第12話 名古屋へ行こう 下
アラームがなった。
あまり大きな音ではないが横向きに寝ていてちょうど耳元だったので俺はそれで覚醒した(まだかなりボーッとしているが)。
もう朝か。
そう思いながら少し重く感じる背中の方を向いてみた。
そこにはまだ熟睡中の千鶴がいた。
「・・・・!」
危うく声を出しそうになったが起こしたらいけないのでなんとか耐えた。
一気に覚醒した頭に伏田さんを驚かさないために早く起きたということを思い出したのも声を押し止めた理由だ。
千鶴は俺にもたれるような感じで寝ていた。寝るときはちゃんと横にさせて(山上が)それなりに距離もあったはずだが寝相でこうなったようだ。
ひとまず、自分の荷物のところにおいてある名札を首から下げた。
そして、今俺がとてつもなく暇だということに気がついた。
昨夜は予想通り千鶴が気になって眠りにはいるまで時間がかかった(忙しかったから寝れることには寝れた)。
特になにか起こるわけでもないのに気になってしまうのは俺の人生上仕方がないだろう。
伏田さんは見た感じすぐ寝れていた。と思う。確証はできない。
そんな感じだったのでまだ少し眠い。旅行でアドレナリンが出ているからまだましなもののそれは疲れを感じないだけなのでなんとも言えない。
寝るにも寝られないので俺は仕方なく持ってきた本を読み始めた(昨夜のことを思い出してるときに気付いた)。
朝ごはんとして冬野先生がコンビニで買ってきたと思われるおにぎりを2個ずつ配布された。
朝少食の俺には少し多かったので1つ物足りなそうだった千鶴にあげた。
ちなみにあのあと起きた千鶴は隣に俺がいてビックリしていた。山上と事情を説明すると納得したらしくごめんと謝られた。
そのあと散らかった服等を片付けるために山上と部屋にもどっていった。
伏田さんの方は起きて俺を見るなりすぐに距離を置くように離れていったが名札をみて恐る恐るだが距離を戻してくれた。
名札作戦(今つけました)成功だ。心の方は多少傷ついたけど。
身支度を終えた俺はおにぎりを配られたときに冬野先生が身支度したらエントランスに来てください。と言っていたので伏田さんとエントランスに来ていた。
一番乗りだったので(伏田さんもいるのでその言葉はあまり適切じゃない)他の人たちが来るのを待っている。
今気付いたが先生は時間を明言してないからこれぐらいで来るというのがわからない。
ほどなくして冬野先生と部長がきた。
そういえば冬野先生は名古屋に来てから一番最後に来ることがなくなっている。たぶん先生のなかで立場が危うくなると判断したからなんだろう。
「ごめん。遅れた」
「そうね。神崎さんの服の片付けに手間取ってしまったわ」
そのあとすぐにはぁはぁと息を弾ませながら千鶴と山上が来た。
山上が普通はいう必要がない理由までしっかり言ってくれたので一番遅い理由は分かった。
「時間指定されてなかったから急ぐ必要なかっただろ」
「一番最後だという予想は容易にできるはずよ」
「一番最後だと思ったから急いだんだよ」
軽くか分からないがとにかく走ってきたのはそういう理由らしい。
山上の方は理由を言っているというか俺をバカにした面の方が強いと思うがここでは流す方が賢明だろう。
「それでは~観光に~出発しま~す」
一段落ついたのを見計らってか冬野先生はそう言った。
ひとまずレンタカーを借りるのだが先生の足取りは軽快だ。
この観光をいれたのは普通に先生がやりたいからだろう。職権濫用では?と思ったが俺も楽しみなので言わない。
とある駐車場で冬野先生は車を止めた。
「みなさ~ん。午前中は~名古屋城に~いきますよ」
時間は10時ぐらいだ。
これなら名古屋城を楽しめるだろう。
「え、名古屋城どこどこ?」
行きの新幹線で行きたいと言っていただけあって千鶴のテンションが一気に上がった。
「あれじゃないかしら?」
