第一章 二節 あたしは

 目の前に黒いセーラー服を着た二人の少女とパンツスーツを着た妙齢の綺麗な女性が立っている。

「私はお前の指揮官を任された工藤麗だ。久遠ミーア、まずは本作戦、メサイア計画に協力してもらえることを心より感謝する」

 女性は張りのある声で静かにあたしに向けてそう言った。

「いえ、これがあたしの義務なんで」

 我ながらそっけない返事だと思う。社交辞令も言えないなんて緊張しているのか?

 あたしは予定通り過去に召喚された。朝起きて、顔を洗い、魔法省で支給された学生用の制服である白いセーラー服を着て、朝食を軽めに済ませる。歯を磨き、なんとなくいつもより身だしなみを整えて魔法省に向かう。そしてあたしは召喚された。暗い部屋の中で召喚用と思われる魔法陣の光だけが周囲を照らしていた。召喚されて最初に目にしたのは女の子だった。

 彼女はあたしに笑い掛けた。その笑顔は暗い部屋を一瞬で明るくしてしまうほど眩しくて、思わず……。どんな顔をしたかは分からない。けれど顔に変な力が入ったことは覚えている。

 きっと微妙な表情だったんだろうな。もしかしたら引きつっていたかもしれない……。つまり、彼女はあたしの苦手なものだった。

 あたしは召喚された後、待合室でしばらく待たされた。それから数分後、今は座席が後ろに行くほど階段みたいに高くなっている会議室にいる。

「早速で申し訳ないが、一つ質問をしたい。久遠、お前の時代に化け物は存在するか?」

 本当に早速な質問だ。けれどこの時代の人にとってはとても重要なこと。

「あたしの時代に化け物はもういません。約二千年前のメサイア計画によって、化け物は滅ぼされたと伝えられています」

「そ、それ本当!?」

「え!?……あぁ、本当だけど……」

 麗さんの隣にいた少女はあたしの言葉に飛びついた。栗色の髪の少し幼げな見た目の子。あたしをこの時代に召喚した子であり、最初に出会った人。

「本当に、本当に化け物のいない世界が来るんだ!どうしよう!?嬉しいよ!凄く嬉しいよ!」

『化け物はもういない』

 その言葉に彼女は露骨に喜びを見せた。

 当然と言えば当然だけど、あたしが今伝えたことはこれから行われる化け物を完全排除する計画、メサイア計画の成功を意味している。それはまだ化け物が存在するこの時代にとってはとても喜ばしいことだ。でも本当に嬉しそうだな、この子。

「にわかには信じがたいですね……」

 セーラー服を着たもう一人の女の子がそう呟いた。

 ふんわりとしたプラチナブロンドの長い髪をしている。こちらは対照的に少し大人びた落ち着いた様子をうかがわせていた。

 あたしの視線に気が付いたのか、彼女はあたしに碧い瞳を向けてにこりと笑った。

「……!?」

 柔和、という言葉が良く合うその容姿や表情をいきなり向けられたせいか、緊張しているあたしは息がつっかえそうになった。

「そうか。未来では化け物は既に存在しないのか。それは良い知らせだ。しかし、時間というものは不確定要素がいまだに多い。別の未来になる、いわゆるパラドックスが起こることも可能性としては充分有り得る。そこのところをよく頭に入れておいてほしい。結希、特にお前はな」

「ほええ!?わたしですか!?」

 不意打ちのように麗さんに注意されたことに結希と呼ばれた、あたしを召還した少女はあからさまな驚きを見せた。

 ころころと表情が変わる子だな。

「久遠の言葉を聞いて露骨に喜びを見せたからな。まだ計画の初期段階だというのに気を抜かれては困る」

「ご、ごめんなさい。今度から気を付けます」

「まあ、今はまず久遠に挨拶をしておけ」

「はい。改めまして結希ひかり、十四歳です。これから化け物との戦いがたくさんあると思うけど、協力して頑張ろうね」

「リーベ・ヴァールハイトです。私も同じ十四歳です。一月前にひかりさんによって過去からこの時代に来ました。よろしくお願いします」

「……久遠ミーア、あたしも十四。よろしく……」

 またそっけない言葉。でもそれは多分……。

 気付かれないようにひかりの方へと目を向ける。

「平均の五十倍を超える魔力を持つお前たちは本計画の要となる。化け物との戦闘においては常に最前線に立つことになるだろう。本日から約一ヶ月後には討伐作戦を行う予定だ。お前たちにはそれまでの間、綿密な戦闘訓練を行ってもらう。今からはこの時代についてとメサイア計画についての説明を行う。すでに頭には入っていると思うが確認を兼ねる。そこの席についてくれ」

 麗さんはそう言って部屋の正面にある大きなモニターをつけた。あたしたちは一番 前の席にリーベ、ひかり、あたしの順番で座る。

 モニターに世界地図が映し出された。

「現在は二〇二三年の十月十二日。久遠の先ほどの言葉によればお前の時代、四二三四年では化け物は既に存在しないらしいがこの時代ではいまだ化け物が存在する。ヴァールハイト、お前の時代はどうだ?」

