第3話 柔らかかったです。

あちゃー、日も傾いてるのに水場が見当たらなかったよ。


 蝙蝠男との邂逅から2日、のっそりマイペースに探索を続けている俺であります。

 基本猫のイメージに引っ張られて行動するせいか、あんまり接敵しない。もちろんレベルに変化はない。


 乾く喉と五月蝿い腹の虫を宥めながら歩くことしばし、少々しょぼくれながら木に登ると、猫耳にはキンキンと響く音が聞こえる。


 お、金属のぶつかる音がすんな。


 このアバターは、猫だけあって耳と鼻が人以上に良い。


 何やってんのかね。


 そっと葉の影からこんにちはすると、2対3の人間アバター同士による対戦が起こっていた。

 3人組の方は1人が女性で弓矢と軽装に片手ナイフを装備していた。男は、1人は重装備で見事なタンクをもう1人の斥候っぽい格好の奴、重傷を負い後ろに下がって回復薬を使用している最中だった。

 一方、2人組は男女ペアで男は軽装に槍、女は同じく軽装に鞭を使い、槍の男を主体に 補助をする形のようだった。


「タイト!回復まだか?!」


 前線を1人で切り盛りしていた重装の男が背後で回復しているを軽装の男、タイトに向かって吠える。


「今戻る!」

「もう油断すんじゃねぇぞ!」


 戦いは、2対3に戻り、二人組は不利な状況になった。


「チル、前2人は抑える!後ろの奴を叩いてくれ!」


 2人組の方の男は自ら囮を買って出ると、褐色の肌の鞭使いチルちゃんに邪魔な弓使いの女を始末するよう支持を出した。


「了解」


 鞭使いのチルちゃんが短く返すのを聞き届けると、槍使いの男は甲技(スキル)を発動させて重装の男にチャージを仕掛ける。

 甲技とは、このゲームにおける俗にいうスキルと同様の扱いだ。その中でも甲は攻撃系統に特化したスキルを指す。


「ふん!」


 重装備の男は鼻から短く息を吐き出すと、槍使いの攻撃受け流す。


 ギリギリと黒板を引っ掻いたような、猫の耳には嫌な音をたてながら槍はその切っ先の方向を曲げられる。

 そこにいつの間にか接近していた軽装の男ががら空きになった胴体にナイフを突き立てる。決まったかと思いきや、槍使いは勢い殺さず、そのまま前方に倒れ込むことでその刺突をすんでのところで避けた。


 おぉ、上手いな。


 次いで襲い来る刃の雨を避けるため、土埃を立てながら転がる事で何とか敵と距離をとる。

 彼は十分とは言えないまでも、ある程度距離を稼ぐと、突然転がるのをやめた。行き先に1本の矢が突き刺さったのだ。


「ちっ!」


 弓使いは、舌打ちをし、もう1射打ち込む。すると今度は、破裂音と共に矢が空中で何かに弾かれた。

 彼女が何だと思ったのも束の間、


「きゃぁぁぁ!」


 次の瞬間には鞭の特徴的な乾いた破裂音が鳴り響き、弓使いは顔面への衝撃と共に尻もちをついていた。前衛をしていた男二人は、はたと追撃の手を止めると悲鳴を上げた弓使いに視線を送る。

逡巡する間もなく軽装の男は軽い頷きを重装の男にすると素早くフォローに向かい、重装の男は槍使いにトドメを刺そうとするが、既に立ち上がり距離を取られていた。


「リーニア、行けるか?」


 軽装の小回りを活かした動きで鞭使いを翻弄すると、弓使いの立ち直る時間を稼いだ。


「えぇ、クソっ痛いじゃない!」


 リーニアと呼ばれた弓使いは、濃い顔を憤怒の色でより濃く歪ませると、弓を番えた。狙った先は鞭使い...ではなく、槍使いだった。


「ファル!そっち狙われてるわよ!」


 鞭使いはすぐさま槍使い、ファルに向かって警鐘を鳴らす。

 しかし、咄嗟のことに判断の遅れたファルは、すぐさまバックステップを踏むが、その動きを読んだ重装備の男にシールドバッシュをくらい、勢いそのままに仰向けに倒れ込んでしまった。