「ほんとだ。でも、小さいね」
「場所が離れてるんだろ」
名古屋城は駐車場から少し離れているようだ。
どっちにしろ間近で見られるから全然構わないのだが千鶴の方は出鼻をくじかれた感じになった。
「行きますよ~」
「諸君。これからこの県の中枢となる本部にいく。各自気を引き締めていくように」
部長の設定では名古屋城は愛知県の中にある支部をまとめるところらしい。
それよりもこういう設定がすぐにできることに驚いた。
そんなことを思いつつ俺たちは名古屋城の入口となる正門についた。
ここで入場料を払うんだろう。
窓口に全員で行くとさすがに邪魔になるので冬野先生以外は少し離れたところで待つことになった。
「いよいよだね♪」
千鶴は名古屋城がだんだん大きくなるにつれて少し下がったテンションがまた高くなっていた。
「そうね。シャチホコには少し興味があるわ」
山上もシャチホコを見るのが楽しみらしい。
当然俺も見てみたい。
「なかにはいれるのかな?」
「入れるんじゃないか。お城だし」
「プリントには書かれてないからわからないわ」
そういえばだが先生から配られたプリントはその建物の歴史などが書かれていても何を見れるのかといった一番大切な情報が抜けていた。
でも、お城だったら入れると思う。
「みなさ~ん。それでは~入りますよ」
チケットを買って戻ってきた先生がそう言って入り口の方に歩き始めた。
もちろん、俺たちもついていく。
部長は険しい顔をしていた。気を引き締めているのだろうか。
伏田さんはいつも通りだ。
一応言っとくと今回、伏田さんとは同じ部屋にはなったが関係に進展があったわけではない。
そもそも、伏田さんからしたら昨日話しても顔を忘れられてしまうので今日の俺は初対面の人と何ら変わらない。
つまり、どう頑張ってもすぐには進展しない。我ながらとてもめんどくさいと思う。
門を潜ると遊具がない広い公園といった感じがした。
名古屋城以外にも色々あるらしく(パンフレットにはそうかいてあった)それなりに時間を潰せるようになっているらしい。
「名古屋城楽しみ」
「そうね。一度はこの目で見ておきたいわ」
だが、千鶴と山上は(俺もだが)名古屋城に直行したいようだ。
冬野先生も他のものに見向きもせず(実際そうかは分からないが)名古屋城の方に歩いていったので何ら問題はない。
部長も「いよいよか。この地域全体の要となる本部」といった感じなので問題ないし、伏田さんは・・・わからないのでひとまず大丈夫ということにしておく。
少し距離があったが名古屋城のすぐ近くまで来た。
周りには名古屋城関連のお土産を売っているところがある。いかにも観光地といった感じだ。
「これが名古屋城。シャチホコは小さくてあまりわからないわね」
この距離になると一応シャチホコは視認できるのだが小さくてよくわからない。
「あれがシャチホコ?」
「確かにわかりづらいな」
近くにある他の建物には一切興味を示さず(千鶴は食べ物に少し興味を示した)名古屋城にきたが小さくてよく見えない。双眼鏡を持ってきた方が良かったのかもしれない。
「冬野先生においてかれるぞ」
名古屋城に集中していたが周りを見ると冬野先生が名古屋城の方にどんどん歩いていっていた。
「ほんとだ」
「急ぎましょ」
休日かつゴールデンウィークということもありそれなりに人がいたので走らずに駆け足で追いかけた。
先生はそのまま名古屋城内の入口と見られるところに入っていった。
追いついた俺たちもあとに続いてなかにはいる。
最初の正門のところでその分のお金を払っていることは入場券と一緒になっていたものを見ればすぐわかる。
「なかにはいれるよ!」
千鶴の目はキラキラしていた。
冬野先生は俺たち(部長たちも含む)のことは一切気にせず自分の観光を楽しんでいるようだ。
と思ったら冬野先生がこちらを振り返った。
「11時に~名古屋城の~外に~集合です」
