第二章 六節 三人で

「では、本日はこれで解散とする。明日は朝八時に集合だ。それまではゆっくりと休んでくれ」

 麗さんはそう言って部屋を出ていった。

 今日も訓練室で戦闘の訓練を行った。毎日何時間も行うせいでいつもへとへとになってしまう。

「はー、今日の訓練もやっと終わったよ」

「最近の訓練はどんどんハードになってきていますね」

 ひかりは疲れ切ってしまったのか床に座り込んでしまい、リーベも息が上がっている。

「本当だよ。もう足がふらふらで、早くお風呂に入ってゆっくりしたい」

「そうですね。……おや、ミーアさんどうかされたのですか?」

「え、あたし……?」

 何かおかしなことしていたのか?

「少しぼうっとしていたようなので。もし体調が優れないようでしたら医務室へ行った方がよろしいかと」

「え、ミーアちゃんどこか悪いの!?」

「ち、違うよ。ただ疲れていてぼーっとしてただけ」

 本当に疲れていただけだ。リーベの言う通り最近の訓練はどんどんハードになっているから。けれどそれだけじゃない。

 化け物の領域に奇襲を仕掛ける討伐作戦まで後一週間。

 無意識に結ったポニーテールのリボンをとって髪を弄っていた。

 緊張しているんだな。というか、めちゃくちゃ怖い。あともう一週間、いや、あとまだ一週間あってまだ始まってもいないのに、あたしはこれだけ怖がっているんだ。正直に言えば、戦いたくない……。そんなこと、本当は思っちゃいけないのに……。あたしの時代のために、あたしが戦わなくちゃいけないのに……。

 そうどれだけ言い聞かせようが、緊張は振り払えなかった。

「あの、展望室に行ってみませんか?」

 リーベがいきなり、けれど優しくそう言った。



 私がこの時代に来て驚いたことはたくさんあります。見たこともない建物、触れたことのない装置、食べたことのない食べ物。中でもこの時代の活気溢れる賑わいは本当に驚きました。こんなにも素敵な世界があるのだと思い、その壮大さに目に映る空間と平衡感覚が歪んだような感じがして倒れてしまいそうになりました。けれど同時に蒼穹を吹き抜ける清涼な空気が胸の中を流れる感じがしました。それはとても気持ちが良くて新鮮で……。ひかりさんやミーアさんにとってはこの光景は普通のことかもしれません。それでも私の感じたものを伝えたくて、この素晴らしさを伝えたくて二人を屋上に誘ったのです。

「ここから見える景色は私に希望を与えてくれます」

 以前にも話したことをまた話す。その時と違って今はまだ日が沈んでおらず、夕日が眩しい。街の明かりも星の光も見えない。けれど人々の賑わいはとても大きい。

「この時代のこの街はとても素敵です。訓練であまり外出することはできませんでしたが、それでも休日にお二人と街に出てたくさんのものに触れ、たくさんの方と接している時、とても楽しくて幸せで心地が良かったです」

 それはとても暖かくて柔らかい綿のように感じました。私を受け止め、包み込んでくれるような、無条件で身全てを任せてしまいそうなほど心地良いものでした。

「こんなにも素晴らしい街を絶やしたくはない、人々の笑顔がずっとずっと続いてほしいと私は思います」

「「……」」

「ですから、一緒に頑張りましょう!」

 何か良いことが言えたわけではないです。本当に私の気持ちを伝えたかっただけ。この時代のこの街から私は希望を貰いました。だからきっと私は目指すものも笑顔も持ち続けることができると思います。

 私がひかりさんの笑顔で希望を貰ったように、私もお二人に希望を与えることができたらと思ったのですが……。どうでしょうか?

「うん!一緒に頑張ろ!それで三人で笑おうよ!」

 ひかりさんはいきなりそう言った。

「え?」

「三人で、笑う?」

「うん、そうだよ。化け物のいない世界、化け物がいなくて平和で皆が笑っていられる世界を三人で見て、それでさ、三人で笑い合おう!!」

 そう言ってひかりさんは私とミーアさんの手を取る。

「ね!」

 そして笑顔を私たちに向けた。

「ひかり……」

「ひかりさん……」

 ああ、とても温かいです。手を握られているだけなのにまるで全身を抱きしめられているような温もりと安心感。

ミーアさんも戸惑いながらも私と同じで右手をひかりさんに委ねている。

「そうですね。三人で見ましょう」

「う、うん。三人で」

 私の、いえ、きっとひかりさんの明るく元気な姿に希望を貰ったのでしょう。

 ミーアさんの険しかった表情は少しだけ綻んでいた。

 翌日、食堂でミーアさんと顔を合わせた。

「おはよう、リーベ」

「おはようございます」

 ミーアさんの表情は明るい。

 とても勇気付いている、といった感じでしょうか。最近のミーアさんはどこか焦燥感に駆られた様子だったので、少しでもそれが晴れたのなら良かったです。やはり、ひかりさんの笑顔は素敵ですね。私まで勇気付けられてしまいました。

「ご一緒してもよろしいですか?」

「もちろん」

 私は軽くお礼を言って向いに座った。その瞬間、食堂全体に響き渡る大きな音が鳴った。

「な、なんですか!?」

「これは、警報!?」

 ミーアさんが慌てた様子でそう言う。

『全職員に告ぐ。現在化け物により、街が謎の襲撃を受けている。各自、直ちに持ち場に急行し、これを鎮静されたし。繰り返す』

「化け物による襲撃!?一体どういうことですか!?」

 立ち上がってそう叫ぶも答える人はいない。食堂にいる他の職員の方々も私と同じように驚きの声をあげているばかり。

「そんな……?」

 食堂内が騒然となる中、警報の音とミーアさんの声が私の中に反芻した。

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