第二章 一節 戦い
夜が更け一寸先を見ることも難しい森の中。頭上は木の葉で覆われて月明かりも届かない中、あたしは訓練通り最低限の軽い動きだけで木々を避けて減速することなく走り続ける。
長い髪はポニーテールにしているけど、それでも体を動かせば体が熱くなるし緊張すれば汗も出る。項に浮き出た汗は異様に冷たくて余計に緊張を強いられている感じがした。
少し先にほんのりと青白い光が見えた。
明かり……?あそこで森を抜ける。そして森を抜ければ……。
あたしは右手を構えて、そこに魔力を集中させる。するとそこに巨大な黒い鎌が現れた。これはあたしの魔法で生成した化け物を殲滅するための武器。
「!?」
森を抜けると、そこには無数の人型の化け物、そしてその奥には十体の太った全長五メートルほどの爬虫類に似た化け物がいた。人型は真っ黒で華奢な体に顔のない頭、手にはその体と同じく真っ黒な棒を持っている。
化け物はあたしに気が付くと一斉に襲い掛かってきた。
「っ!?」
目の前にしただけで背筋に蛇が這うような気持ち悪い感じがする。こいつらは敵だ、と本能で感じる。無意識に呼吸が早くなっていた。
けれどあたしは止まることなく化け物に突っ込み、鎌を上に振りかぶる。そして鎌の刃に魔力を集中させる。すると鎌の刃が黒いモヤに覆われる。さらにモヤは鎌の刃よりもさらに大きく鋭い三本の鉤爪へと素早く変化した。これがあたしの魔法。黒い魔力を自在に操る力。
あたしは襲い掛かって来る数体の化け物に向かって鎌を一気に振り下ろした。
化け物を切り裂く感触と音を感じたが、それはすぐに地面を切る硬さと轟音に掻き消された。
土煙で周りが見えにくくなったが、それが晴れると、あたしの黒い魔力が地面を易々と切り裂き、鉤爪状に抉り取った跡と引き裂かれて黒い飛沫をあげながら倒れている人型が視界に移り込んだ。
『ミーアちゃん!』
耳に付けていた通信機からひかりの声が飛び込んできた。見渡すとひかりとリーベがそれぞれ少し離れたところで化け物と戦っている。
「ごめん、少し遅れた」
『大丈夫だよ』
『はい。それよりミーアさんの方は大丈夫でしたか?』
「あたしも大丈夫。ここに来るまでにちょっと化け物が多かったから少し時間が掛かっただけ」
『良かったー。実はちょっと心配してたんだよね』
心配か……。
「うん、ごめん……」
『大丈夫だよ。よし、それじゃ、三人揃ったことだし一気に行くよー!!』
『はい!』
「……うん」
あたしは走り出した。目指すは右斜め前方に見える崖。ひかりも襲い掛かって来る人型の化け物を白銀の双剣で倒しながら、そこに向かって走っている。あたしは横に並ぶようにして同じように人型を鎌で切り付けながら進んでいく。
でも、崖を目指すならリーベだけあたしたちの後ろの位置になって、遅れをとっていることになるけど大丈夫かな?
『では、私はサポートに回らせてもらいますね』
「サポート?」
『はい。ひかりさんの魔法や戦い方は攻撃型で、ミーアさんも先ほどの登場を見る限りだとそちらよりだと判断できます。私の得意な魔法はサポートということもありますので、私はお二人の援護という形で戦わせてもらいます』
『リーベちゃんのサポートは本当に凄いんだよ』
「そうなのか。じゃあ、えと、お願い……」
サポートか。今までそれがある戦いなんてしたことないからどうすればいいか分からないけど……。
『はい、任せてください』
「……」
リーベの頼もしい声色。なんとなく背中を押された気分になった。走る足も意図せず速くなっている。
目の前には人型の群れ。崖までの距離は目測で二百メートルくらいか。単純に全力で走ればすぐに着く距離だけれど、無数の化け物がそれを阻む。
目の前に三体の人型。あたしはまた鎌の刃に魔力を纏わせる。
視界の端から三つ何かが飛んで行った。
「!?」
え!?何?後ろから!?