そして、その一言を言ったあと先生はどこかにいった。
「これは各自勝手に観光してということであってるよな?」
「冬野先生がどこかにいってしまったんだから11時を守れば大丈夫よ」
この場合は実際に起こったことから推察するだけなので山上にもできるようだ。
「喋っててももったいないからひとまずまわろ」
千鶴の意見に俺も山上も賛成したので3人でまわることになった。
「一応言っとくけど千鶴。周りに夢中になりすぎるなよ」
「あ!うん。気を付ける」
千鶴はそれで分かったらしい。
山上はわからないようだ。
一応言っとくと周りに気をとられ過ぎて俺を放置するなということだ。
人があまり多くないとはいえはぐれる可能性がある。
山上は理解できなかったようだ。まぁ、言ったらめんどくさくなりそうだから教えないけど。
名古屋城内は一種の博物館だった。名古屋城やその近辺にあるものの歴史を紹介するものが多数あった。
「あれ?お城の中ってこんなんだっけ?」
「博物館に改装したんだろ」
千鶴はちょっと予想と実際がずれていたようだ。
「勉強になりそうね。使う機会はないだろうけど」
山上は山上で自分の感想をのべる。
使う機会ないなら勉強する必要なくないか?
そんな感じでなかを見てまわった。
途中で写真がとれる場所もあったので何枚か写真を撮った。ちなみにその写真のほぼすべてに千鶴が写っている。
「ところでさ、結局シャチホコって何?」
名古屋城内から出る途中俺はふとそんな疑問を持った。
「私もわからないよ」
千鶴は当然知らなかった。名古屋飯がなんなのか知らない時点で期待はしていなかったが。
「神崎さん。あなた昨日名古屋城に行きたいと言っていたのにそんなことも知らないの?」
ここで山上から千鶴だけ指摘された。
「でも、結香ちゃんも知らないでしょ?」
「私は興味がないから知らなくても問題ないわ」
山上も知らないらしいけどそれよりもなんで俺を省いたかが気になった。
だって普通シャチホコが何かなんて知らないじゃん。たぶん。
「名古屋城に行きたいってしゅーくんも昨日言ってたよ?」
千鶴も気になったらしく少し会話がおかしくなった。
「あら、そうだったのね。神崎さん以外にも同じことをいった人がいた気がしたんだけれど貴方だったのね」
「俺以外に誰がいるんだよ」
「誰と言われても顔を覚えていないんだから仕方がないわ」
何となく理由が分かった。
毎日話していたし、山上が初対面感をださなかったから忘れていたが俺はまだ部活の人にも顔を覚えられてなかった。
山上は思ったことを初対面とか関係なく言うやつだから違和感を感じれなかった。
「あ、結香ちゃんまだしゅーくんの顔覚えていなかったね」
千鶴も分かったようだ。
結局シャチホコのことはうやむやになったが実際どうでもいいからいいや。
集合と言われた場所には既に伏田さんがいた。相変わらず早い。
そのあと部長、先生の順で戻ってきた。
「それでは~これから~お昼を~食べに~行きま~す」
何となくわかってたけどこのあとはお昼のようだ。
「先生何食べるんですか?」
少し食い気味に千鶴が冬野先生にそう質問していた。
「味噌かつで~す」
「やったぁ」
お昼は味噌かつらしい。
俺も食べたことないから楽しみだ。
他の人たちもそれなりに心を踊らせているようなのでいいチョイスだと思う。
そのあと名古屋城のすぐ近くにある「矢場とん」というお店にはいった。
人がまぁまぁいたが動き回るわけではないので迷子の心配はない。
全員一致で味噌かつ定食を頼み、後は来るのを待つといった感じだ。
ちなみに席は1年3人でかたまっている。
待っている間は特に会話はなかった。というか話すことがなかった。
そんな無言の状態が続いていると味噌かつ定食が運ばれてきた。
「お、おっきいな」
運ばれてきたカツはワラジカツとさして変わらない大きさだった。
