第五章 二節 化け物に見えた
光の羽を飛ばす。何十枚も何百枚も。目の前にいる化け物の群れに向かって勢い良く浴びせる。化け物はどんどん塵になって消滅していった。
「ありがとうございます」
逃げ遅れた人たちがわたしにお礼を言った。
「どういたしまして。ここは危ないので早く避難所へ」
「はい、本当にありがとうございました」
もう一度わたしにお礼を言ってその場を去った。目で追ってみると、その人たちは恐怖と安堵の表情と、ほんの少しの笑顔を持っていた。
気が抜けているわけではないと思う。相変わらず街は化け物に襲われているから。でも、化け物に襲われて、死を覚悟して、でも生きていた。まだ、生きられたんだ。それに喜びを感じずにはいられないんだと思う。
わたしの見たかった笑顔。だけど……、前にもどこかで見た気がする……。ああ……、これ、光の魔法を手に入れてから行った防衛戦だ。わたし、今夢を見ているんだ。昔の夢。
わたしは走り出した。また化け物に襲われている人がいる。手をつないだ男の子と女の子が泣いていた。魔法を使って助ける。すると二人は笑顔になった。
また化け物に襲われている人がいる。今度は白髪のおばあさんが恐怖で今にも気を失ってしまいそうな顔をしていた。魔法を使って助ける。また笑顔になった。
また化け物に襲われている人がいる。魔法省の戦闘員の人が立っているのもやっとなほどの傷を負っていて、悔しそうな顔をしていた。魔法を使って助ける。また笑顔になった。
わたしの通ったあとには皆笑顔になっていく。化け物はみんなの笑顔を奪う。けれどわたしはそれを取り戻すことができる。
わたしは強く願ったんだ。だから力を手に入れた。わたしは皆を笑顔にできるんだ。
また化け物に襲われている人がいた。
わたしは光の剣を出して間に入る。襲われていた人を逃がして化け物と対峙する。そして剣を構えて切り掛る。
こいつも倒す!全部全部倒して、皆を笑顔にするんだ。
視界がぐにゃって、ノイズが走る。
「え……?」
化け物だったはずのそれは、黒い髪の女の子になっていた。
ミーアちゃん?
剣を振り下ろす手が止まった。そうしたら切られた……。わたしは倒れた。ミーアちゃんは倒れたわたしのそばまで来て、持っている鎌を振り上げた。
どうして化け物がミーアちゃんに見えるの?違う、どうしてミーアちゃんが化け物に見えたの?
ミーアちゃんは鎌を振り下ろして、わたしのお腹に突き刺した。何度も何度も何度も何度も。
痛い、痛いよミーアちゃん。どうしてわたしを攻撃するの?どうしてわたしを殺そうとするの?どうしてそんなに泣いているの?
ミーアちゃんは答えてくれない。ただずっとずっと、わたしを殺し続けた。
会議室で机に突っ伏しながらうたた寝をしていた。目が覚めると胃を弄られているような気持ち悪さに襲われた。
うう、気持ち悪い……。どうしてあんな夢見たんだろう?
「ミーアちゃん……」
ほっぺたに涙が流れた跡があるのに気が付く。これは寝ちゃう直前のか、それとも寝ていた時のか……。
化け物を倒そうとしたはずなのに、その化け物がミーアちゃんになって……。ミーアちゃんもあんなふうに見えたのかな……?
ミーアちゃんは化け物を同じ人間だって言っていた。だから戦えるわけないじゃんって言っていた。
わたしは、分からないよ……。だって、化け物は皆を殺していくんだよ。街を襲って人間を襲って、皆の笑顔を奪っていくんだよ!?だからわたしは、今まで化け物を倒してきたのに……。ミーアちゃんはそれを間違っているって言うの!?もう分からないよ……。
麗さんが言っていた。ミーアちゃんの時代は化け物がもういないから化け物に対する意識が薄くなっている。だから化け物の本当の姿を見ることができた。
もしかしたらわたしとミーアちゃんに大きな違いがあるのかもしれない。
わたしは小さいころから化け物が生まれた歴史を知っていた。歴史の授業でも習った。だからそれが普通のことで……。でも、ミーアちゃんはそれを知らなくて、あの時初めて知って差別だって言っていた。わたしはそんなこと思わない。だって、ずっとずっとそうだったから。それが当たり前だったから。でも、ミーアちゃんはそんなことなくて……。
どっちが……、どっちが正しいの?
化け物は人間を襲って笑顔を奪っていく。でも元は人間から生まれて、本当の見た目は同じで。だけど魔法を使うことができなくて、だけど同じだけの生活ができて、だけどそれは怖いことで……。分からない、分からないことだらけだよ……。
夢の中でわたしはミーアちゃんに攻撃することができなかった。ミーアちゃんは泣きながらわたしを攻撃していた。わたしにとって化け物はミーアちゃんと同じで、ミーアちゃんにとって化け物はわたしと同じ……。ミーアちゃんにはそう見えるのかもしれない。
ああ、やっぱり分からないや……。理解はできるかもしれない。でも受け入れることはできない。ミーアちゃんと同じように思うことはできそうにないよ……
でも一つだけ分かることがある。わたしはミーアちゃんに酷いことを言った。ミーアちゃんを悲しませちゃった。
「わたし……、嫌われちゃったかな……?ミーアちゃん……、ミーアちゃん……!」
また涙が流れてきた。
わたしが一番気にしているのは結局ミーアちゃんを傷付けたこと、そして嫌われてしまったかもしれないということ。
ごめんねごめんねごめんね。わたし、酷いこと言ったよね。ミーアちゃんの気持ち全然分からなくて……。一緒に笑い合おうなんて言ったくせに、わたしがミーアちゃんの笑顔を奪っちゃって。ああ、だから夢の中でも泣いていたのかな……。
「わたし、どうすれば……」
その時、扉の開く音がした。向くと
「結希、出撃準備の時間はとっくに……!?どうした?その顔は」
「ひかりさん……!?」
麗さんとリーベちゃんがいた。
「あ……、えっと……」
「まあ、いい。言わんでも予想はつく。それよりも出撃の準備をしろ。まもなく三度目の討伐作戦が始まる。すでに久遠は向かった」
「え……、ミーアちゃんが?」
「ああ。ヴァールハイトがその場にいたらしく、また転移の魔法で向こうに移動したらしい」
「はい……」
「そんな……」
だめ……。それはダメだよ。
「お前も直ちに」
わたしは勢い良く立ち上がって部屋を出る。
「ひかりさん!?」
「おい、どこへ行く!?待て!!」
麗さんの呼び止める声が聞こえるけど無視する。
早くいかなきゃ、早く……。夢の中でミーアちゃんは泣いていた。もしかしたら今もそうかもしれない。わたしがそうした。だから、助けに行かなきゃ。
もしかしたら嫌われるかもしれない。もう嫌われているかもしれないしもっと嫌われるかもしれない。それでも……。
「待ってて、ミーアちゃん……」
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