「ファル!」


 射られた矢は、吸い込まれるようにファルの左肩に刺さる。


「うぐぅ!」


 ダメージに顔を歪ませるファルに、重装備の男は無慈悲にその剣を振り下ろす。

 ダメージを受けても離すことのなかった槍を用いて何とか狙いを逸らすも、左腕に浅いながらも切り傷を負い、頼みの槍も離れた場所に飛ばされてしまった。

 鞭使いの女は、その間にもファルの方へ行こうと懸命に足掻くが、タイトとリーニアの牽制で、近づくことが出来ないでいた。

 勝負あったな。そう俺が判断し、踵を返した時、状況がうごいた。


「ま、待ってくれ!ここまで育てたアバターを無くしたくないんだ!見逃してくれ!」


 突如として槍使いのファルは、肩を抑え、立ち上がりながら苦し紛れに助命を乞い出したのだ。


「あぁ?何言ってんだ?襲ってきたのはそっちだろ」


 どうやら、2人組は襲われる側ではなく襲った側だという。


 勇気あるなぁ。


 そんなことを考えていると、


「あぁ、もちろんタダとは言わない、今日手に入れたばかりの魔剣と交換でどうだ?」


 ほー、魔剣ねぇ。


 興味を持った俺は、もう暫く様子を見ることにした。


「どうするよ?」


 男は仲間に相談する。

 ファルが交渉を始めたことで鞭使い達も一時休戦していた。


「いいんじゃない?キルとってもドロップも確実じゃないし、貰っときなよ」

「そうね、使えなきゃ売ればいいんだし」


 2人はそれぞれに肯定とも取れる返答をした。


「うし、じゃあ見せてみろ。でもそれだけじゃあ割に合わねぇよなぁ?」


 重装備の男は、兜で顔は見えないが悪い口調で追加の要求をする。


「まぁ、取り敢えずはこいつだ」


 ファルは、赤い流線形の装飾のされた平形の刀剣をインベントリから取り出した。


「ほぅ、中々どうしていいもん持ってんじゃねぇか!こいつは貰うぜ」


 様相を見るや否や、男は即決で取引を成立すると無造作にそれを掴み、少し眺めるとすぐに己のインベントリにしまい込んだ。


「あぁ、じゃあこれでキルは...」


 魔剣を渡したあとに追加云々について煙に巻こうとするも、ファルのそこから先の言葉は、身動きを封じる様に押し付けられた盾と、口元に突き付けられた剣の切っ先によって黙らされた。