「美味しそう」
「確かに食べごたえがありそうね」
各々期待通りのようだ。
最後にかなりの量の味噌をかけて店員は去っていった。
そのあとは各自食べることを優先してほぼ話さなかった。
最初はかけすぎだろうと思った味噌もくどくはなかった。味もそこまで濃くないのでちょうどいい感じだ。
そんなことを思いながらも俺は味噌カツを食べ進めた。
お昼を食べ終えた俺たちは再び車に乗っていた。
次の目的地に向かうためだ。
「美味しかったね」
「あの味噌沢山かけてあったのに喉が乾かないのね」
「美味しかったな」
車内では味噌カツの感想を話し合っていた(俺、山上、千鶴の3人で)。
山上は喉が乾かないのねと言っていたがそれも人気の理由なんだろう。
あとはカツの大きさとかだろう。
「さすが名古屋飯だね」
「昨日まで名古屋飯知らなかっただろ」
千鶴は名古屋飯なので満足みたいなところがあると思う。
昨日まで名古屋飯が何か知らなかったし。
「いいじゃん。美味しかったんだから」
答えになってない気がするが追及するほどのことでもないので納得することにした。
「もうすぐ~つきますよ」
先生がそういうのとほぼ同時に車は立体駐車場に入っていった。
「ここ?」
「近くにある施設だろ」
千鶴はここかと思ったようだ。
普通思わないと思う。ここはどこからどう見ても駐車場だ。
このあと車を降りて少し歩いた。
「午後は~3時まで~ここに~いますよ」
冬野先生がそう言って指差した先にはおっきな球体がついた建物があった。
「あれはなんの施設?」
「さあ?」
千鶴になにか聞かれたが俺もわからない。あんな建物プリントにも載ってなかったし。
「先生。あれはなんの建物なんですか?」
山上もわからなかったようで冬野先生に質問していた。
「あれは~科学館で~す」
「対魔用道具開発研究所か」
部長が間髪いれずにそう言った。
でも、部長は武器持ってないな。何でだろう?と思ったが考えてないわけがないので聞かないことにした。
聞いたら数分は拘束されるだろう。
「科学館なの!」
「そうらしいな」
千鶴は驚いていた。なんで驚いていたかは俺もわかんない。
「フジテレビみたいね」
確かに球体の大きさが全然違うけどそう見えないこともない。
いや、あまり見えない。
「プラネタリウムの~時間もあるので~もう~行きますよ」
このあとまあまあ時間がヤバイのか急ぎめになった。
入場券とプラネタリウムを見る券を購入し、なかにはいったが上映時間が迫っていたのでプラネタリウムに直行といった感じになった。
幸い走るほどではないので問題ない。というか人が多くて走れないのでそれぐらいの余裕があって助かった。
上映時間ギリギリに(3分前ぐらい)到着したので座ってちょっとしたらナレーターと思われる人の声が流れてきた。
いすは座り心地がとてもよく食後の体に眠りを促すようだった。
「スピー、スピー」
とプラネタリウムが始まってすぐ隣からそんな寝息が聞こえてきた。
さっそく眠気に負けたようだ。
ちなみに眠気に負けているのは千鶴だ。
起こすのもかわいそうなのでこのままにしておくことにした。
プラネタリウムが終わったらしい。
軽くうとうとしていた俺は電気がついたことで眠りから覚めた。
千鶴もまだうとうとしているが一応起きていた。
「みなさ~ん。行きますよ」
冬野先生は一応みんなに一声かけて入ってきたときと逆の方向に向かって歩いていった。
どうやら入場と退場で場所が違うらしい。
覚醒しきれてないが俺は先生についていく感じで出口へ向かった。
出口では全員が退場するので結構混んでいた。俺の場合はこれほど人がいると気づかれないので余計に押し潰されそうになっている。
こんな状態では流れに逆らって進むのは不可能なのでひとまず流れに身を任せることにした。
それが何を起こすのか寝起きだった俺には予測できなかった。
