第四章 二節 低下
『結希、聞こえるか?』
化け物の群れがある谷に向かっている途中、通信機から麗さんの声が聞こえた。
「はい、聞こえてます」
『落ち着いて聞け。先ほど久遠ミーアの生体反応が急激に低下した』
「え……、ミーアちゃんが!?」
生体反応が低下したって……。そんな、だってそれじゃあ……。
わたしの鼓動が急に速くなったのが分かった。
『お前たちはこの計画の要。一人として失うことは望ましくない。近くにいる者と救助班を向かわせたが一応お前にも向かってもらう』
「……分かりました」
『直ちに久遠ミーアを死なさずに連れて戻ってこい。作戦はお前と同行しているα部隊と第一第二部隊に続行させろ。以上だ』
そう言って通信は切れた。そしてすぐにミーアちゃんのいる座標が送られてきた。わたしが今いるところから数十キロもある。
わたしは一緒にいる部隊の人に麗さんからの連絡を話してから、すぐにその場所に向かった。
ミーアちゃん、死んじゃダメだよ。約束したじゃん、三人で笑い合おうって……。
ルートから外れて隠れもしないで移動しているせいで簡単に化け物に見つかる。
「邪魔!」
今は一体とだって戦ってられないのに……。
翼を展開。後先の魔力なんて考えないで全速力で飛ぶ。
速く速く……。
集まってくる翼を持った化け物の隙間を抜ける。まっすぐ飛べないのがもどかしい。
思い出す。二年前の戦いの直後を……。あの戦いの後、わたしは病院で目が覚めた。頭と右腕とお腹に包帯を巻いて左足にはギプスを付けて左腕には点滴が打たれていて……。それなのに、わたしは誰も助けることができなかった。目の前で殺されるのを見ているだけで、何もできなかった……。助けてって声、お母さんって声、体を貫かれた音、足元まで流れてきた赤い血、潰される人の姿、恐怖でくしゃくしゃに歪んだ顔、声にならない悲鳴、わたしは何もできなかった……。
わたしにもっと力があったら、あの人もあの子も……、助けられたのに。そう思うと怪我が治っても体が痛んだ。皮膚を切り刻まれるような痛み、骨が砕けるような痛み、頭が貫かれるような痛み……。
どうして助けられなかったの!?どうすれば助けられたの!?そんなことを今さら思っても意味がないことは分かっていた。でも思わずにはいられなかった。だってわたしはいつだって街の人の笑顔が見たかったから。いつまでも笑っていられる世界を見たかったから。
それなのに、わたしは誰一人笑顔にさせることができなかった。たくさんの怪我を負っても誰一人守れないで、皆最期にわたしの目の前で涙を流して死んでいった。戦いが終わった後だって街は暗い表情の人や怒りの表情を浮かべる人、家族や友だちを亡くしていつまでも泣いている人で溢れていた。
わたしにもっと力があれば、化け物がいなければ、わたしにもっと力があれば、化け物がいなければ、わたしにもっと力があれば、化け物がいなければ……。
わたしはただひたすらそう思った。そしてわたしは化け物を消滅させる力を手に入れた。
これで守れる。皆を守れる、笑顔にできると思った。……。
「でも……」
それでも、もしミーアちゃんが死んじゃったら……。そんな嫌な考えが頭の裏側にまとわりついて離れない。
「はあああああ!!」
わたしは飛びながら光の羽を何百枚も周囲に飛ばして邪魔になる化け物を蹴散らす。
「もう少し……」
送られてきた座標の所が見えた。岩山とまだ距離があるのにそれでも群がっているのが分かるほどたくさんの化け物も……。
「はっ、はぁっ……」
もしもう手遅れだったら、ミーアちゃんが死んじゃってたら……。そんな最悪の事態が頭をよぎって鼓動が大きくなって息が乱れる。
ミーアちゃん、お願い生きてて。お願い、お願い……。ひたすら心の中でそう叫ぶ。
あと数百メートルのところまで来た時
「……え?」
空が貫かれた。
ミーア、ちゃん……?
わたしは最初にそう思った。だって空を貫いたのはミーアちゃんの魔力だったから。
数百メートル離れていてもはっきりと分かるほど大きくて鞭みたいにしなる闇色の黒い魔力の針が何本も、何本もとぐろを巻くみたいにして空に伸びていた。周辺にいた大量の化け物を一気に蹴散らして。
何が起きたの……?
しばらくして空に伸びていた魔力は消えた。けれど貫かれた曇り空は未だにぽっかりと穴があいていた。
ミーアちゃんの魔力は凄く強い。だから今目の前で起こった、たくさんの化け物がミーアちゃんの魔力で一気に倒されたのだって不思議じゃない。だからミーアちゃんは無事、なはずなのに……。
「はやく、はやく……」
わたしはうわ言みたいにそう呟きながらその場所に飛んでいった。
周りにいた化け物が全部倒されていたおかげですぐに見つけて駆け寄ることができた。何人かの魔法省の戦闘員の人に囲まれて、血だらけで倒れているミーアちゃんに……。
「結希さん。久遠さんが……」
一人がわたしに気が付いたみたいで唇を震わせて何かを言おうとした。
「あ、……え?……ミーアちゃん?こんなところで寝てちゃ、ダメだよ」
けれど、わたしは気に留めないでミーアちゃんに近寄って座り込んだ。そして身体を揺すった。赤いお腹からとぷとぷ赤い水が出る。返事はなかった。
「麗さんがね、戻って来いだって。だからね、早く戻ろ」
身体を揺すった。はだけた制服の切れ端から薄紅の肉が覗く。返事はなかった。
「約束、したじゃん。……三人で一緒に……一緒に……」
身体を揺すった。槍で脚の間から叫んでるように開ける口まで貫かれたミーアちゃんから返事はなかぁ……ハぁ、ああ……ァ……
「アぁああァああああアァアあああ!!!!!」
わたしは叫んだ……。ただ叫んだ……。わたしの喉も貫かれそうなくらいに……。消えちゃえって、何もかも消えちゃえって、何かを掻き消すようにわたしは叫んだ。泣きたかった……。でもなんでか涙が出なかった……。ひたすらわたしは叫び続けた。
とくん とくん
どれくらい叫んでたか分からない……。でも今にも消えそうなほど小さな鼓動をわたしは聞いた……。
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