飛んでいった物はそのまま目の前の人型三体の眉間に刺さる。人型は勢いで後ろに飛ぶように倒れた。
「ダガーナイフ?」
飛んで行った時は咄嗟で分からなかったけど刺さっているのを見るとそれはダガーナイフだった。
『ふふっ、驚きました?』
「い、今のリーベが……?」
『はい、そうですよ』
正直後ろから攻撃されたのかと思った。リーベが任せてって言ってくれたからか後ろの警戒がいつもより緩んでいたのもあるか。
『後ろはもちろん前もある程度サポートさせていただきますね』
「うん、……ありがと」
凄い……。
そう心の中で呟く。さっきは少し怠っていたけど、後ろの警戒をしてみると分かる。あたしに攻撃をしてくる化け物、それもあたしの動きの邪魔になるのだけがどんどん倒れていく。前だって、あたしが縫うようにジグザグに走っているのにまるであたしの考えていることが分かるみたいにあたしだけ避けて人型にナイフが飛んでく。
それにリーベとどんどん距離が離れているのにナイフの飛ぶ勢いが全然弱まっていない。
これがリーベの魔法か……。
あたしは負けてられないとばかりに鎌を薙いで化け物を切り裂き、黒い魔力で作り出した刃を飛ばして一掃しながら走る。
ひかりは白銀の双剣で正確に人型の急所を切り、さらに光を放つ魔法の衝撃波を飛ばして群がる前方の化け物を吹き飛ばした。
視界の奥で全部の爬虫類型が口を開けるのが見えた。
なんだ?
『ミーアちゃん、気を付けて。あの奥にいる爬虫類型、遠距離攻撃の光弾を撃ってくるから』
「遠距離攻撃……」
『では、そちらも私が対処しましょう。お二人は止まらず走り続けて下さい』
リーベがそう言った瞬間、閃光。化け物たちから光弾が飛んでくる。あたしに五発、ひかりに五発。だけど、あたしとひかりは止まらない。
視界の端をまた何かが飛んで行く。戦場に似合わないカラフルなパステルカラー。そんな色の魔法弾がいくつもあたしたちの横や頭の上を越えてこっちに向かってくる光弾を全て撃ち抜いく。そして、それだけにとどまらず、そのままの勢いで光弾を撃ってきた爬虫類型すらも撃ち抜いた。
今ので完全に倒せたわけじゃないと思うけど、それでも十分無力化できたと思う。
また自然と足が速くなった。それはひかりも同じみたいであたしたちはどんどん崖の真下に近づいていっている。
リーベのダガーナイフ、それによって後や横だけでなく前の人型までどんどん倒れてく。あたしたちも切り倒し広範囲に渡って吹き飛ばしながら進んでいく。あとはあの目の前のあいつらだけ。
さっきリーベの魔法弾で攻撃された爬虫類型。動けなくなっている今がチャンス。
『行くよ、ミーアちゃん!』
「えっと、うん」
ひかりが急にあたしに掛け声?合図?的なのをしたもんだからすぐには理解できず、だけど勢いで返事をしてしまった。
ひかりは目の前に迫った爬虫類型に切り掛かった。爬虫類型はひかりに切られた部分から黒い飛沫を上げてよろめく。
今のに続けってことだよな、多分。
つい先ほどひかりが攻撃した所をさらに抉るようにして爬虫類型に切り付ける。爬虫類型は傷口からさらに黒い飛沫をあげ、やがて力尽きたのか地面を小さく揺らして倒れた。
『一点突破成功ですね』
通信機からリーベの嬉しそうな声。
「でもリーベちゃんはまだこっちに……」
ひかりはそう言って振り返ると
『それについては大丈夫ですよ。お二人が通ったところが道のように開けていますので。それに多少の雑魚でしたら』
こっちに向かってくるリーベ。その両手には二丁のラッパ銃を持っていてその銃を
『簡単に倒せます』
前に構えて撃った。
銃口からはカラフルな魔法弾が放たれる。しかも、それは途中で爆ぜて四方にいくつもの魔法弾となって前から襲い掛かる複数の人型を撃ち抜いた。そうしてほとんど化け物に襲われることなくリーベは一瞬のうちにあたしたちのいる所に着いた。
