第二章 二節 仲良く
「ほわー、気持ち良いー。やっぱりお風呂っていいよねー」
「そうですね。汗をかいた後のお風呂は格別です」
ひかりの緩んだ声とリーベのゆったりとした声が響き渡る。
今あたしたちがいるのは魔法省の建物の中にある大浴場。初めての戦闘訓練を終えてここで汗を流しているところだ。麗さんにゆっくり休めとの計らいであたしたちの貸切状態らしい。
あたし、ひかり、リーベの順に並んでお湯に浸かっている。だけどあたしだけ少し離れた場所にいる。
「ふわあー、肌にじわーって染みてきて良い感じ。ブリ大根のブリになった気分だよ」
ブリ大根のブリになった気分って一体なんなんだ……?
「それにしてもやはりこの時代の技術は素晴らしいですね。まさかあのような訓練を毎日うけられるなんて」
さっき行った訓練は午前中から夕方にかけて第四訓練室で幻術魔法と空間魔法を応用した装置を使って化け物とその領域を再現。そこであたしたちは大型の化け物、鬼と戦った。
「この時代だと一般的な訓練なんだよ」
「そうなのですか。ではミーアさんが仰っていた訓練で戦ったことがあるというのもあのようなものだったのですね」
「うん。だいたい同じ」
「明日はもうちょっとうまくできるといいなー。さっきの訓練、麗さんに怒られちゃったし」
「ひかりさんの言っていた魔力量を考えなしに魔法を使ったことですか?」
「うん。ミーアちゃんも未来にある記録で知ってるかもしれないけど、わたしの魔法は普通に攻撃できるだけじゃなくて、化け物を消滅させる力があるんだ」
「……」
化け物を消滅させる、それがひかりの魔法の真髄。消滅とは文字通り化け物を消して存在させなくなるというものだ。
それは天敵にして何百年と人間を脅かしてきた存在を排除するのに絶対的な有利を誇る魔法。
あたしの時代まででそんな魔法を使うことができたのはひかりただ一人。メサイア計画の実行はあたしやリーベをこの時代に召喚することができたこともあるだろうけど、やっぱりひかりの存在が大きい。
「だけど燃費が悪くて、使い過ぎちゃうとすぐに魔力が切れちゃうんだ。それとわたしの魔法はどんな時でも有利だから非常事態に備えて大型と戦っている時でも最低半分の魔力は残して置くように言われてるんだ」
化け物との戦闘中、いつどういうふうに戦況が変わるか分からない。できるだけ広範囲で効率よく動きるように戦ってほしいってことだろう。
……それだけの実力があって、それだけ頼られているってことか。
「なんだけどさっきの訓練はちょっと張り切り過ぎちゃって」
「つい使い過ぎてしまいそうになったと」
「うん、そうなんだ。ごめんね。次からは気を付けるよ」
「いえ、大丈夫ですよ。それにしても、化け物を消滅させる、というのはやはり心強いですね」
「この魔法が使えるようになった時は魔法省の人皆驚いてたし、リーベちゃんに話した時もすっごく驚いてたよね」
「はい、最初は信じられませんでした」
「でも、消滅って言っても小型や弱い中型くらいまでで、さっきの鬼みたいな大型には他の攻撃よりも通じやすいってだけなんだけど」
「いえ、それでも素晴らしいです。化け物を消滅させ、かなりの防御力のある大型にも効果のある攻撃ができるのですから」
「でも」
ひかりはあたしたちの前に出た。
「わたし一人じゃさっきの戦いはあんなに上手くはいかなかったよ。二人がいてくれたからだよ。ミーアちゃん、リーベちゃん、ありがとう」
「っ!?……別に大したことじゃない」
「ふふっ、こちらこそありがとうございます」
ひかりはまた笑顔だった。別に今は光の翼があるわけじゃないに、どうしてか眩しく感じて目を背ける。
「じゃあ、あたしはそろそろ上がる」
だから、あたしは逃げるようにそう言って逃げる。
「え、もう上がっちゃうの?」
「うん、明日も訓練あるし早めに寝ようと思って」
「そ、そっか……。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
あたしは短くそう言って浴場から出た。
なんだか逃げるみたいだな。でも、これ以上あそこにいられない気がする。別に嫌じゃないし、居心地が悪いわけでもない。ただ、あたしには合っていない、という感じか……。
