【試し読み】誰が喚んだの!?~異世界とゲーム作りとリクルート召喚~
執筆:木緒なち&KOMEGAMES/イラスト:宇都宮つみれ(まどそふと)/ファミ通文庫
プロローグ
――この世には、事実であっても信じられない事、というものが存在する。
たとえば、世間様を騒がせているブラック企業が、実は社員にとっていい会社とか。
たとえば、値段激安で学生御用達のレストランが、実はいい材料を使っているとか。
たとえば、発言が常に注目される超有名業界人が、実は何の実績も無かったりとか。
大体こういった物事が起こるのは、人々が「そうあってほしい」と願う先入観が原因であって、それらを取り払ってフラットに考えてみれば、納得のいく話というのがほとんどの事例で確認できる。
ブラック企業と一口に言ってもそれが労働時間の問題なのか職場環境の問題なのか、はたまた業種なのかによっても意味合いが変わってくる。
外食産業で値段を安くできるのは仕入れ業者に圧力をかけている場合もあるが、一括で買い上げて安くしたり、現地に専門の工場を建ててコストを下げている場合も多く見られる。
そして超有名業界人がやたらと多く発言をしている場合、それはほとんどの場合、ヒマを持て余しているだけなのが現実だ。現場で忙しくしている業界人はヒマなわけがないので、つまりは……そういうことだ。
前置きが長くなってしまったが、皆様が想像する以上に「実はそうだったのか」と思える事実が、この世の中にはたくさんあるのだ。
その上で、俺の話を聞いてもらおう。
今、異世界ものと呼ばれる物語が流行っている。
そんな中、俺はその異世界ものの主人公となってしまった。
異世界には超わかりやすく西洋ファンタジー的な世界が広がっており、様々な種族が暮らし、都合のいいところだけ現代日本と共通点があり、そして当然のように美少女たちが数多くいた。
俺はその世界に、「とある事故」をきっかけにして現世からただ一人だけ飛ばされ、気がつけばある仕事を与えられて、美少女たちとともにチームを組み、日夜その仕事に取り組んでいる――。
はい、ここで問題です。
この俺の与えられた仕事とは、一体何でしょうか。
普通に考えれば、魔王様とか邪神様が現れてイタいことを繰り返してるから、なぜか能力を持っているおまえががんばって世界を救ってくるんだぞっていう「冒険者」か、もしくは商才に長けていることから、つぶれかけた○○屋のいたいけな一人娘を救うべく立ち上がった「商人」か、はたまた現世では嫌々続けていた実家の料理店でのシェフとしての腕前を見込まれて、王宮専属(なぜかだいたい姫専用になる)の「料理人」か、まあそんなとこなんじゃないかと思う。俺もそうありたかった。
しかし、だ。
世の中には本当に、なんでそんなことになるの、というあまりに悲しい巡り合わせというものがたくさんある。ありすぎて嫌になるぐらいだ。そしてそれは、ここ剣と魔法のファンタジー世界、フェアリーフにおいても存在するのだ。悲しいことに。
「シュン、シュン……どうしたんですか、ずっとブツブツ文句を言い続けてますが、何かまた悪いことでもあったのでしょうか」
「んあ、モニカか……いや、なんでもないよ」
先程から延々と愚痴ばかり垂れていた俺の真横には、不安そうな顔をした青髪のメイドさんがいた。頭には本物の猫耳が付いている。
設定だけ並べ立てれば、それがいかに現実離れしたものであるかよくわかると思う。
ああ、ファンタジーの住人なんだなって、意識を遠い所へ運んでくれるような、まさに異世界の空気を味わわせてくれる子だって。
しかし。
「あの……そろそろサイトの更新時間です。すごくやりにくいのはわかっていますが……どうかその、更新をお願いします」
彼女が口にしたのは、クッソ現実的で、金曜の20時ぐらいに末広町あたりのメーカーで広報がせっつかれるときによく使われている言葉だった。
「……ああわかった、じゃあやっておくよ」
ため息交じりに応えると、
「はい、よろしくお願いします……先程、流通さんからも連絡がありましたので」