プラネタリウムを脱し何とか外へ出た。
さっきのことで完全に覚醒した俺は当然ながら流れに身を任せたら皆とはぐれることに気がついた。
しかし、もう遅かった。完全に迷子だ。
迷子の時はその場を動かない方がいいのだがこの人だかりの中で俺が居ないことに気付けるのは千鶴しかいない。
そして、その千鶴は寝起きなので俺が居ないことに気づくかわからない。
なので仕方なく自分で探しにいくことにした。
が開始3分で挫折した。
さっきも言ったように人混みにいると俺の存在は消えると言っていい。
つまり、俺は人の流れに逆らうことができないそう自分で行きたい方向に進めないのだ。
それに気づかなかったのは俺の落ち度としか言いようがない。
どうあがいてもこの状況打開する策は出てこないので仕方なく外で待っていることにした。
あれ?人混みに流されるってことは自力で出口にも行けないのでは。
結局は人に流されるしか手段がないらしい。立ち止まることもできないし(現に移動しながらこの事を考えてる)。
何とか外へ出ることができた。
後は待っていればいつかは会える。
念のために千鶴にメールも送ったしな。
出口にたどり着くまでに結構館内を歩いたがみんなの姿は見えなかったので結局外で待っている方が一番確実なんだろう。
外に出てしまったので見るものもなく。かといって本を読んでいると千鶴たちがまだ気づいて無かったときに合流できない。
普通に暇ではあるが仕方がないとなかば強引に割りきって待つことにした。
「あ!しゅーくんいた」
どのくらいたったからはわからないけど科学館から出てきた千鶴は俺の方を見てそう言いった。
「探したんだよ」
「ごめん」
そう言いながら俺は千鶴たちに合流した。
「人混みに流されちゃってな」
一応理由も言っておく。
「山吹君ってひ弱なのね」
「存在感のせいだからな。みんなに気づかれないから流れに逆らえないんだ」
山上は基本嘘を言わないからちゃんと誤解は解かないといけない。
「それ本当にギネス狙えるわよ」
説明した答えがこれだった。
嬉しくないよな。そんなギネス持ってても。
「私もうっかりしてた。その事忘れて思いっきり楽しんでたよ」
千鶴も少し申し訳なさそうだった。そう思う必要は全くないと思う。
「私もそれなりに楽しかったわ」
山上も山上で楽しんだようだ。
迷子で楽しめなかったから少し、いやかなり羨ましいけど仕方がない。
あんまり割りきれてはいないが時間的にもどうにもならないので現実を甘んじて受け入れよう。
このあと、ホテルに戻ってチェックアウトを済ませたあとお土産を買おうということで名古屋駅と一体化していると言っていい高島屋の地下一階に来た。
高島屋と分かった理由は入り口の上にマークがあったからだ。
「それでは~30分後に~ここに~来てください」
地下一階に降りてすぐに冬野先生にそう言われた。
新幹線の時間とかは教えてもらえなかったがここは冬野先生を信じよう。
とりあえず、人が多いので迷子にならないために千鶴に話しかけた。
「千鶴。この人混みだから一緒に回ってくれ」
「あ、うん。いいよ。」
千鶴は快諾してくれたあと、不意に俺の手を握った。
「お、おい。なんで手を繋ぐんだ?」
結構ビックリしたから言葉が少しつまった。
「え、だってまた迷子になったら大変でしょ」
どうやらそういうことのようだ。
まぁ、好意とかそういう線では考えていなかったので落ち込みはしなかったけど少し恥ずかしい。
千鶴も恥ずかしいのか気持ち顔が赤かった。
「山吹くんの性質は困ったものね」
千鶴の近くにいた山上がここになってやっと口を開いた。
「みんなにも迷惑をかけるなんてボッチになっても仕方がないわね」
「いや、お前が言うなよ」
本心で悪意はたぶんないのだが言い返してしまう。
でも、本心でそういう方も悪いと思う。
「とにかく、これから対策をたてる必要がありそうね」
