第二章 五節 魔法と想い

 十メートルくらいの大きさの虎に似た化け物数体と人型の化け物の群れが五十メートルは離れたところから襲い掛かって来る。

「このまま突っ込んで倒すよ!」

「うん」

「はい」

 ひかりの力強い言葉にあたしとリーベはそう返事をしながら淀んだ空から差す月明りが照らす荒れ地を突き進む。

 遠くに見えたはずの化け物との距離はすぐに縮まり、すぐ目の前まで来る。

 虎型が三体、人型は百ってところか。まあ、あたしたちなら問題なく倒せるな。

「這え!」

 あたしは黒い針を三本、蛇のようにうねらせて人型の群に突っ込ませる。貫く手応え。

「咲け!」

 さらに人型を貫いた針を、そこから何本にも枝分かれさせて周囲の人型も貫く。

「はあああ!!」

 ひかりはそう叫びながらいつのまにか展開した光の翼で空を飛び、光の羽の雨を飛ばしながら化け物へと突っ込んでいった。あたしとリーベもそれに続く。

 あたしは黒い刃を伸ばし、鞭のように振るって人型を蹴散らし、切り裂いていく。リーベはいつもの鎖を二本両手に持って、拘束するのではなくあたしと同じように鞭のように振るって攻撃していた。

 虎型があたしに飛びかかってきた。

 あたしは後ろに跳んで避けながら、飛びかかってきた虎型の下から黒いランスを作って突き上げる。貫くとまではいかないまでも、大型よりも硬くない分、ランスが深々と突き刺さる。

 あたしは真上に跳躍、虎型を見下ろす高さまで跳び上がる。そして大きなランスを三本出現させて虎型に向かって撃ち込む。頭や胴体に深く刺さり、そのまま力なく下から刺さるランスに身を委ねてぐったりとなった。

 よし、まずは一体……。

「たああああ!!」

 ひかりの方へ目を向けると、ひかりは虎型の上を旋回して惑わせながら、手に持った双剣を振り、光の刃を飛ばして攻撃していた。それによって怯んで動きが止まる虎型。

 ひかりはその瞬間素早く指を鳴らした。すると虎型の周囲にいくつもの巨大な光の花が出現。あまりの光の強さに虎型が見えなくなってしまいそうだ。

 ひかりがもう一度指を鳴らす。すると虎型の周りに咲いていた光の花は一斉に爆発を起こした。少し距離があるところにいるあたしでも目を逸らしてしまうほどの強い光。化け物を消滅させる力があるひかりの魔法による爆発であの虎型は攻撃されたのだ。

 やがて、煙が晴れると形を保っていられなくなった虎型が無残な姿で倒れていた。

「それっ」

 リーベは二本の鎖をリボンのようにしなやかに振るって周囲の人型を蹴散らしていた。

 その隙をついて虎型が襲い掛かるも、リーベは手に持っていた鎖を手放し、軽く上に跳躍。虎型の背中の上に乗ったリーベはリウスから白いライフル銃を取り出して虎型の背中の真ん中に押し付け、引き金を引いた。瞬間、虎型を巨大なカラフルな魔法光線が貫いた。それは太く捻じれるように回転していて簡単に虎型の体を抉っていた。

 ライフルの光線がやむと虎型は力なく崩れ、そのまま倒れ伏す。リーベは虎型が動かないのを確認すると背中から飛び降りて、あたしたちの方に向かってきた。

「これで全滅でしょうか」

「うん、そうだね」

 すると視界が一気に明るくなった。淀んだ夜空の雲間から覗く月明りから、一瞬で機械的な白い明かりへと変化した。さらに、あたしたちが立っていた荒れ地も白い無機質な壁や床の部屋になっていた。

