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 精霊と魔法の国、フェアリーフ。

 ここでは長い間、人間と異種族、そして魔物との間で戦が繰り返されていた。その歴史を今ここでは語らないが、「いろいろあって」条約が結ばれ、百数十年にわたる平和な時代が訪れていた。

 現代の世界が電気を発見しエネルギーとしたのと同じく、彼らは魔法、魔力をエネルギー源として使っていた。そして条約が結ばれ平和になると、魔力の用途は格段に広がりをみせ、途端に全世界的な魔力不足へと繋がっていった。

 そこで彼らは、種族間を超えて魔力が増幅・永久的に補充されるシステムを作ろうと試み、大きな実験を執り行うこととなった。わかりやすく言えば、でかい発電所を世界の共有財産として作ろうという計画だった。実際、これが成功すれば、向こう数百年の魔力不足は解消できるという算段になっていた。

 しかしその結果、実験は大規模な事故を引き起こした。幸いにして死者や負傷者はなかったものの、制御しきれない魔力が辺りに拡散し、強大な魔力を呼び寄せようとしていた力がものの見事に暴走した。

 まったく別の世界のものを召喚してしまうというその力は、別の世界に存在するひとつの街を、丸ごとフェアリーフに「持って来て」しまったのだった。


 元々の俺たちの世界は、その「街」を、秋葉原と呼んでいた。


 秋葉原が街ごと転移し、フェアリーフの辺境にある魔法実験場へ突如として現れた。砂漠の真ん中に突如としてできた異世界の街に、当然ながら調査隊が複数送られ、街の隅々まで徹底的に調べられた。

 様々な文化的発見に皆が心を躍らせる中、調査隊の1人がレモンブックス秋葉原一号店のトイレを覗いた瞬間、大きな声を張り上げた。


「ひっ……人がいます! 転移したと思われる人間を発見しました!!」


 その、秋葉原と共に唯一転移してきた人間こそが、俺だったというわけだ。



「あれからもうしばらく経つんだよなー」


 他人事のようにつぶやきながら、俺はそこらに転がるポーションやらエーテルやらの瓶をビニール袋にガチャガチャと放り込んでいく。住めば都、というけれど、自分のこの適応能力の高さだけは、人に誇ってもいいんじゃないかと思う。

 最初の1年は、あれやこれや調べられた挙げ句、フェアリーフの各種メディアに取り上げられ、時の人としていろんな所へ引き回された。

 しばらくするとやっと騒動も収まり、俺はなんとかして元の世界に戻れないか、色々と魔法学者の大先生たちと話をした。結果、どうも今の魔法技術では確実に「これ」という方法がないとわかり、俺はあっさりと諦めた。どうせ、元の世界でいいこともなかったし、親兄弟は死に別れて悲しむ人もいやしなかった。

 そこから、どうして異世界に来てまで美少女ゲームを作っているのかについては、今のところ説明を省略しておく。どうせどこかでいやというほど語る時が来るはずだから。

 廊下の掃除をすると、俺は袋を片手に開発室のドアを開けた。ギイ……ときしむ音と共に、どんよりした空気が身体を包んだ。


「あ、おつかれさまです……」


 モニカが俺の顔を見てペコッと頭を下げた。

 その頭には、作り物ではない猫耳が2つ、ぴょこっと並んでいる。

 ヴァンダレイ・モニカ。姓がヴァンダレイで名がモニカ。かわいらしい猫耳が生えている以外は、人間とまったく変わらない容姿を持っている獣人の少女だ。


「モニカ、ひとつ質問がある」


「は、はい……なんでしょうか」


「モニカが来たときから、これはあったのか?」


 モニカはコクンとうなずくと、すぐ近くの床を指さした。

 木製の床には、水牛の革でできた寝袋が転がっていた。そこには誰かが寝ていると思われる形跡があったが、俺はもう、その状況だけですべてを把握してしまった。


「……ああ、もうわかった。じゃあモニカは広報作業を続けてくれ」


「わかりました……」


 モニカはふたたびコクンとうなずくと、カチャカチャとキーボードを叩き始めた。

 彼女は元々、声優としてうちのメーカーに入った。しかし、他人と話すのが不得意な上に極度の人見知りということでメイン級の役は与えられず、仕方なく事務員としても働くことになったのだった。

 彼女は俺のことをシュンと呼ぶ。それは俺の名前である俊徳の「とし」を、初見で「しゅん」と読んでしまったことが理由だった。思い込みが激しい彼女は、初見での情報がかなり強く頭に残ってしまうらしく、俺がいくら「としのり」だと言ってもずっと間違えていたので、じゃあもうシュンでいいや、ってことになったのだった。


「あ、あの……シュン」


 俺の服の裾をつかんで、モニカが申し訳なさそうな顔をした。


「この服……いつまで着ていればいいんですか……? その、スカートが短くて、とても恥ずかしいんです……」


 彼女はそう言って、通常より短めのスカートの裾をキュッと握りしめ、赤面した。

 モニカは人見知りするだけではなく、異常なまでの恥ずかしがり屋だった。

 なので、その性格を少しでも前向きにしようと、比較的露出度の高い格好で過ごせばいいと、スタッフからのアイデアでミニスカメイド服を着せられたのだけれど。


「外を歩いてても……すごく見られるんです。特に男の人から……」


 んー、まあこのかわいい子がこんな格好してたら、そりゃ見られるだろうけど。

 でも、その視線に慣れるってのも、人前で仕事をするための第一歩だろうしなあ。なにより、モニカはこの職場における花でもあるし。


「いや、まだダメだ」


 ここは(個人的願望も含めて)心を鬼にして、申し出を断ることにした。


「ふええっ……」


 モニカは目を潤ませて俺に抗議の視線を送る。

 あまりにその顔がいじらしくて折れそうになったが、


「モニカ、俺もそして他の連中も、好きでこういうことをさせてるんじゃないんだぞ」


「……はい、それはわかっています……」


「それに、モニカはこういう格好が似合うし、かわいいんだから、もっと自信を持つんだ。声優の仕事、したいんだろ?」


「も、もちろんです……! とっても、したいです……」


「だったら、がんばって恥ずかしがらず人前に出られるようにならなきゃな。このメイド服にしたって、その一環だと思えばつらくないだろ?」


 自分で言っていてもなかなかの詭弁というか、はっきり言って無茶苦茶な理屈だと思ったけれど、


「わかりましたっ……」


 モニカは口元をキュッと引き締めて、勢いよくうなずいたのだった。


(まあ頼むよ、おまえがここでかわいくいてくれないと、色々とこの職場ではバランスが取れないんだ)


 俺は内心でモニカを拝むと、さっき視界の外へ追いやっていた、革製の寝袋を見つめた。時折聞こえてくるうめき声に思わず頭が痛くなる。


「さーて、こいつをなんとかしなきゃな」

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