1-7

 ゴッドウォーさんに別れを告げ、開発室へ戻る道を進んでいく。

 正直に言えば、シナリオライターを探す当てが残っていないわけではない。

 ここにいないのであれば、連れてきてしまえばいいのだ。

 それができることはわかっている。ただ、それには相応の代償がついてきてしまう。

 さすがにこればかりは俺の一存だけで踏み込むようなことはしたくない。

 とりあえず、あいつらに相談はしておこう。

 そうだ、これから考えなければならないことはまだまだあるのだ。

 そう思い、開発室のドアを開いた。


「ただい……」


 口に半分以上出していた言葉が止まる。

 くたびれた俺を出迎えたのは無人の開発室だった。

 ……いやいや、さすがに今日ぐらいは誰か残っていてくれよ。

 呆然とする俺の思考を電話の着信音が遮る。いつもはモニカに任せているが、誰もいないのであれば俺が出るしかない。


「はい、『えいえんソフト』開発室、久保でございます」


『やっぱり小久保くんだー。なに、もう今日のおつとめはおしまい?』


 受話器の向こうから聞こえてくる陽気な声に思わず頭が痛くなる。


「……あかり、今どこにいるんだ?」


『いつもの4G屋だけど? あ、ユグドラシルの雫割りもう1杯くださいー』


「お前なぁ……」


『私はもう少し待ってあげたらって言ったのよ? ただ、アイ子が胃痛の原因をポーションじゃなくて、アルコエーテルで上書きしたいって聞かなかったの』


「アイリスもいるのか」


『スタッフは全員いるわ。大丈夫、小久保くんの席も追加してもらえる手はずは整ってるから。あ、そういえば竜のあぶり焼き頼んでなかったわね。モニ子―、大サイズで追加しといてー』


「はぁ……」


 大きなため息がこぼれる。

 延期告知直後に飲んでるのはどうなんだとか、シナリオライターの目処がついたとしてもこの調子だとダメなままなんじゃないだろうかとか、考えることはいろいろあるけれど今、俺があかりたちに伝えたいことは1つだった。


「すぐ行くから、席を用意しとけよ?」


『ふふっ、そうこなくっちゃ』


 異世界にももちろん酒場はある。といっても、この異世界における酒場は、出会いと別れの酒場でもギルドが併設されているわけでも、ましてや駄目な女神様が借金をこさえたりする場所でもない。

 秋葉原がやってくると共に居酒屋という概念も引き継がれてしまったのだ。

 4G屋。創業当初、すべてのつまみが4Gで統一されていたことから名付けられたこの店は、出てくるメニューと客がファンタジー色豊かなのを除けば、ほぼ現世における居酒屋と同じだった。そして俺たち零細ゲーム制作会社の社員は、その安さと気軽さに惹かれ、この居酒屋に3日に1度は入り浸っていた。

 ちなみに前もって書いておくと、この世界における「酒」は俺たちの世界の酒とは違い、アルコールは含まれておらず、アルコエーテルという強壮作用のあるポーションを含んだ飲みものを指している。なので、基本的に誰でも飲むことができる。もう一度書いておく。誰でも飲むことができて何ら法に触れるわけでも倫理的に問題があるわけでもない。何もない。わかったね?

 話を戻そう。4G屋の最寄り店は聖地店で、開発室のはす向かいにある。いつも通り、酔っぱらいたちの声で埋め尽くされ、冒険者の苦労話や王宮勤めの愚痴が各所から聞こえてくる。俺はそんな中、今日の社長面談の愚痴を社員たちにこぼしていた。


「フェリラン三つ星?」


 愚痴には何の反応もしないくせに、その話題になったとたん、アイリスが身を乗り出してきた。


「なんか空席があったらしくて誘われたんだけどな……まったく、結局飲むならあっちに行っておけばよかったよ。あ、シャルロット、ドラゴンハイボール1つ追加でー!」


「はーい!」


 赤髪の店員さんがスカートと尻尾を翻した。シャルロットと書かれたネームプレートを載せた胸がその反動で弾む。


「シャル姉―、私の分も追加で!」


 俺の横に座るあかりが空になったジョッキを掲げる。

 こいつ、ドラゴンハイボールに移行してるってことは俺が来るまでに、あの「1杯だけでも世界が揺らぐ」と評判の雫割りを制限最大の3杯飲みきったな?

 実際、あかりの対面に座るモニカはちびちびと雫割りを舐めるように飲んでいる。

 あかりはカラカラと氷を揺らしながら、


「まーでも、あのガチエルフ、今頃凹んでるわね」


 なんてことを言い出した。


「凹んでるか……やっぱり、そうだよな」


「あら、私と大久保くんの間で意見が合うなんて珍しいじゃない」


 いつの間にかあかりからの呼び方が変化していた。

きっと酩酊の状態異常がすでに発生して、気分がよくなってきているのだろう。


「ああ。だって、フェリラン三つ星だからな。きっと誰かと行こうと思って予約してたんだろうよ」


 で、ドタキャンされたけど、かといって1人で行くのは気まずかったってことなんだろう。

 今回も迷惑をかけちまったわけだし、付き合ってあげればよかったな。いや、でも三つ星ともなれば支払い金額もなかなかのものになるはずだ。ドレスコードだってあるはずだろうし、そういう意味ではゴッドウォーさんほどの稼ぎがない俺には、やはり縁のない店だったのかもしれない。


「ふーん」


 あかりは俺の方をジロジロと見て、「こいつマジで言ってんのかなあ」とか言ってる。何のことだよいったい。


「……というか、ゴッドウォーさんのことをガチエルフって呼ぶのはどうなんだ?」


「いいじゃない。褒め言葉よ?」


 たしかにゴッドウォーさんは俺に対してもキャサリンって呼んでくださいって言ってくるぐらい心が広いから、あかりがそう呼んでも許してくれるかもしれないが、


「あたしはアイ子でキャサリンはガチエルフか……ふふっ、あたしだってちゃんとしたエルフなのにね……」


 流れ弾を受け、目からハイライトが消えてしまう者もいるのだ。


「なら、今日からアイ子のことはダメエルフって呼ぶわ」


「ねえ、ダメはいらないよね? 普通に呼びゃあいいじゃないの、エルフだけで!」


「そう? 悪くないと思うのだけど、ダメエルフ」


「よかねえよ!」


 もはや流れ弾ではなく、狙い撃ちに近い状況だった。矛先を変えるかと口を挟もうとした時、


「はーい、ドラゴンハイボール2つねー」


 勢いよくテーブルの上に3つのジョッキが置かれ、会話は強引に途切れた。


「シャル姉、頼んだのは2つだけよ?」


「大丈夫。これはおねえちゃんのだから」


 4人掛け席のお誕生日ポジションに椅子が追加され、シャルロットが腰を下ろす。


「店員が飲んでていいのか?」


「大丈夫、大丈夫。1杯ぐらいじゃおねえちゃんぜーんぜん酔わないから」


 まったく理由にはなっていないが、そう答えられてしまっては仕方なかった。

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