『そこまでだ』

 室内にマイクを通した麗さんの声が響き渡る。

 この部屋は縦にも広く、上を見上げると二階の高さのところに強化ガラスの窓があり、そこから麗さんがあたしたちを見下ろしていた。

 麗さんが今いる所は、この訓練室のサブコントロール室。幻術魔法や空間魔法を利用した装置を使って、今あたしたちがいる訓練室で化け物と戦う訓練を行うことができる。

『よし、昨日の訓練同様まずまずの戦績だ』

 今日も昨日と同じように化け物と戦うことを想定した訓練。

 麗さんが言ってくれた通り、自分でもそれなりに上手くできたと思う。この時代に来てから、緊張でいっぱいだったけど、これならなんとか役目を果たせそうだ。

『では、今から三十分の昼休憩を……、と、すまん』

 麗さんはそこで言葉を止めた。どうやら、どこからか連絡が入ったようで耳に付けていた通信機で話をしている。

「どうかされたのでしょうか?」

「分からないけど、何かあったのかな」

 なんて会話をしている間に麗さんの通信は終わった。

『はあ……、今から緊急で訓練用の設備のメンテナンスを行うそうだ。各部屋を順番で行うそうだが、今日はどこの訓練室もいっぱいでしばらくどこも使えんようだ。まったく、技術科は何をやっているんだ……』

 今日の予定が狂ったせいか、麗さんは頭を抱えてそう言った。

「あの、そうなるとわたしたちはメンテナンスが終わるまでどうしていればいいんでしょうか?」

『そうだな……。本来であれば、トレーニングルームでと言いたいところだが、良い機会だし自由時間としよう。今後討伐作戦が近くなれば余暇を楽しむことも少なくなるだろうからな』

「ええ!?いいんですか!?」

『ああ。元々我々側の不手際だしな。それに久遠やヴァールハイトは我々に協力してくれている身だ。大したものでは、せめてもの計らいといったところだ』 

「そんな、構いませんのに。お心遣い感謝します」

「えと、ありがとうございます」

『メンテナンスは終了次第連絡する。それまではゆっくりとしてくれ』

「はい、分かりました」

 あたしたちはひとまず訓練でかいた汗を流すためにシャワー室まで移動した。シャワー室のシャワーは一つ一つ肩の高さまでの簡単な壁と扉で遮れた個室?になっている。でもあたしたちだとまだ身長低いから、各々入ると顔の半分まで隠れてしまった。

「自由時間か……。どうしようかな」

 ひかりはシャンプーで頭をもしゃもしゃしながらそう呟いた。

「そうですね。メンテナンスとやらがどれくらい時間の掛かるものかにもよりますね」

 リーベはシャワーで体を流しながらそう答えた。

「うーん、いつも通りだったら多分そんなには掛からないと思うんだけど。二時間くらいかな」

「いつも通りって、よくあることなの?」

「うん、そうなんだ。化け物との戦いを想定した訓練だから、化け物に関しての新しい情報が入るたびに更新してるんだよ。討伐作戦が近いから普段よりも回数が増えていてこの時間にもやるようになったんだと思う」

「そうだったのですか。ですが、訓練の精度がより上がるのでしたらまったく困ったものというわけではないのですね」

「そうだね。でも、今回は本当に急すぎて麗さんが頭抱えてたけど……」

 ひかりが苦笑いをしながらそう言った。

「それで、この時間はどうする?」

 あたしはボディソープで体を洗いながらそう尋ねた。汗っかきだから脇を念入りに洗う。

「うーん……、まずはお昼ごはん食べたいかな。気を抜いたらお腹がひゅるるんって鳴っちゃいそうだよ」

「あたしもそれがいいかな。もうお昼だし」

「あ、でしたら、せっかくなので今回こそ三人で街に出てみましょう」

 リーベが手を軽く前で叩いてそう提案した。

「それ良い!この前はミーアちゃんいなかったけど、今度こそ三人で行こ!」

 ひかりはそう言いながら個室から出てあたしとリーベの入っている個室の前に出てきた。女の子同士ってこともあってか、恥じらいはないみたいで元気いっぱいといった感じだ。

 えっと、胸が小さいね……。違う!!