「さて、目標地点はこの上ですね。と言ってもどう登りましょうか?ここにいてはまだ化け物の標的になりますし急がなければ」
あたしたちが広範囲に渡って攻撃しながら進んでいたおかげですぐ近くにはいないものの、化け物の群れの真ん中を裂くように突破したから、左右には依然として蠢く化け物たちがいる。そしてもの凄い勢いで襲い掛かってきている。
「それなら任せて」
ひかりはそう言って
「え……?」
光に包まれた。
思わず目を瞑ってしまいそうなくらい眩い光。ひかりだけでなく近くにいるあたしたちまで包まれていくみたいで、ほんの少し温もりみたいなのを感じた。
やがて光が弱まるとそこには……。
「綺麗……」
見とれてしまいそうなほど綺麗だった。いや、実際に見とれてしまっている。目が離せない。眩しくても目を離したくない。瞬きをすることすら拒みたくなるほどだ。
ひかりの背中からは大きな翼が生えていた。全てを包んでしまうほど強く鮮やかで綺麗な光の翼。周囲に同じく光を放った羽を何枚も散らしていて、ひかりの周りだけまるで別の空間のようだった。
「ありがとう、ミーアちゃん!」
「!?」
え、え?何?何にひかりはありがとうって言ったんだ!?もしかしてあたし気が付かないうちに何か言ったのか!?
今さらながら、眩しくて直視できなくなったのか、顔が勝手に動いて視界からひかりがいなくなった。
「なるほど。ひかりさんの翼で飛んで行くのですね」
「そうだよ。じゃあ、わたしに掴まって」
ひかりはあたしたちに手を差し出してきた。
「……」
少しぎこちないながらもひかりの手を握る。それに対してひかりはきゅっと握り返した。
人型があたしたちに向かって襲い掛かり、爬虫類型もこっちを向いて光弾を撃とうとしている。
「行くよ!」
化け物の攻撃が当たる直前、ひかりは翼をゆっくりと一度だけ、だけど強く大きく羽ばたかせた。次の瞬間、体がいつもより下に引っ張られる感覚がし、足の裏から地面の感触がなくなってほっぺたや首筋に空気が強く流れて、そして視界に崖の頂上が映った。
一瞬で崖の頂上まで辿り着いていた。
「……!?」
「相変わらず凄いです。たった一回羽ばたいただけで……」
「……」
この崖、多分百メートルくらいはある。それを一っ跳びでなんて……。
あたしたちは崖の上に降り立った。ひかりは魔法を解除したらしく、光を放つ翼は一瞬で塵になって周囲に漂った。それがまた綺麗で再び見とれてしまう。
「ひかりさんの魔法は何度見ても素晴らしいですね」
「え、本当に!?ありがとう。でも、そんなこと言ったらリーベちゃんだって凄いよ。リーベちゃんのサポートのおかげで化け物の群れの中をスイスイ走れちゃったもん」
「ふふっ、ありがとうございます。そう言っていただければサポートした甲斐がありました。ところで、ここが目標地点でしょうか?」
「うん、そのはずだよ。ここに大型の化け物が……」
あたしたちの目の前にあるものは崖の上に建つ一件の大きな屋敷の廃墟。石の塀と鉄格子の大きな門で囲われている。
あたしたちは警戒しながらお屋敷の敷地内に入る。屋敷は五階建てで立派だけど壁は所々崩れていて、窓ガラスも割れている。そこから覗く室内は暗い。地面には枯れた草花、腐った木がめちゃくちゃに散らかっている。
耳の奥に響く高く乾いた音が鳴った。
「!?」
屋敷の扉が開いた。建物の中から二十はいる人型の化け物が出てきた。
「こんなところにもこれだけの数……。ということはこの奥にいる大型の守りでもしているのでしょうか?」
「そうかもしれないね。もうここまで来たら目標大型もすぐそこだし魔法の出し惜しみはいいかな」
