第1話 条件は、今よりいい世界。以上。

1-1

 こんにちは、『えいえんソフト』です。

 現在制作中のタイトルにつきまして、再延期のお知らせをいたします。お待たせしている皆さまには深くお詫び申し上げると共に、いつもご声援をいただいていることに心から御礼を申し上げます。

 なお今回の延期につきましては、プログラム工程における致命的なミスが原因であり、ゲーム本編に関する理由ではございません。何卒ご了承くださいませ。

 今後とも『えいえんソフト』を応援のほど何卒よろしくお願いいたします。


 無表情のままにキーボードを叩き、タグを付けて保存をクリックする。

 HTMLファイルをサーバにアップし、更新したことを知らせるつぶやきをSNSにアップすると、途端に通知がピコピコと鳴り出した。


――またですか


――もう待てません


――延期の仕方だけ堂に入ってきましたね


――給料をプレス工場の人にあげたらいいのでは


――今、予約キャンセルしました。二度と予約はしません


 容赦のないリプライが通知欄を埋め尽くす。

 俺はスマホの画面を無感情な顔で見つめながら、


「ま、そーなるよな……」


 うなずきつつ、仕事にならないので通知を切った。

 美少女ゲーム制作ブランド『えいえんソフト』。

 明らかに名前負けなブランド名を持つこの制作会社は、現在……いや、過去も現在もそして多分未来も、いつもピンチに陥っていた。

 ずっと楽しいゲームを作りたいと願って付けられたはずのブランド名は、いつしか永遠にゲームが発売されないメーカーと揶揄される原因となった。不甲斐なさを感じることも……最近ではさすがに薄れつつあった。これだけ発売延期を繰り返していると、さすがに感覚が麻痺してきてしまう。

 俺はその延期に関する文章を考えて、サイト更新をかける仕事についていた。いや、正確にはもっと他の仕事もあるのだけれど、当面この仕事しかなかったので、すごく厳密に言うと、この仕事しかなかった。

 そろそろ延期理由のネタも尽きてきたし、スタッフからアイデアを募るかと思っていたその時、


「あ、あの……」


 開いたドアをノックして、女の子がひょこっと顔を出した。

 会社の俺の部屋は基本いつもドアを開けている。いつも緊張してドアを開けられないという謎の要望に応えた結果なのだけれど、その要望を出した本人がやってきた。


「ああモニカ、何かあったのか?」


 声をかけると、モニカと呼ばれた少女は、


「はい、えっと……さっきの更新に関してメールをいただきまして。その対応をシュンに聞きたいなって」


 シュンというのは俺のことだ。だけど、俺の名前はシュンじゃない。

 それについてはまた後で話すこととして、


「あークレーム対応か……わかった、内容を教えて」


「わかりました。一通目は……王都在住の方からで、『発売延期の理由がいつも非現実的で、本当の理由なのかどうか疑わしい。僕は法律に詳しいから、いつでも君たちを訴えることができる……』というものです」


「ご希望に添えず申し訳ございません、今後とも鋭意努力いたしますので何卒よろしくお願いいたします、って返して」


「でも、この人訴えるって……」


「本当に訴える気のある人はそもそもメールに書かないよ。じゃあ次」


「はい、こちらは南域の方です。『また延期か! 今度わたしのレビューサイトで酷評しますから楽しみにしていてくださいねw』だそうです」


「SNS全盛期にレビューサイトか……まあいいや、ご指導いただきありがとうございます、って返しておいて。次」


「『こういう謎の延期が続くからには、代表には責任をとって代わってもらうべきだ、スタッフはみんな声を上げろ!』という……」


「俺、誰かと交代していい?」


 聞くと、ふるふると小刻みに顔を横に振って、


「シュンがいなくなったら……わたし、死にます……」


 それはちょっとマジでいなくなるわけにいかんなと思いつつ、


「とりあえず、返信には『貴重なご意見ありがとうございます、弊社としても参考にいたします』で」


「は、はいぃ、じゃあお返ししてきますね……」


 モニカはペコペコと頭を下げて、ぱたぱたとスリッパを鳴らして走って行った。

 このモニカを始めとして、うちのスタッフはみんな俺のことを信頼している。だからまずもってクーデターなんか起きようもないし、むしろ起こすぐらいの気力があってほしいと思うのだけれど、一向にそんな様子は見受けられない。

 信頼じゃなくてただの依存じゃないかとも思うが、まあその辺は考え出すと悲しくなるので深くは考えないことにする。


「さてと……じゃあ声を上げないスタッフの様子でも見るか」


 この仕事をするようになって慢性的に凝るようになった肩を回しながら、部屋を出て開発室へと向かった。

 石で造られた建物に、年月を経た木組みの梁や柱。その辺に転がっている剣や盾はまごうことなき本物であり、窓から見た外の光景は、いわゆる異世界ファンタジーそのものだ。

 その中にあって、俺――久保俊徳は、現代日本で生まれ育ったごく普通の人間だった。唯一、このファンタジー世界へ飛ばされたという点を除いては。

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