「えっと、この前はごめん。今日はあたしも行きたいから、行こう」

「ふふっ、気にしなくても大丈夫ですよ」

「そうだよ。よし、それじゃあ、早く準備しよ」

 あたしたちはそれぞれ体を流し、シャワー室から出てドライヤーで髪を乾かし合って準備をし、魔法省の出入り口に向かった。

「あれー、ひかりちゃんたちだ」

 途中で向かいから歩いてくる三人組の一人がそう声を掛けてきた。

「あ、姫咲さん、こんにちは」

「うん、おはよー。昨日遅くまで訓練だったから今起きたところなんだよねー」

 声を掛けてきた女性、姫咲さん?は眠たげにそう答えた。

 上は黒いタンクトップだけとかなりラフな格好で下はつなぎを穿いて上半身の部分を腰に巻いている。髪はまっすぐで長く綺麗だ。身長が高く、顔も綺麗な方で大人っぽい印象。だけど姿勢や表情は気だるげで少しだらりとしていてもったいない感じがする。

「まったく、だからといってミーティングギリギリまで寝ているとはな」

「起こしてくれたいずるちゃんに感謝しなよ」

 一緒にいた中年の男性と二十代後半くらいの若い男性がそう言った。

「うーん、気を付けるー。ところで、この子が例の未来から来た子?」

 姫咲さんは男性たちの注意を適当に聞き流した後に、あたしの前に立ってそう言った。

「はい、そうです。ミーアちゃん、この人たちは魔法省の戦闘部隊の中でも特に戦闘に特化したα部隊、β部隊、γ部隊の隊長さんだよ。作戦によっては、各部隊に分かれて戦うこともあって、たぶんミーアちゃんは姫咲さんのγ部隊に配属されるはず」

「そうなんだ。えっと、久遠ミーアです。……よろしくお願いします」

 特に気の利いた挨拶はできず、ぎくしゃくとしてしまった。

「うん、よろしくー」

 姫咲さんは軽くそう挨拶をしてあたしの後ろに回ってあたしの髪を触って……。

「え!?何!?なんですか……!?」

 思わず敬語を忘れてしまったほど驚く。

「いやー、綺麗な髪の毛だと思って」

 そう言う姫咲さんの声は抑揚なく本当にそう思っているのか疑いたくなるほど気だるげだ。姿勢はさっきより悪く、なんか首が横に倒れているというか首が座っていないって感じがする。

「おい、いきなりそんなことをするから驚いているではないか」

「まったく、姫咲は新しい子が来る度にそうやって驚かせて」

「え、いつもやってるんですか?」

 あたしは若い男性の言葉に反応してそう尋ねた。

「実は私も、こちらの時代に来て挨拶させていただいた時にやられました」

「え、リーベもされたの!?」

「わたしも初めて会った時にされたよ」

「そいつぁ、災難だったな」

「ちょっと三雲さん、私のささやかな楽しみを勝手に災難扱いしないでよ」

「緊張でいっぱいの新人ちゃんにとってはまさに災難でしかないよ。ほらそろそろ行くよ。ミーティングの時間に遅れるとまた怒られる」

 そう言って若い男性は姫咲さんの襟首を掴んで引きずるように行ってしまった。

「驚かせてすまなかったな」

 その場に残った、先ほど三雲さんと呼ばれていた中年の男性はあたしにそう言って謝った。

「いえ、あ、少し驚きましたけど、大丈夫です」

「今後改めて顔を合わせる時や合同で訓練をすることもあると思う。その時はまたよろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」

 そう挨拶を交わして、三雲さんは先に去っていった二人の後を追った。

「変わった人だけど悪い人じゃないよ」

「う、うん。そうだね」

 特に変わった人というところに肯定する。

「ちなみにわたしは月宮さんっていうさっきの若い男の人のα部隊に配属されてるんだ」

「私は三雲さんと呼ばれていた方のβ部隊です」

「そうなんだ……」

 はずれを引いてしまった。なんて思ったけれど、さすがに失礼だし声には出さないでおく。

魔法省から出ると太陽の光が目を刺すようで少し痛かった。

「いつ見てもこの時代の人々が溢れた街並みは素晴らしいですね」

 リーベはたくさんの車や人で溢れる街並みを眺めてそう言った。

「リーベの時代はこの時代よりも少なかったの?」

「はい、街や村はありましたが化け物に襲われることも多くて人口も少なく、外に出るということも控え目な生活が普通でした。この時代では化け物の住む所が離れている分、目覚しい発展をされたのですね。ミーアさんの時代はどうでしょうか?この時代よりもさらに二千年も未来となるとさらなる発展がなされているのではないでしょうか」

