えた。
胸を張って堂々としていて、聞く人によっては信じてしまう雰囲気がある。雰囲気だけは。
俺は、ハァとひとつため息をつき、アイリスに向かい合った。
「……アイリス、書けるプログラム言語を答えてみて」
「いや」
「いやじゃない、答えなさい」
アイリスは子供みたいに頬を膨らませながら、
「……表計算ソフトのマクロ」
「ゲームプログラミングとして普通使わないからなぁ、表計算ソフトのマクロ」
「そうなのよね……そうなのよね……」
アイリスと同時にドラゴンハイボールをあおる。
彼女は喉をたっぷりとアルコエーテルで潤すと、
「あのヤブ学校めええええええええええ!!! 何が通うだけで一線級のプログラマーになれる、よ!! 皆勤で通ったのに使える言語なんか一個も教えねえじゃねえか!! 今は業界的にマクロの方が重宝がられて、プログラム言語なんか覚えても意味がない? クッソみたいな嘘理屈で生徒だまして楽しいかこんの野郎!! 就職面接の時に鼻で笑われまくった回数だけあの教頭と担任の全身をムチでしばき上げてマンドラゴラの軟膏を塗りたくってやりたい!!!」
アイリスは俺のジョッキも奪い取ると、こっちも一気にあおった。
「本当のプログラマーを育成しろ! ちゃんと使える言語を教えろや! ていうかプログラムより彩色のうまいプログラマーってなんなんだよバッカ野郎!!!」
近くの席のお客さんたちが、突然叫びだした俺たちにぎょっとした目を向けてくる。俺は黙って目で合図をし、周りに会釈をした。ここは悲しみを抱えた連中が集まる店、4G屋。周りのお客たちも「何かつらいことがあったんだろうな」と納得してくれた。
この店では、突然悲しみの叫びを上げる客は珍しくない。そこに向けられる目は非難ではなく、同情なのだ。
アイリスは叫んで気が晴れたのか、今度はブツブツとバグについての愚痴を垂れ始めた。
「だってえ……いくらプログラムを確認しても、ちっともどこがダメなのかわからないのよ……表計算関数のエラーなら一瞬で直してあげるのに」
どうやらアイリスは、グロッキー状態から復活すると、延期告知の情報を見て、プログラムのチェックをしていたようだった。
「そんなことをしてたのか」
「あたしはプログラマーだもの。プログラムに原因があるなら、確かめないと」
アイリスの眼差しは真剣だった。それに対して、俺はいささかバツの悪い顔をしてモニカの方を見ていた。彼女もまた、同様の表情をしていた。
今、俺はアイリスにどんな言葉をかければいいのだろうか。色々と考えた挙げ句、俺は言った。
「あのな、アイリス。本当はプログラムに……延期の原因はないんだ」
「へ?」
アイリスがぽかんとした表情を浮かべる。
「で、でもサイトのお知らせにはプログラムが原因って」
「あれは……その……建前なんです……それがいちばん通りやすいからって」
モニカも口を開き、申し訳なさそうに補足した。
「パトリック……本当なの? 今言った通り、プログラムに原因はないの?」
「ああ、今のところプログラムに問題はない」
「ひっどぉい!! あたしを騙したのね!!」
アイリスが勢いよく立ち上がる。
「違う! アナウンスはユーザーの皆様に納得してもらうためのものだ。ちゃんとスタッフには現状を伝えてあるだろ! 予算の問題もあってシナリオライターが見つからないから、CGの指定も切れないし、当然収録も進みませんって」
「なら、そうアナウンスすればいいじゃない!!」
「できるわけないだろ! あのな、よく考えてみろ。ゲームを発売延期にしますって書いてある告知の下に、シナリオライターが不在のためとか書いてあったら、おまえだったらどう思う?」
「このメーカーマジで終わったwwwって草を生やすわね」
「だろ! だから言えないんだよ、絶対にな……」
それならば、まだプログラムをスケープゴートにした方が少しはマシだ。もちろん非難はされるだろうけど、詳しい人間が少ない分だけごまかしもきく。
「とはいえ、すまなかった。アイリスには無駄な作業をさせちゃったな」
アイリスに向けて頭を下げる。
キューブリック社長の前で頭を下げている時とは違う。真剣に、心を込めての謝罪だった。
アイリスも、俺に謝られたことで熱が冷めたのか、
「あ、いやその、あたしもごめん。まあ、そうだよね、プログラムのせいって言っておいた方が、言い訳になるもんね……」
仲良く叫んで、テーブル越しに頭を下げて、一体俺たちは何をやっているんだろうなんて思ってしまった。
「とはいえ、このままじゃライターがいないと本当にピンチよね」
冷静な口調であかりが言う。
「うちのゲームのこともそうだけど、今受けてる下請けの仕事――、あれってシナリオも一定量あったよね、たしか」
「……ああ。そのことについても社長からは言われたよ」
『えいえんソフト』は、自作のゲームを販売していない以上、そこからの売上が存在していない。KGBからの支援は多少あるけれど、それでは全員分の給料はまかなえない。
そこで、あかりやアイリスを筆頭にして、他社作品の下請け業務も行っていた。1枚単位の塗りや原画の補助から、大きな枠組みでの手伝いまで。作品として残る物はないけれど、それで得られる報酬は会社運営の大切な要素の1つだった。
そして、今受けている仕事の中に、シナリオの外注業務というのもあったのだ。時間に余裕があれば、外注のライターに依頼もできたかもしれなかったけど、当初から提示されている〆切は10日後。なんとか引っ張ったとしても残り時間は2週間とちょっとぐらいだろう。ただでさえ人材難な中、ハードルの高い業務だった。
長期で見た上でも、短期で見た上でも深刻なライター不足。果たしてこのままでいいのか。延期して、社長に頭を下げて、また延期会を開いて。それでいいのだろうか。
――もうこうなったら、やるしかない。
「シャルロット、1つ頼みがあるんだ」
「トクサンからの頼み、ね。わかった、おねえちゃんにできることならしてあげる」
「助かる。それで頼みなんだが……シナリオライターを用意したい」
「んん? そういう人たちを探すならトクサンの方が早いと思うけど?」
「そうじゃない。連れてこようと思うんだ、あかりみたいに」
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