最後に恐ろしい言葉を残して、モニカは音もなく部屋から去って行った。
「ドラゴンが襲ってきたとか、ゴブリンの集団がとか、そういうのってもう一生、縁がないのかな……」
俺は頭をかきむしりつつ、年代物の木の机に置かれた羽根ペン……ではなく、プラスチック製のキーボードを、ガシャガシャと叩き始めたのだった。
◇
俺、久保俊徳23歳は困っていた。今作っているゲームの販売延期告知を今からするのだが、それ以前のことについて大変困っていた。
まず前提の話をしておこう。
俺は今「えいえんソフト」という美少女ゲームブランドの代表を務めている。現世の頃の記憶などではない。異世界にいる今、そこに在るブランドで、しかも設立したのも俺自身だ。
そのえいえんソフトは、聖地秋葉原にほど近いところにある。それは事実だし、さして変わったこととも思えないだろう。秋葉原が街ごと「異世界召喚」されていなければ、だが。
俗にこの世界で「秋葉原異変」と呼ばれる事件により、どういうわけか、ファンタジー世界のフェアリーフに、俺が元々いた秋葉原の街がそっくりそのまま転移してしまった。そして俺はその異変に巻き込まれる形で、なんとも腑に落ちない異世界召喚をされる羽目になった。
そして今、数年が経ちすっかりこっちの生活に慣れた俺は、なぜか異世界の住人たちをメインスタッフにして美少女ゲームを作っている。
秋葉原の転移により、異世界へ一気になだれこんだアキバ文化は、停滞していた異世界の文化に革命とも言える変化を生んだ。
そして、いつしか自分たちでもそうしたゲームを作ろう、という機運が高まったことにより、国王からの特命により専門の会社が作られ、その所属ブランドとして俺たちの会社が立ち上がった。ただ一人存在する現世からの召喚者(俺)が率いる、純異世界産のゲームソフト――立ち上げ当初は、大変華やかだったのを覚えている。
しかし、現在に至ってもまだそのゲームは発売されていない。
えいえんソフトという冗談のような名前の通り、えいえんに発売されないのではという説がまことしやかに囁かれるほど、危機的状況にある。
何より、大問題となっているのは人材の枯渇っぷりだ。
弊社には、気はいいけれど困った人材しかいないという定評がある。
バストアップしか描けない原画家、恋愛シーンになると過剰に発情する声優(こいつがさっきのメイド服を着たモニカだ)、エクセルのマクロしか作れないプログラマーに、なぜか召喚士とドラゴンハーフまでいたりする。
大変悲しいことに、戦力は大変乏しい。
仕事を回していくには人員が必要で、人員を得るためには広く求人を告知しなければいけない。そのために就職情報のサイトや雑誌があるのであり、ハローワークだってある。
でもそれがオタク業界の求人の場合、難易度がいきなり跳ね上がる。公式サイトに載せたりSNSで拡散したり、コネに頼ったり……。そうやっても、なかなか希望する人材に出会えないのが現実だ。
そう、人材を呼ぶというのは大変に難しいことなのだ。ましてやそれが、今俺たちが普通に暮らしている現世ではなく、魔物やらファンタジー的異種族やらが混在する異世界だったならば、なおさらである。
俺は困っていた。なんとかしてこの状況を打破する必要があった。
そして、禁断の秘技を思いついた。
異世界に人がいないのならば、現世から召喚すればいい。ちょうど現世での仕事に不満を持っているクリエイターを、無作為に喚んできてヘルプスタッフとして仕事を依頼しよう。そうすれば、この人材不足も解消されるに違いない、と。
召喚術の名前は決めてあった。俺が元いた世界でも、人材募集の秘技として広く知られていた名前だった。
「よし、やるぞ……リクルート召喚だ!!」
これは、ある日突然異世界に召喚されたクリエイターと、力不足の異種族クリエイターたちが織りなす、9割9分9厘の笑いと残り1厘ぐらいの愛と涙の物語である――。
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