「私も先ほど使っていた魔法はほんの一部でしたので、今からは三人で手の内を明かして戦いましょう。ミーアさんはまだ私たちの戦い方を知らないと思いますし」
「うん。あ、でも、あたしの時代に二人の記録があるから一応は知ってる……」
「そうなんですか。しかし、私とひかりさんはまだミーアさんの魔法を知りませんし、今後一緒に戦っていくことも踏まえてお互いにしっかりと戦い方を見ておいた方がいいかもしれません」
「うん、そうだね。わたしはいいよ」
「あたしも、それでいい」
「では、行きましょうか」
リーベはそう優しく掛け声を発した。そしてそっと両手を前に出した。すると両手の間から急に光が放たれてリーベの腕の中に大きなぬいぐるみが現れた。
鎖で繋がれた首の先に犬の頭が三つ付いた継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみ。リーベはそのぬいぐるみの背中にあるジッパーを開けて中に手を入れて、いくつものダガーナイフを取り出した。
「これはさっきのダガーナイフ?」
「はい。私の魔法はこのぬいぐるみ、『リウスちゃん』から様々な魔法具を取り出すことができます。そしてこのダガーナイフは」
そう言ってリーベは手に持ったナイフを一気に人型に投げ付けた。ナイフは全て命中。人型の頭に刺さって倒れた。
「このように投げて使います。ナイフ投げ自体は練習して普通に行えますが、このナイフ自体の魔法は先ほどのように距離がある場合に、私の任意の対象まで飛んでいってくれるんです」
リーベはそう説明しながらもぬいぐるみからナイフを取り出して人型に投げるのを繰り返す。その動きには無駄がまったくなく、全てが次の動きに繋がるように動いて化け物に攻撃している。だから、ぬいぐるみからナイフを取り出す動作があるのに全然隙がなくてダガーナイフがやまない雨のように人型を襲う。
「ふう、かなり倒しましたが、……まだ屋敷の中から出てくるようですね。キリがないです」
リーベはそう言ってナイフを投げるのを一旦中止した。
確かに凄い速さで人型を倒していった。だけどそれを上回るスピードで屋敷扉から、割れた窓から湧き出るように出てくる。
「えと、じゃあ……、今度はあたしがやるよ」
あたしは片手で鎌を横にして構える。そして刃に黒い魔力を纏わせて
「這え」
そう一声。それと同時に鎌を宙に切り払う。そして纏わせた黒い魔力は鋭い十本もの針になって、地面を駆けるように伸ばし、人型の群れを襲い串刺しにした。貫かれた人型は黒い飛沫をあげてぐったりとしている。
「凄い……」
背後からひかりの感嘆の声。
「まだ来ます!」
リーベの言う通り、貫かれた人型の奥からどんどん人型が湧いてきた。
「あれくらいなら……」
あたしはそう言うと人型を貫いた黒い針をさらに押し込み、開かせる。まるで花が咲いたみたいに黒い針が開いて伸びて、一本の針がいくつもの針になった。向かった先は当然人型。十本はあった黒い針が、そこからさらにいくつにも分かれて針は何十本にもなり、湧き出てきていた人型全部を倒していた。
「止まった……?」
「そのようですね」
屋敷の中から出てくる人型の群れは止まっていた。
「凄い、ミーアちゃんあっという間に倒しちゃったよ」
「本当ですね。お見事です」
「あ、ありがと……。あたしの魔法は見ての通り。黒い魔力を自在に操作できる」
あたしはそう簡単に説明しながら黒い針を解除した。
「そっか、これは魔力だったんだね」
「自在に操ることができるのでしたら動きも形もかなり応用が効かせた戦い方ができそうですね」
「うん、それなりには」
足に衝撃が波打つ感触が響いた。
「!?」
地面が揺れている……?それも一定の間隔で。近づいてきている……?