俺の言ったことは思いっきり無視して山上は話を進めた。
仕方がないか。
「そうだね。これから遊園地もあるし」
「確かにそこでは迷惑かけたくないな」
千鶴に言われて思い当たったが確かに遊園地でも迷惑をかけるのは避けたい。
楽しかったで終わらせたいし、迷惑をかけるのはどうしても罪悪感がある。
「遊園地の日までにまた対策をたてればいいわ。どうせ山吹君はいつでも暇だから」
「それはお前も同じだろ」
「そうだね。お土産買う時間もあんまりないしね」
ということで俺の問題は後回しになった。
「それじゃあ、行こう」
千鶴は俺の手をしっかりと握ったままお土産を探しに歩き始めた。
山上は一人で気ままに過ごすらしい。
とりあえず全体的にお店を見てまわった。
デパ地下ということもあってかスイーツとかが多かった。
「で、千鶴は千代子さんに何をお願いされたんだ?」
「適当に有名そうなものをお願いって言われた。はるくんには甘いものがいいって言われたから甘いもので有名なものにしようかなと思ってるよ」
「相変わらず適当だな」
小さい頃からそうだったが千鶴の家は基本大雑把だ。うちはあらかじめ調べておいて欲しいものに目星をつける感じだ。
「まあね。ところでしゅーくんは何をお願いされたの?」
「美春にはういろでお母さんには味噌煮込みうどんの元みたいなやつかな」
ういろは簡単に見つかったが味噌煮込みは見た感じなさそうなので電話して何にするか聞かなきゃいけないと思う。
「ういろってなに?」
「愛知の名物だよ。正確には山口発祥らしいけど」
「じゃあ、それにする」
千鶴はういろを知らなかったらしい。
あんなに名古屋飯とか言っていたのにどういうものがあるかは調べていないんだろう。
お袋に電話をしたらういろでかまわないということだったので千鶴と一緒にういろを買った。
「しゅーくんはなに選んだの?」
「白2本と抹茶と桜を1本ずつかな」
ういろにも色々種類があったが無難なものにした。変に冒険して美春に怒られたらめんどくさいし。
あ、でも無難なら無難でなんか言われる気も・・・今は考えないようにしよう。
「千鶴は何にしたんだ?」
考えを切り上げるためにも俺は千鶴にそう聞いた。
「私は白だけ。後は赤福っていうのを買おうかなって思ってる」
「赤福ってなんだ?」
「一口サイズのお餅にあんこをのせたものがいくつか入っているやつだよ」
赤福よりもういろの方が有名な気がする。
「お父さんが三重に出張にいったときに伊勢らへんの名物ってことで買ってきてくれたんだよ」
「ああ。そういうことか」
納得した。一度食べたことがあるならはずれる可能性も低いし関東では見かけないのでなかなかいいチョイスだろう。
「もうそろそろ時間だね」
「そうだな」
あと5分で集合時間なので俺たちは解散したところに向かった。
もちろん手を繋いでだ。
かなり恥ずかしかったが山上とかが一緒じゃなかっただけまだましだろう。千鶴がお土産選びで少し緩和されているがまだ少し恥ずかしそうなのも俺がより恥ずかしいと感じる原因だ。
人も結構いたので山上をはじめ部長たちには会わなかった(なのでお会計の時以外はてを繋いだままだ)。
このフロアにいるのか?と思ったが出会わない方がこの場合いいので会わなくてよかったと言うことにしておく。
「結香ちゃん。もういたんだ」
山上はお土産が入っているらしき袋を持ってもう集合場所で待っていた。
「相変わらず早いな」
ボッチだと早く来ないと心配になるんだろう。
俺もそうなのだが今回は千鶴と行動をともにしていたので早くこれなかった。
「5分前行動は当たり前よ。あなたたちもまだ手を繋いでいるのね」
千鶴はそういわれて慌てて手を離した。
俺は千鶴がいつ手を離してもいいように手を握っていなかった。
俺も恥ずかしかったから千鶴が手を離してくれるのを待っていた。