「わたし、ミーアちゃんと上手くやっていけるかな……」
「いきなりどうしたのですか?」
ミーアちゃんがお風呂から出ていった後、わたしは相談するようにリーベちゃんに切り出す。
「んー、嫌われてる……、わけじゎないけど。なんかそっけない感じがするというか……」
「確かにそのような感じはしますね。でもまだ知り合って二日目ですし、少しずつ……、というわけにもいきませんね。一ヶ月後にある討伐作戦までに連携して戦闘をできるようにしておかなければなりませんし」
「うん、もちろんこれから一緒に戦っていくっていうのもあるんだけど……。その、友だちになれないかなって」
「友だち、ですか」
「うん。リーベちゃんと同じようにミーアちゃんとも友だちになれないかなって思ってるんだ」
「え?ひかりさんと友だち……?」
きょとんとした表情のリーベちゃん。
「……え、リーベちゃん、なにその『え?』って……?わ、わたしたち友だちだよね!?」
「え、いや、そうですか。なるほど、これが友だちというもの、なのですか……」
「何一人で納得してるの!?」
「あ、すみません。実は私、あまり友人と呼べる人がいなくて、どのような関係が友だちと呼べるのかあまり分からないんです」
「そ、そうなんだ……」
「客観的に見れば、友だちなんだなって分かるんですけど、自分のこととなるどうしても分からなくて。あ、ですからひかりさんと友だちになるということが嫌というわけではないです」
「そ、そっか。なら良かった、のかな?」
嫌われてはないんだもんね。ていうか、リーベちゃんとは一か月一緒に過ごしてて、今もこうしてお風呂に入ってるのに嫌われてたら逆にびっくりだよ。
「むしろ、ひかりさんが私のことを友だちと思っていて下さったのであればとても嬉しいです」
「本当?そう言ってもらえるとわたしも嬉しいよ。ありがとう、リーベちゃん」
「ふふっ、こちらこそ。友だちになってくれて、ありがとうございます」
良かった。びっくりしちゃったけど、リーベちゃんとはちゃんと仲良しの友だちだよね!
「それで、ひかりさんはミーアさんとも友だちになりたいのですね」
「うん。これから一緒に戦っていく、それって目標が同じってことで……。確かにミーアちゃんの時代はもう化け物がいなくてリーベちゃんはこっちで化け物を倒しても意味がない。でも、それでもわたしたちの時代に協力してくれる、同じ目標を持ってくれている」
それは本当に、本当に嬉しいことで……。
「だから、その……、リーベちゃんと同じようにミーアちゃんとも友だちになりたいなって思ったんだけど……」
「ミーアさんはそっけないと」
「やっぱりこんな大きな計画の最中に友だちになりたいっていうのは呑気過ぎるのかな……」
「確かに少々楽観的ではあると思いますよ」
「うー、やっぱり……」
リーベちゃんにズバリ言われる。
「でもそれは前向きな気持ちでもあります」
「前向き?」
「はい、今回の計画が成功すれば化け物のいない世界になります。そうなれば毎日皆さんが仲良く笑顔で暮らせるようになるでしょう。目指すものの一つにそれがあるのなら今その気持ちを強く感じることはとても大切だと思います」
「そ、そうかな……?でも自分でも分かるほどわたし能天気過ぎるなー、って思うんだ」
「えっと、ひかりさんが能天気かどうかは置いておいて、私は今のままで良いと思いますよ。討伐作戦が近いこともあり、この建物内にいる方々は皆さんピリピリしているようですから、その分ひかりさんには明るさを持ち続けてもらいたいです」
「そっかー、じゃあ、わたしはこのままでいいんだね!」
「はい、少なくとも私はそう思いますよ。ひかりさんの笑顔はとても素敵だと思います。ひかりさんの笑顔を見ていると私も笑顔になれます」
「え、そうかな?えへへ、なんか照れるな。ありがとう、リーベちゃん」
わたしの笑顔、かぁ。わたしは皆の笑顔が好きだけど、それは今まで考えたことなかったかもしれない。よーし!
「ミーアちゃんと仲良くなれるように頑張ってみるよ!」
「はい、頑張ってくださいね」
まずは明日、話しかけてみよ。
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