「来た……」
「これが、目標の大型化け物……ですか」
屋敷を見上げるとそこには、鬼がいた。変な方向に捻れた二本の角、刃物のように鋭い爪、歪んでひしゃげている体をした二十メートルはある人型の化け物が屋敷の裏から現れた。
「うっ、く……」
思わず目を背けたくなる。視界に入れるだけで胸の中で異物が蠢いるような気持ち悪るさを感じて恐い。そして臭いも酷い。
「この見た目と鼻を曲げたくなるような腐臭……。これが鬼、ですか」
リーベはそう言いながら顔を少し歪ませた。ひかりも同様。
「うん。二人は戦ったことある?」
「いえ、私はありません」
「あたしは一応訓練で」
鬼はこの大型の化け物の名称。二十メートルを超える人型の化け物で頭にある捻じれた二本の角と鋭い爪、腐っているんじゃないかと思うほど歪んだ体と臭いが特徴。
「リーベちゃん、気を付けてね。特に腕の振りには。体の大きさのわりにもの凄い速さで動くから」
「よく心得ておきます」
鬼は赤く光る目をギョロリと動かして、こっちを睨んだ!
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」
「ふっ、……く……」
咆哮!?うっ、耳が……、頭が痛い……。
およそ人間が発音することも聞き取ることもできない轟音を発する鬼。耳を塞いで必死に耐える。
「……くっ、這え!!」
鬼が咆哮をし終える寸前に動く。あたしは鎌に纏わせた黒い魔力を三本の針に変えて鬼を貫こうとする。さっきより数は少ないけどその分大きい。その針が鬼の首元を貫こうとする。だけど、鈍い音を立ててあっさりと弾かれた。
「くっ、やっぱり硬いか」
あんな腐ったような見た目しているのに攻撃を弾くなんて、やっぱり大型ともなると手強いな……。
攻撃されたことに気が付いた鬼はあたしを攻撃しようと迫った。
「危ない!」
やばっ、回避間に合わない……。
「はっ」
鬼の両目に二本のダガーナイフ。瞬間、鬼は攻撃を止めて自分の目を押さえて叫んだ。
「退いてください」
リーベの声を聞いて鬼から距離をとる。
「ミーアちゃん大丈夫!?」
「なんとか。ありがと……、助かった」
「どういたしまして。間に合って良かったです。それにしても本当に速い動きですね。体もかなり硬いようですし。でも目には攻撃が通るようですね」
「うん。でも他の所より効くってくらいで致命傷にはほど遠いんだ」
「なるほど、厄介ですね」
「でも弾かれても全く効いてないわけじゃないから攻撃を確実に当てていけば倒せるはずだよ」
「ではまずあの動きを止めた方が良さそうですね」
鬼を見るとまだリーベのナイフは抜けていなくてその場で暴れている。見た目よりも速い動き。加えて怒って暴れられているんじゃ……。
「私に任せてください」
リーベはそう言ってリウスに手を入れ、中からジャラジャラと長い物を取り出した。
「それは、鎖?」
「はい、鎖です。これで鬼を拘束しますのでお二人はその間に攻撃してください」
「うん、分かったよ」
「分かった」
リーベは鬼の正面に立つ。そして鎖を振るうと、しなやかにそれは伸びて鬼の左腕に巻きついた。瞬間、暴れ回る鬼の足元に、正面に、後ろに、頭上にと八方に魔法陣が現れ、ジャラジャラと大量の鎖がうねり出て鬼の胴体や四肢、太い首に絡みついて拘束した。
「今です!」
「任せて!」
ひかりはそう言って鬼に向かって走ってすぐ目の前で上に跳躍、頭の高さで魔法を発動した。ひかりの体から光が放たれ、翼となってひかりの背中に留まる。そしてひかりは鬼の真正面で翼をいっぱいに広げた。
「いっけーーー!!」
ひかりの掛け声とともに光の翼の羽が一枚一枚、鬼に向かって空を切り裂く速度で飛んでいった。何枚も何十枚も何百枚も。羽は飛んでは新しく生え飛んでは新しく生えて鬼を攻撃していく。それはさながら光の雨のように羽が鬼へと降り注ぐ。
あれがひかりの魔法……。
