第五章 三節 定められた自分

 また化け物の領域に飛ばされたみたいだ。上を見上げると相変わらず曇り空で星なんて一つも見えない。視線を戻す。化け物がたくさんいる。

 手に持っていた携帯をポケットの奥に押し込んだ。

 ノイズが走る。人間が映る。

 あたしは今からこの人たちを殺す……。ああ、また……。

 アタシは鎌と黒い魔力を出現、化け物たちを薙いだ。一瞬で周囲にいた化け物は皆倒れた。ノイズが走る。また人間が映る。血だらけで倒れていて、中身が出ていて……。

 アタシは開けた前方に向かって跳躍。切り裂く、突き刺す、殺していく。

 岩山が多い荒野。遠くに凄く大きな樹も見える。知らない場所だ。見覚えがない。

 アタシは数十本もの黒い針を出し、直進しながら周りの化け物を薙ぎ払い、串刺し、切り裂いた。アタシは数十本もの黒い手を出し、周りの化け物を締め付け、貫き、蹴散らした。

 死んでいく死んでいく死んでいく。あたしはその状況をただ眺めていた。

 アタシはどこへ向かっているのかな……。遠くの大きな樹かな……。近くに小さい岩山もある……。

 ノイズが走る。ここは、街……?たくさんの建物が並んでて大きな道路もある。さっき岩山に見えたのは地下シェルターの入り口だった。

 あそこに向かっている……?だとしたらアタシは中にいる人たちを……。

 アタシはそれに向かって跳躍、破壊、地下に続く階段へ入る。

 今度は何人殺すのかな……。嫌、だな……。

 開けた場所に出た。床も壁も天井も白いすごく広い空間。そしてたくさんの人たち。

 何人いるかな……。千人くらいはいるのかな……。今からアタシは、あたしはこの人たちを殺すのか……。皆驚いてる……。

 顔をぐにゃりと歪める人、目を見開く人、自分の死を覚悟する人。じゃあ、あたしは今どんな顔をしている……?あなたたちを殺すことを嫌がって悲痛に歪めた顔?それともあなたたちを殺すことに躊躇いを持たない冷酷な顔?

 分からない、聞けない……。

 聞けないままアタシは彼らを殺し始める。悲鳴が上がる。助けてくれって、死にたくないって、痛いって言葉にならない叫びもある。アタシは殺す。千人はいる人間を簡単に殺していく。斬り裂く、引き千切る、捻じる、潰す、貫く、焼く、壊す。簡単に殺されていく。簡単に死んでいく。赤い血ばかりがどぱどぱと出てくる。一人残らず死んだ。一人残らず殺した。

 だけどアタシは止まらなかった。黒い針をうねらせて、黒い手を伸ばしてこのシェルターを破壊していく。黒い魔力が黒く染まった炎に変わった。そして無数に重なる死体とシェルター内を燃やし始めた。

 魔法は使う人の想いが源。こんなにも獰猛で容赦なく執拗に……。本来ならあたしはそうなっていたのか……。

 炎は燃え広がってついにこの広い部屋を覆った。爆発した。

 熱い……あつい……。

 何かに引火したのか赤い炎が混じってあたしを包む。

 炎に焼かれる前にあたしはシェルターの入口へと駆けて行った。すると外に一体の化け物がいるのが目に入った。頭が二つある人型。左手には棒状の武器を持っていた。

 化け物はアタシに気が付くとアタシに向かって跳躍してきた。

 速い……。けれどアタシも速かった。アタシは巨大な魔力の針を作り、目の前の化け物を貫こうとする。

 !?

 しかし、アタシに向かって跳んできた化け物はその針を武器で受ける。そして体を反時計回りに回転。黒い針を連続回転で切り付けながら伝ってアタシの前まで来る。アタシは切られた。

 痛い、いたい、いたい、血が出る。肩のとこから中身がヌルって……。

「はあ……はぁ……」

 痛みはどんどんと引いていった。斬られた部分が再生しているみたいだ。

 まだ化け物はそこに……。ノイズが走る。

 ……なんだ。首が二つに見えたのは女の子を抱き抱えてたからか……。あたしくらいの歳の少女が四歳くらいの女の子を……。そっか、その子を守りきったって安心してるのか……。

 ごめんね。

「ごめんねごめんねごめんね……」

 完治しきったアタシは少女と女の子の元に歩み寄り

「ごめんね」

 黒い針で女の子の目を貫いた。

 少女は何が起きたのか理解できていなかった。だけど抱きしめる女の子を見て、腕から落ちる女の子を見て理解したみたいだ。そして叫んだ。叫んでごめんねって謝ってる。何度も何度も何度も。

 そしてやがてアタシを見た。睨んでる。

 今、あなたの目にあたしはどう見える?