「あ、わたしも気になる!未来って一体どんな感じ?」

 リーベの問いにひかりも飛び込むような勢いであたしに尋ねてきた。

「あたしの時代?えっと、高層ビルとかはもっとたくさんあるけど、でもあんまり変わらないかな」

 あたしは街並みを見回してそう答えた。

「え、そうなの?」

「うん。メサイア計画で化け物がいなくなったこの時代から技術革新が凄く緩やかになっていったみたいなんだ」

 この時代の発展はもともと化け物を倒すために進んだ。皮肉にも化け物によってあたしたちの生活が形成されていったのかもしれない。

「でも、ちゃんと発展してる部分もあって、魔法と科学を組み合わせた医療や美容なんかは凄く良くなっていると思う」

「そうなんだ。平和で幸せであるための発展はずっと続いてるって感じかな?」

「そんな感じ」

 そんな話をしながら歩いていると、魔法省から十分くらい歩いたところに『パレード』と書かれた看板のカフェに着いた。

「ここだよ。わたしのお気に入りのカフェ」

 街の中心に近いところだと思うけど大通りから少し外れたところにあるからか、人通りはそれほど多くはなく、お店の雰囲気も落ち着いた感じだ。

 席に着いて、置いてあったメニュー表を三人で一緒に覗く。

「ミーアちゃんはどれにする?」

「えっと、パスタにしようかな」

 ペペロンチーノがおいしそうだ。だけど、にんにく使ってるから匂い気になるよな……。二人ともあんまり気にしないでいてくれるかもしれないけど。いや、あたしが気にする!

「じゃあ、この『きのこのクリームパスタ』にするよ」

「わたしはサンドウィッチにしようかなー。リーベちゃんはどうする?」

「わたしはもちろん『パレードスペシャル』にします!」

 リーベはそう言ってメニュー表の真ん中にでかでかとある写真を指で示した。

「……リーベ、これどういう料理」

「お米をパンで挟んだ、まさに贅沢で至高の一品です!」

「さらにサバの味噌煮とポテトフライと梅干しがサンドされているように見えるんだけど……」

「はい、とってもおいしいです!」

 リーベはとっても笑顔でそう言い放った。とっても眩しい。

「これ、このお店のオリジナルメニューみたいなんだけど頼む人今までに見たことなかったんだ。でも、なんて言うか、リーベちゃんはこういうのが好きみたいなんだ……」

「そ、そうなんだ……」

 いわゆるゲテモノ好きってことか……?

「それじゃあ、わたしは、『たまごサンド』にしよっかな」

 店員さんを呼んで注文をする。

「それにしてもやっぱりこの時代は本当に素晴らしいですね。私の時代では見たことない物ばかりで、通ったことのある道でも通る度に目を奪われてしまう物で溢れています。それに様々な人種の方もいるようですね」

 店員さんに注文を終えた後にリーベちゃんはお店の中を見渡してそう呟いた。

 リーベの言う通り、待ち行く人たちにはたくさんの人種で溢れていた。今も店内を見渡せば、髪の色が黒色だったり金色だったり赤色だったり。肌の色や顔の作りも一人ひとり違う。