あたしは元の時代の魔法省にある資料で事前に二人の情報を知っている。けれど、実際に目の当たりにすると見入ってしまいそうな迫力があった。
「う、本当に硬いな」
十分すぎるくらいの攻撃を終えて、ひかりがそう呟いた。
確かに硬い。今のひかりの攻撃は猛攻そのもので、鬼の全身を絶え間なく何度も打ち、引き裂くほどの攻撃だったはずだ。けれど鬼はそれをものともせず悠然としていた。
でも確かに効いている。今の攻撃で鬼の頭や肩や首に黒い飛沫がいくつも上がった。
魔法省にあった資料によると、ひかりの魔法は光を放つ魔力による攻撃。展開した翼から何百枚という羽を飛ばす猛攻をはじめ、様々な強力な攻撃をすることができる。そしてさらにひかりの魔法は……。
記録にもそう記されていたこととはいえ、信じがたいことだった。でも、今その信じがたいことを目の当たりにしている。
大型の化け物は防御力が高く、普通なら十人以上で相手をしないと傷を付けることすらできないらしい。それをひかりは一人でやってのけている。
これならいける!
ひかりはまた光の雨を鬼に浴びせる。
あたしも負けてられない……!
鎌に纏わせた黒い魔力を鬼の真上に飛ばす。
さっきの針ではほとんど効かなかった。それならもっと強い攻撃を与えればいいだけのこと。
鬼の頭上に飛ばした魔力が形作るのはランス。さっきの針よりも大きく、けれど切っ先は鋭く。全てを押し潰し、貫いてしまうようだ。
鬼が抵抗しようと暴れる。だけどリーベの鎖に拘束されていてまったく動けない。そしてひかりの攻撃によって全身に深い傷。
よし、今だ!
「ひかり、下がって」
ひかりに呼び掛ける。ひかりは頭上のランスに気が付いたのか、鬼から離れ翼を解除して地面に下りた。
あたしは構えていた鎌を縦に一振りする。すると鬼の頭上にあったランスは落下するよりも早く鋭い勢いで鬼へと迫り、肩にある傷の深い場所に深々と突き刺さった。鬼はランスの勢いで大きく下方に向かって仰け反り、大きな黒い飛沫をあげる。
「まだ倒せないか……」
けれど、鬼は地面に強く踏みしめてまだ抵抗しようとしている。
リーベの拘束があるから大丈夫だけど、まだ倒れないなんてどれだけタフなんだよ……。
あたしはさらに二本のランスを形作り、今度は高速で回転させて飛ばす。首、胸とひかりが深い傷を作った所を正確に貫く。
鬼は貫かれた勢いで後ろに大きく仰け反って……。
「動かない……?」
鬼はぐったりしている。リーベの鎖に拘束されているから立ったままだけど明らかに力が抜けきっている。
リーベが魔法を解いたのか、鎖が消えた。鬼はその場に崩れ落ちて大きな地鳴りをたてた。そして倒れたまま微動だにしない。
「お二人とも、大丈夫でしたか?」
リーベはそう言いながらリウスの鎖を肩に掛けてこっちに走ってきた。
「あたしは大丈夫」
「うん、大丈夫だよ。少し張り切り過ぎちゃったくらいだよ」
「それにしても、大型とは私も何度か戦ったことがありますがお二人のあの猛攻をあれだけ受けてやっと倒せるほどの相手。やはり手強いですね」
「リーベちゃんがあいつを拘束してくれたからあれだけ攻撃できたんだよ。リーベちゃんがいなかったらもっと大変だったと思うよ。ね?ミーアちゃん」
「え、……ああ、あたしもそう思う」
「ふふっ、ありがとうございます。そう言っていただけると尽力したかいがありました」
地面に衝撃が波打つ感触。
「!?」
反射的に鬼の倒れた方を見る。
「嘘……。まだ倒せてなかった……」
鬼はあたしの撃ち込んだランスを三本とも刺したまま、ひかりの付けたいくつもの切り傷から黒い飛沫をあげながら立っていた。
鬼は両目に刺さったリーベのナイフを抜いて……。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」
「ふぐっ……」
また咆哮……。
不意打ちのように放ってきたから三人とも怯む。
くそ、どこにこんな力残ってるんだよ!