 腰に収めた双剣、必死で女の子を守ろうとするところ、希望を宿していたであろう双眸。まるでひかりみたいだな……。

 アタシは鎌の刃を少女の首筋に近づける。

 嫌だな。殺したくない……。いやだいやだ。

「いや、だ……」

 ひねり出したような声が漏れる。あたしは必死になってアタシの動きを止めようとする。

 あたしの欲しいものはひかりとリーベと一緒に笑い合うことだ。あたしにとってそれはとても素敵なもの。だから、こんな血で穢れた手で掴めるはずがないじゃないか!!

 あたしは目の前の少女を殺そうとするアタシに抗った。少しでも気を抜けば鎌を振り切ってしまいそうなのを必死で耐える。

 少女はあたしを不思議そうな目で見た。今にも殺そうとしてくる敵が直前で躊躇っているのだから当然だ。もしかしたら滑稽に見えたかもしれない。

 とにかく、あたしは殺したくない。何か別の方法があるはずだ。きっとあたしとひかりたちの両方が納得できる方法が。化け物と呼ばれている人たちを殺さない方法が。もしかしたら和解だってできるかもしれない。

 あたしは少女に目を向けて笑い掛けようとした。少女に斬られた。

「が、あああ……!?」

 斬られた……?この子に?この子が斬ったのか?

 左肩が焼けるように痛い。意識が薄れて足がふらつく。

「だ、かあぁ……」

 また斬られた。お腹を着られて血が噴き出たのが分かる。

『和解することができるかもしれないって?随分と倒錯した考えだね。この差別が何百年続いていると思っているのさ。別の方法を見つけ出すなんて無理にもほどがあるね』

 聞き覚えのある声が聞こえた。

『血で穢れた手では掴めないって?違うよ。本当に欲しいのならその身を血で穢してでも手に入れてやると思わなきゃ』

 少女は双剣であたしの左腕を斬り落とした。斬られ続け、血を吹き出し続けるあたしの頭に声が響き続けた。

『そうでなきゃ、きっと取りこぼしてしまうよ。そいつらを殺し尽くさないと平和は訪れない。それに君の欲しいものは結希ひかりとリーベ・ヴァールハイトと笑い合うことなんだろう?今君の目の前にいるのは結希ひかりじゃないんだ。だから殺しても君の欲しいものは手に入るし、逆に殺さなければ手に入らないんだよ』

 うるさいな……。うるさいな。

 少女は右手の双剣で切り上げてあたしの胸を裂いた。

『君は手に入れるんだろう?』

 うるさいよ。黙っててよ。そんなこと言われたら本当に殺しちゃうじゃんか。

 少女はあたしに向かって跳躍した。

『目の前のそいつは君を殺した後、どうするんだろうね?もしかしたら結希ひかりやリーベ・ヴァールハイトと遭遇するかもしれない。そして彼女たちを殺すかもしれないよ』

「!?」

 一瞬で距離を詰めて斬り掛かってくる少女。あたしは右手に持った鎌を水平に一振り。少女の首を斬り落とした。

「はあ……、はあ……」

 呼吸をする音があたしの中に響く。全身が熱い。いつの間にかびっしょりと汗をかいていて、その雫が顎の先から落ちた。

 今の一振り。アタシの動きに抵抗するだけで精一杯だったはずのあたしが確かに力を入れて振り抜いた。

 殺したのか?アタシじゃなくてあたしが……。

 あたしは少女と女の子の死体を一瞥する。

「ぅ……、っ……」

 また吐きそうになった。だけどもう胃の中に何もないのか酸っぱいぬるぬるとした液体が舌の裏側にまで染みただけだった。

「ああ、ああ、あああああ……」

 ごめんなさい、ごめんなさい、違う、こんなはずじゃ……、こんなはずじゃなかったのに……!?どうして、あたしは殺したの!?嫌だ、嫌だよ……!こんなはずじゃないのに、もう嫌だよ……。こんなの、あたしじゃないよ……。違うんだ違う、あたしは殺したくない殺さない……!!嫌だ、逃げなくちゃ……!どこか遠くに……。

 あたしは重たい足を無理やり動かして一歩後退りする。

「なんだい、まだ抵抗するのかい?」

 頭の中を拉がれてのたうち回りそうな情動の中、聞き覚えのある声が聞こえた。

「……!?」

 綺麗な声だった。糸のように細くて、だけど芯がしっかりとしたソプラノボイス。

声のした方、正面を見ると……。

 そこに立っていたのは真っ白な、輝きを放つほどに白い人の形をしたものだった。

 何……こいつ?化け物、じゃない……?白いし……。喋ってるし……。でも人の形だけしてて顔もないし、いや、でもあれは口、なのか?ていうかさっきからなびいてるのって髪の毛……?