「言ってんだろ?足りねぇってよ」


 男はまずファルの右足の腿を貫いた。


「いぎぃ!、あ、あ、あがぁぁぁ!!」


 感度を低くしてないのだろうか、白目を剥きながら悶絶するファルの姿がそこにはあった。


 そこからは早かった。

 男はファルを脅して、あらゆるアイテムを奪い取っていった。


「うし、んじゃお前死ねよ」


 生かす気が無いのは傍から見て気付いていたが、ファル本人は真面目にその口約束を信じていたらしい。


「なんでだよぉ!約束通り所持品全部渡しただろうがよォ!」


 唯一の希望であった約束を反故にされたとあって、口調が荒くなる。


「約束、約束ねぇ?そんなしたっけか?ハッ覚えてねぇなぁ?」


 その言葉の後鼻で嘲る様に笑うと、改めて剣を振り上げた。

 まだ諦めないのか、ファルは、男に向かって掌を突き出すと、


「ま、待て待て待て!何か、アレだ。そ、そそそうだ!あ、アイツはキルしていいから!俺は見逃してくれよ!」


 アイテムを奪われた挙句に処分されそうになったファルは、ついに仲間であるはずのチルを敵に売り始めた。


「おいおい、お前正気かよ。マジで言ってんの?」


 さすがの男も仲間を売る言動には面食らったようだが、逡巡の後、ファルから離れると、無言のまま街道を顎で示すと鞭使いの方に向かって行った。

 やっと繋がった首に、安堵の表情とチルを見下げるような表情を作ると、


「悪く思うなよ?」


 ファルは、短く別れを告げた。装備なしの時に着させられる貫頭衣の衣装で街道を走っていった。

 仲間に売られた鞭使いは、まだ諦めてないのか、キッと鋭く3人の顔を睨み付けると、その手にある鞭を構えた。


「やるってのか?」


 軽装の男タイトは、ナイフを逆手に持ち、顔を守る形で眼前に構えるとそう零した。

 それからその4者は、彫刻の如く固まると互いに見つめ合うこと暫し、風に靡く枝葉が静まり返った瞬間。時は突如としてその流れを取り戻した。

 時が止まったかのように錯覚する両者の膠着は、弓使いリーニアの矢をつがえる動きによって破られた。

 鞭使いチルは、リーニアの行動に警戒を一気に引きあげ、来るであろう矢を迎撃せんと半身の姿勢になる。しかし、彼女の予想は大きく外れることになる。

 リーニアは、おれ並みに身軽な動きで軽装の男タイトを足蹴に重装備の男の肩に仁王立ちになった。

 それだけでも驚くべき事柄だが、チルのリーニアに対する驚きそれだけに留まらなかった。彼女はチルに向かって背を向けていたのだった。

 限界まで引き絞った弦がリーニアの手の震える。

 彼女の謎の行動に眉を顰める。

 数秒の後、その震えはピタリと鳴りを潜める。

 何だと考える前に答えは目の前にあった。

 小気味よい音とともに放たれた矢は、美しい放物線を描くと、1分ほど前に走り去ったファルの脳天に吸い込まれるように見事なヒットをした。


「さすが私」


 自画自賛すると、リーニアは色っぽい仕草で己の紫色の髪を払う。


「やったか?」


 そう問うたのはタイトだった。


「愚問ね?」


 彼女はそう短く返すに留まった。


 かっこいいな。


 この会話の意味をチルは理解してないようだった。彼女の位置からではちょうど下り坂になった先の出来事のため、リーニアが何を狙ったのかよく見えなかったのだ。


 あ、俺は、木の上だから全てがバッチし見えてる。


 髪を風に揺られながら目を細め遠くを見つめる彼女はとても美しかった。しかし、


「早く降りてくれないか?」


 不機嫌な声を漏らす重装備の男によってその空気は壊された。彼はリーニアわ振り落とすように身をよじった。


「ちょ!危ないじゃない!」


 あわてて飛び降りたリーニアは、平手で物理的な抗議を男にした。緊張感のない空気の中ふとタイトがつぶゆいた。


「おい、あいつどこいった」


 3人が3人ともぱっと当たりを見渡すが、先程仲間に売られた鞭使いの女が消えていたのだ。


「すまん、逃がしたわ」


 タイトは後頭部を掻きながら謝る。


「全く何やってんのよ!」

「いやいや、お前が急に俺の事踏み台にするからビビって視線外したちゃったんだろ?!」


 あ、俺はちゃんと見てましたよ!今どこにいるかも知ってます。え、なんでかって?3人の隙をついて茂みに身を隠した鞭使いさんとたまたま目が合って、捕獲されて愛でられてますけど、何か?


 3人組が捜索を諦めて立ち去ると鞭使いチルちゃんは俺を抱えたまま移動を始める。


 え?お持ち帰りコースですか?


 いやん。


 とても、柔らかいですね。






 ━━━━━━━━━━


 運命は交差する。遂にぶつかる2つの拳。互いの全てを賭けた譲れぬ戦いがここにある。求める物は愛か力か。雌雄を決する最後の決戦が今、始まる。

 次回、猫の気まぐれSEED。譲れぬ物!

 その拳に何を乗せるのか、猫!

 ※某ロボットアニメのラミ○ス艦長風

 ※予告が本当かどうかは知りません。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る