鬼は自分の肩に突き刺さっているランスを引き抜いて
「!?」
こっちに投げつけてきた。
「そんな!?」
「大丈夫」
あたしは飛んでくるランスに向かって手を添える。そしてランスがあたしたちに届く寸前でそれを打ち消した。あたしの魔法だから消せて当然。正直少しだけびっくりしたけど。
「それにしてもまだ倒せないなんて本当に手強い相手ですね」
「でも、明らかに弱ってるしあとちょっとだよ」
鬼は立っているけど変に前傾姿勢になっていて体のバランスが取れていない。それにあたしの撃ち込んだランスがまだ二本も刺さっているし満身創痍って感じか。
「でしたらもう一度私が拘束を……」
リーベがそう言い終わる前に鬼がこっちに走ってきた。それももの凄い速さで。
「くっ」
あたしとリーベは横に回避、ひかりは翼を展開して空中に飛んだ。
「あたしがこいつを引き付ける。その間にまた拘束して」
あたしはリーベにそう言って走り出した。
「はい、分かりました」
あたしは言った通り鬼を引き付ける。さっきよりも小さい普通の大きさの黒い槍を四本作り出して鬼に打ち込んだ。だけどそれは全部簡単に弾かれる。
「ちっ」
今の攻撃だって切り傷のところに当たっていたはずなのに……。
攻撃はほとんど通らない。だけどあたしの狙い通り、鬼はあたしを攻撃しようと襲い掛かって来る。今のうちにリーベが拘束をしてくれれば。
あたしはさらに魔力のワイヤー状の刃を五つ作り出した。蛇のように絡みついてそれぞれ違う角度から鬼を襲う。絡みつき、鬼がそれに抵抗することによって体のいたる所を切り付けていく。
拘束に近い攻撃に怯んだのか、一瞬鬼の動きが止まった。
「はあああああ!」
その瞬間、頭上からリーベの声。
「!?」
リーベが鎖を二本両手に持って宙から鬼に向かって落下していた。おそらくひかりにそこまで連れていってもらったのか、翼を展開したひかりが空にいた。
鬼の項に着地すると同時にリーベは持っていた鎖を鬼の首に巻き付ける。
それと同時に鬼の周りにまた魔法陣が出現、魔法陣から伸びたたくさんの鎖が今度は鬼の首にだけ巻き付く。何本も、何十本も。
「ミーアさん、もう大丈夫です。離れてください!」
リーベのその言葉にあたしは後退、距離をとった。
鬼は首に巻き付いた鎖を取ろうと抵抗する。だけど取れない。
「これで、終わりです!」
リーベは両手に持っている鎖を強く引く。すると魔法陣から伸びている鎖も強く引かれていく。そしてその中心にある鬼の首は絞めつけられていき……。
鬼はやがて鎖を外そうとしていた腕をぶらんと垂らし、ゆっくりと倒れた。
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