 声や輪郭から、まるで少女のようだった。

「んー、思ったよりも綻びの進みが速かったからね。ちょっと中途半端なままで来たのさ」

 何を言っているんだ?全然分からない。

「しかし、これはまずいね。これはもう次元が崩壊の域に達しようとしているよ。せっかく煽って殺すことを受け入れさせようとしたのにさ。ねえ、君、抵抗しないで大人しく次元の流れに沿ってくれないかな」

「次元の流れ……!?」

 こいつ、麗さんと同じようなことを……。どういうことだ?

「……あんた、一体何者?」

「ふぇ?私かい?それは今どうでもいいことだよ。今ただちに問題としなければいけないのは、君だよ」

 くにゃりとした態度で白い人はあたしを指さしてくる。

「何言ってるのか、全然分からないんだけど……」

「えー、分からないのかい?君は今抵抗しようとしているんだ。次元の流れというやつに。まあ、時間の流れとでも運命とでも世界とでも言える。要は決められていることに抵抗しようとしているんだ。けれど君は自分の存在を大きく誤って捉えている。だから、そんな君にどれだけ身のほど知らずなのかを教えてあげるよ」

 目の前のこいつは本当に何を言っているんだ……!?

「君たち人間は次元と呼ばれるものの中にいるだろう?」

 白い少女は何かを語り始めた。

「この次元はあらゆるタイミングで分岐を繰り返し、その度に違った次元をいくつも生み出していると考えているみたいだけど、それは正しくない。次元とは、全てあるタイミングによって同時に生み出されたものなんだ」

「同時に……?」

「そう、同時に。君たちは分岐点の度に複数の次元が生み出されていると考えているようだけど、それは間違いだ。全て最初から用意されていたものなんだよ」

「最初から、用意されていたって……?」

 どういうことだ……?わけが分からない。

「分かりやすく言うと出来事全てが、分岐点の度にどのような結果が待ち受けているのかが、君たちの行動や意思の一つ一つが最初からそうなるようにあらかじめ定められているということだよ。君たちは映画や本の登場人物だったって考えると分かりやすいかもね」

 何それ……。

 映画や本の登場人物。一人一人が意志を持って行動しているとそう決められ作られた存在。意志も選択も決定も行動も全部全部……、そういうことだっていうのか……?

「戦って殺していたのが実は同じ人間でしたなんてことは他の次元でもよくあることだけど、おぞましいと嫌悪するあまり狂っていたのが自分たちの方だったなんて皮肉だよね。それに酷い人種差別がなくなった理由が共通の差別をするためだなんて滑稽でならないよ。だけどね、魔法を使えない人間が生まれることも、その人間たちを差別することも、彼らを化け物と呼んで彼らをおぞましい見た目だと誤認することも、そしてその化け物と呼ばれる者たちと殺し合うことも、全部全部この次元が生み出された時からそう宿命づけられていたのさ。それは次元の中で生きる君たちの力ではどれだけ抵抗しようとも変えることはできない。というか、その抵抗すらもあらかじめ定められていた行動の一つだろうね」

「……何、それ。宿命づけられていた?あたしたちは、あたしはあらかじめ決められた人生に沿って、決められた意志だけを持って生きていただけってこと!?」

 もしそうならあたしの意思はどこにもない。小さい頃、あたしが絵本に載っていて嬉しかったこと、過去に来て初めて化け物と戦って恐かったこと、ひかりとリーベと出会えて本当に良かったと思ったことも、全部……。それにもかかわらず、あたしはそれをあたしの意思だと、あたしの気持ちだと疑わなかった。でも本当はただあたしがそう思うように最初から決められていただけ……。

「君はずっと周りの人間に人生を決められていた、そう思っていたみたいだけどそんなもんじゃない。次元によって、世界によって全てが決められていたんだ。君は直に体験しただろ?」