一緒に行動してとお願いしている身であんまり恥ずかしいと思わせるのは少し気が引けたしな。
「でさ、結香ちゃん。お土産何にしたの?」
千鶴はこれ以上この話題が続いてほしくないようだ。
「そこら辺の美味しそうなものを予算に合わせて買ったわ」
そう言いながら山上はケーキなどをよく入れるような白い箱を見せた。
「それはなに?」
「ただのケーキよ」
「ご当地土産でも買ってやれよ」
「いいじゃない。美味しそうだったんだから」
本当に名物とは一切関係ないものらしい。
山上のお土産選びは名物か否かではなく美味しそうか否かに重点がおかれているようだ。
「それであなたたちは何を買ったの?」
「俺はういろだ」
「私もういろ。あと、ホームかどこかで赤福を買う予定だよ」
「あら、そう」
聞いたわりには適当な反応だった。
「興味なさそうだな」
「当然じゃない。これに興味なんて持てるはずないわ」
言っていることはあながち間違いではないと思うけど。それなら聞く必要なかったのではと思ってしまった。
「諸君らはやはり早いな」
そんなやり取りをしていると部長が来た。
「5分前行動は当たり前です」
確かにもう集合時間を3分も過ぎている。今回に関しては新幹線の時間もあるので早く来てほしいと俺も思う。
「ところで部長は何を買ったんですか?」
「ああ、私はバジリスクの先翼だ」
千鶴は理解できなかったらしい。
見た感じで何となく分かった。
「それは設定とずれてしまうのでは?」
山上は現実世界を舞台にしているのに空想上の生物を出していいのか?という疑問をぶつけていた。
厨二病の名前で日本語に訳すとおかしなものは多かったりするので(ラノベの中でだけど)無視でいいと思う。
「設定?まあ、いい。このバジリスクは悪魔が開いたヘルゲートから出てこようとしたので討伐し先翼だけもらってきたんだ」
余計にややこしくなったがとりあえず置いておこう。
「バジリスク?先翼?」
「ようは手羽先を買ったってことだ」
「ああ、そういうことか」
千鶴の方は軽く知恵熱になりかけていたので教えた。あくまでも俺の見解なのであっているかは分からないけど。
部長の説明は一応筋が通っていたので山上も許容したようだ。
「みなさ〜ん。お待たせ〜しました」
確実に5分以上遅れて先生が来た。
もう先生の中で5分遅れることは当然になっているんだろう。
冬野先生の後ろに伏田さんもいたので連れ回されていたことがわかる。
「あ、伏田さん。先生と一緒だったんですね。すっかり忘れていたわ」
「失礼だろ」
確かに俺も気づいてはいなかったけど忘れられる悲しさは誰よりも知っている。
だから、忘れていても忘れているなんて言わないで欲しい。
「普通そういうことはあまり言わないんだよ」
「あら、でも忘れていたのは本当よ」
千鶴もフォローに入ったがこれは無理そうだ。この問題を解決するにはまず山上の思ったことならなんでも言っていいと思っている節を直さなければならない。
伏田さんがどう思っているかは分からないがより端っこの方に行ったのを見ると少し気圧されたんだろう。
「それでは〜もう〜行きますね」
この後、結構ギリギリだったが新幹線に乗れた。
ふかくにも俺はすぐに睡魔に襲われて車内での記憶がない。
在来線に乗り換えたあとも寝起きのせいかいまいち記憶がなかった。
夕食を食べお土産をみんなに渡すと俺はすぐに自分の部屋に向かった。
俺はベッドに横になって旅行を振り返った。
今までここまで充実した学校行事など(これを学校行事と認めていいのかは分からないが)ほぼ皆無だったのでとても楽しかった。
まだみんなに顔は覚えられてないけどこんな日々が続いて欲しいと思いながら俺の意識は落ちていった。
普通も極めれば大変です 神ノ木 @0480
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