「昨日も麗さんが言ってた、化け物との戦いで世界中が荒れちゃったせいだね。住める所もどんどん限られちゃったから、色々な場所の人が皆で暮らすようになったんだ」

 これも確か歴史の授業で習った。昔は人種差別なんかもあったらしいけど、化け物という人類共通の敵という存在によって手を取り合ったとか。

「だからハーフやクウォーターも珍しくないんだ」

「それ、あたしの時代までずっと続いてるよ。この時代の人種って区別はもうほとんど残ってないけどね」

 あたしも多分いくつかの血が混じってて、髪の色は黒で瞳の色が赤だ。

「そうなのですか。人種や住む場所に囚われず手を取り合う日が来るのですね。本当に、素敵です……」

 微笑むリーベ。だけどなぜか儚い目をしていた。

 確か、本格的に多人種で暮らすようになったのは、化け物と領域が分かれた時。それまでは本当に酷かったみたいだ。リーベの時代はまだなんだよな。

「技術の発展だけじゃなくて、魔法の研究も進んで色々なことが分かってたんだよね」

 リーベがひそかに感傷的になっている気がしたので、話題を変える。

「魔法は心のエネルギーが元になっているってことだよね」

「心のエネルギー?それはどういうことですか?」

 ひかりの発言にリーベは首を傾げて尋ねてきた。

「えっとね、わたしたちが使う魔法って人それぞれで違うじゃん?それは魔法が心のエネルギーからできたもので、人それぞれ思いや何をしたいかが違うからなんだよ」

 あたしたちが使う魔法は、魔力で全身を覆って身体能力を向上させることができる。あたしたちはこの魔法を使って化け物と戦っている。けれど、人それぞれで違う魔法もある。あたしは黒い魔力を自在に操る魔法、ひかりは光を放った魔力で化け物を消滅させる魔法、リーベはぬいぐるみから様々な魔法具を取り出す魔法とあたしたち三人でも扱う魔法は全く違う。

「わたしたちのこうしたいああしたいっていう強い想いが源になったものが魔法なんだよ」

「魔法の正体が私たちの想い……?そのようなこと初めて聞きました」

「それもそうだよ。さっきも言った通り、化け物と領域が分かれた後の分かったことだからね」

 あたしは神妙な顔つきをするリーベにそう答えた。

「それはつまり、人の想いが力となって現れている、ということなのですよね?」

「簡単に言うとそんな感じかな。研究してた人たちもこれが分かった時は凄く驚いたみたい。でも、元々が心のエネルギーだから人それぞれで魔法が全然違うのも納得できるし、それに何かをしたいっていう強い想いで力を持つことができるのってロマンチックだなって思うんだ」

「ふふっ、確かにとても素敵ですね」

「でしょでしょ!あ、話を戻すとね、人それぞれで魔法は全然違うけど思いの強さ次第で自由自在なんだよ」

「元が心のエネルギーですから扱う者の気持ち次第ということですか」

「うん、そうなんだよ!他の人とまったく同じ魔法を使うこともできるみたいなんだけど大事なのは自分らしさなんだって。人生の中で自分がどうしたいかっていう気持ちの積み重ねで自分らしさが生まれる。だから魔法を使う時も自分らしくどうしたいかで強い力を発揮するんだ」