「え……、っ!?」

 思い出す。次元の力によって無理やり化け物を、同じ人間をたくさん殺させられたことを。

 目の前にいる白い人が何者かは分からない。話していることが真実だなんて確証はどこにもない。だけどなぜか、白い人の見た目に、声に、言葉に紛れもない真実だと感じさせるものがあった。

「まあ、分岐するから一つに決まりきっているってわけじゃないけどさ。とは言え、今回君は分岐点の存在しないところにいた。一つに決まりきった運命を辿っていたわけだ。工藤麗、だったかな?彼女の言っていた仮説はまさにその通りだよ。未来から未来の存在である君を召喚したことによってその未来と現在とが結ばれてしまい、それ以外の未来ができなかったんだ。そして君はこの時代で結希ひかりとリーベ・ヴァールハイトに出会い、ぎこちないながらも共に過ごし、共に戦う中で二人のことが大好きになり、君にとってとても大切な存在になった。君はこの意志こそ自分自身と思っていたみたいだけど、実際はただ一つの最初から決められていたものに過ぎないんだ」

 最初から決められていた……。ひかりとリーベと出会えたこと。嬉しかったこと楽しかったこと。二人のことが大好きだって気持ちも……。それがただ一つの決められていたあたし。それはつまりあたしのないアタシ……。

 体全体がぼんやりとする。自分の身体に自分がいないみたいだ。まるでピントがずれているかのように体と自分が一致しない。

「なに、それ……。なんなの……」

 あたしは生まれる前から化け物と戦うことが決められていた。世界の平和のために戦えることが嬉しい反面、凄く辛かった。

 毎日毎日厳しい訓練に何度も血を吐きながら耐えて、これは世界に必要なことだからって自分に何度も言い聞かせた。あたしの幸せも選択も決定もない中でそう思う意思、嬉しい辛いと思う意思だけがあたしの自由、あたしが自分を認識できるものだったんだ。でもそれはあたしのためだけどあたしのためじゃなかったんだ。あたしの欲を抑え込んで、あたし自身を抑え込んで、この時代のために、この時代の人たちのためにって……。

 でもひかりとリーベと出会えて変わった。三人で街に遊びに行って甘いもの食べたりお揃いのストラップを買って笑い合ったり、リーベが化け物に刺された時あたしは凄く心配して、あたしが化け物に刺された時ひかりは凄く心配してくれた。やっとあたしのなりたい自分になれた気がした。それなのに……。

「それが最初から決められていた!?ほんの少しの意思も、ひかりとリーベと楽しく過ごしたことも、……ひかりとリーベのことが大好きだって気持ちも……!?」

 最初から決められていた、定められていた。それは言うなれば運命。聞こえはいいのかもしれない。この出会いは運命だ、なんて言えばとてもロマンチックだ。だけど、あたしは嫌だ!!

「あたしが最初から決められていたなんて……。それじゃあ結局そこにあたしはいないじゃないか!?そう思ったのはあたしじゃない、楽しい時間を過ごしたのもあたしじゃない、二人を好きになったのもあたしじゃない!あたしは、あたしは本当にどこにもいないじゃないか!!」

 こんなことを嘆くなんて、あたしが殺した人たちからしたら贅沢かな?でも、あたしの中ではもう化け物の正体や次元の力によって無理やり彼らを殺させられたことは本当にどうでもよくなっていた。

「あたしはただ、あたしが二人を好きになれたことが嬉しかっただけなんだ!それなのに……」

 どうして!?どうしてなんだよ!?

 そう叫びたかった。でもできなかった。口が歪む。喉が軋む。視界が滲む。

「君にはどうしようもないことだよ。だからおとなしく次元の流れに沿って生きていくことを勧めるよ。そうすれば少なくとも最低限君の欲しいものとやらは手に入るのだから」

 白い少女はおもむろにそう言った。

「……」

 アタシは鎌を強く握り、走り出した。そしてまた殺し始めた。何人も何人も斬って潰して刺して焼いて破壊していった。

 殺すことを受け入れたわけじゃない。けれど抵抗する気力がなくなったのだ。全部無意味ならもうどうでもいい。ひかりとリーベのことが好き。この気持ちが決められていたものでも、きっとそれなりに幸せだと思う。だから、殺すのは嫌だし手を血で穢すのも嫌だけど、もういいや。

 ほっぺたに熱い何かが流れた。

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