 ひかりは楽しそうに顔を綻ばせて話している。きっとそれだけこの魔法の仕組みが好きなんだろうな。

「自分らしさ……、どうしたいか、ですか。なるほど、そういうことだったんですね」

 リーベはひかりの説明を呑み込めたみたいで、大きく頷くようにそう言った。

「ちなみに、お二人は魔法を使う時にどのような思いで使っているのですか?」

「あたし?うーん……。ごめん、時々考えるんだけどさっぱりでさ」

 昨日リーベと話した時もちょっと思ったことだな……。あたしの黒い魔力には一体どんな思いがあるのか……。

「そうなんですか。ひかりさんはどうですか?」

「わたし?わたしは……」

 今まではしゃいだように話していたひかりの言葉が失速した。そして俯いたように顔を下に向けた。

「ひかり?」

「わたしは……化け物を倒したい。化け物を全部倒して、化け物のいない平和な世界で、皆の笑顔を見たい!!」

「ひかりさん……?」

「!?」

 お店の中がしんと静まって他のお客さんや店員さんがこっちを見ている。

「ご、ごめんね、つい大きな声出しちゃって……」

「いえ、大丈夫ですよ。それより、過去に何かあったのですか?」

「……二年前にね、化け物の大規模な襲撃があって、その防衛戦にわたしも参加したんだけど……」

 ひかりの指先が震えている。

「ひかり、大丈夫?」 

 あたしはとっさに声を掛けた。

「うん、ありがとう。……その時の戦いでわたしは何もできなかったの。街の人が化け物に襲われるのを前にして、ただ見ていただけだったんだ……」

「そんなことが……」

「わたしには力がなかった。化け物を倒す力がなかった。だからたくさんの人が……」

「……」

「だけど今は違う。あれからわたしは強くなったんだ……それに」

 ひかりはリーベを見た。そしてあたしの方も見る。ちょっと恥ずかしそうだけどしっかり目を見つめていた。

「今はリーベちゃんとミーアちゃんがいるんだもん!もう何もできないわたしじゃないよ!」

 ひかりは自信たっぷりにそうに言った。その表情はやっぱり明るくて羨ましいと思ってしまうくらいだった。

「!?……ふふっ。はい、私もミーアさんもいます。三人で頑張りましょう!」

「あたしたちならやれるよ」

「うん、頑張ろうね!」

 今はあたしたち友だちなんだよね。二人と友だちになれて良かった。なんて柄にもなく思った。

「お待たせしました。こちらきのこのクリームパスタ、たまごサンドとパレードスペシャルです」

 そこへ丁度注文した料理が運ばれてきた。料理は各々の前に置かれる。

 リーベのパレードスペシャルに目を向けると……。

「うわあ!」

 うわあ……。

「うわあ……」

 あ、ひかりが声に出した……。

「リーベ、ほ、本当に食べるの……?」

 なんだろう……。正直見た目は良くない。食パン二枚にご飯が敷き詰められてて、中のポテトと梅干が端から飛び出てて、さらにサバの味噌煮の汁が皿に広がっている。とてもお店で出す料理とは思えない。

「はい、もちろんです!それでは早速いただきましょう。いただきます」

 リーベはひかりに負けず劣らずの良い笑顔を浮かべながら、お絞りで丁寧に手を拭いて丁寧に手を合わせて丁寧にそう言ってパレードスペシャルを口に運んだ。

「……ど、どう?やっぱりまず」

「とても美味しいです!」

「そうだよね、やっぱりまずい……ええ!?美味しいの!?」

 リーベはほっぺたが落ちそうを体現したようにほっぺたをふにゃんとさせた。

「この時代の食事はやはり最高ですね!」

「リーベ、気は確かか!?」

「口の中に入れただけでとろりと溶けて香ばしく芳醇な香りと切ない甘さが口いっぱいに広がって、たまりません!」

「へー、この組み合わせってそんな味がするんだ……。切ない甘さってどんな味だろう……」

 何が甘さを引き立ててるのかな……。ていうかリーベはあたしの声聞こえてるのかな……。

「ね?リーベちゃん好きなんだよ……」

「そうみたいだね……」

 周りにお花畑が浮いてそうなほど嬉しそうにパレードスペシャルを食べる姿を見てそう言う。

「わたしたちも食べよっか」

「うん、そうしよっか」

 あたしたちは手を合わせてからそれぞれの料理を口に運ぶ。

 うん、クリームパスタは美味しい。きっとパレードスペシャルより美味しい……はず。

 食事を終えて、しばらく三人で雑談をしているとひかりの携帯に麗さんから連絡が入り、あと三十分ほどでメンテナンスが終わるそうだ。

 レジで会計をすませていると、横に置いてあったストラップに目が言った。

「そちら当店スタッフの手作りストラップなんです」

「へえ、可愛い」

 ひかりはそう言ってストラップの一つを手に取った。赤い色の五芒星のストラップで、他にも青色や黄色、緑色や紫色の星のストラップがたくさんあった。入れてあるかごの所には二百円と書かれていた。

「ね、三人で一緒に買おうよ」

「いいですね。せっかくですから色違いのを買っても良いかもしれませんね」

「ほら、ミーアちゃんも。友だちになった証、みたいな」

「友だちの証……」

 なんとなく臭い言葉だなんてひねくれたことを思ってしまうけれど、でも良い響きだな。

「うん、そうだね。一緒に買おう」

 買う色を何色にするかは、三人で選んでもらうようにして決めた。あたしはリーベに黄色を、リーベはひかりに赤色を、ひかりはあたしに青色を選んだ。

「ふふっ」

 あたしはそのストラップを携帯電話に付けて、今日一日それを見るたびににやけていた。

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