「はい、化け物の脅威の人々は怯え、夜も眠れないといった状況です」

「そうだな。ヴァールハイトの時代、つまり一八七一年の時点では人間と化け物の領域は分かれていなかった。しかし、度重なる化け物との戦いが勃発し、世界中が荒廃し、結果、一九四五年に我々人間と化け物はそれぞれの領域に分けられた。よってヴァールハイトの時代と違い、現在は化け物にいつどこで襲われてもおかしくないという状況にはない」

 モニターに映し出された地図の中心にある小さな島がアップされた。

「我々が今いる国がこの島だ。国土は三七七九七二.二八平方キロメートル。しかし人口は三六八二三九〇人と少なく、現在は国の中心部約七七七七.四三平方キロメートル圏内での発展しかなされていない。ここが我々人間の領域だ」

 これは歴史の授業でも習ったな。化け物のいないあたしの時代は国全体に人が暮らしていて、他の島にもたくさん人が住んでいるけど、この時代ではまだなんだよな。

「ここから南東に海を渡り約八千キロ離れた場所に化け物のいる大陸がある。ここがいわゆる、化け物の領域だ」

 島に映る街に赤い矢印が現れて伸びていき、歪な形をした大陸を指した。

「多くの化け物どもはこの長い距離を越えて我々の領域を襲いにやって来る。我々もそれに対抗して幾度となく攻め入った」

 モニターは写真に切り替わる。海を飛んで渡ってくるたくさんの化け物、炎に包まれた街並み、化け物に襲われる人の写真まである。

 あたしの時代でも何度も資料として見たことのある化け物やそれと戦う人々の写真。それは今も変わらないはずなのにどうしてか脈拍が少し激しくなるのを感じた。

「我々は化け物を排除すべく全力で戦ってきたが年々人口は減少していきメサイア計画を行うことになった。次にメサイア計画についての説明に入るがここまでで何か質問はあるか?」

 麗さんはあたしたちに尋ねた。

「大丈夫です」

「私も同じく大丈夫です」

「……あたしも」

 それぞれ答える。

「よろしい。ではメサイア計画についての説明だ。この計画は結希ひかりが過去からリーベ・ヴァールハイト、未来から久遠ミーアを時間の魔法によって召喚し、結希ひかりを含めた三人を主戦力として化け物を完全に排除するというものだ。基本的には我々が化け物の領域に赴き戦闘を行うことになるが、奴らが我々の領域を襲ってきた時の防衛戦も行うことになるだろう。その都度の戦闘の作戦についてはまた別で説明する。お前たち三人には明日から約一ヶ月間、化け物との戦闘を想定した訓練を行ってもらい、十一月十九日十二時丁度に奇襲をする予定だ。メサイア計画の概要はこんなものだ。私からお前たちに今話しておかなければならないことは以上だが、何か質問はあるか?」

「えっと、一ついいですか……?」

 麗さんの問いにあたしは軽く手を挙げた。

「久遠、なんだ?」

「リーベは先視の魔法を高い精度で使えるってあたしの時代には伝えられているんですけど、メサイア計画の結果は分かりますか?」

 先視の魔法というのは未来の自分を疑似体験することができるという魔法。目で見るものや肌で感じるものといった今後自分が五感で感じるもの全てを体験できというものだ

「すでに麗さんとひかりさんには伝えてはありますが、私が先視で見たのはメサイア計画の成功、私たちの勝利です」

「……そっか。良かった」

 安堵感が体全体にゆっくりと流れていく感じというか、うまく言えないけどとにかく喜びよりも安心の方があたしを支配した。

 いくらあたしの時代に伝えられているものが計画の成功でも、過去が変わる可能性だってある。あたしは戦闘の実力に対してそれなりの自負はある。けれどだからといって計画を成功させることに自信で満ちているなんてことはない。むしろ不安だらけだ。だからその不安を緩和してくれるリーベの話は聞けて良かった。

「大丈夫だよ!わたしもリーベちゃんもいるんだから。三人でなら楽勝だよ!ね、ミーアちゃん」

 ひかりがいきなりあたしに向かって声をかけてきた。

「え、……ああ、そう、だね」

「ふふ、そうですね。三人で頑張りましょう」

 もしかしてあたしが緊張したり安心したりしたのを気にして励ましてくれたのか?周りからどう見られているのかって結構分からないもんだし、あたしも大概表情ころころだったのかもしれないな……。

「うん、ありがと……」

 ひかりとリーベはまたあたしに笑顔を向けていた。それはとても眩しくてよく言う表現だとお日様みたいって感じかな?だからまっすぐ見られなくて、目を少し逸らしてお礼を短く伝えた。

「久遠とヴァールハイトの話から高い確率で成功すると前向きに捉えてもいいだろう。とは言え、必ず成功させるという気概でなければ困るがな。決して気を抜かず計画に当たってくれ」

「はい」

「分かりました」

「了解です」

「最後に、メサイア計画への協力、改めて感謝する。久遠はこの時代に滞在中、衣食住はこちらで用意させてもらう。何か必要なものがあればその都度言ってくれ。あと明日から訓練、実践時はこの制服を着るようにしてほしい」

 そう言って麗さんはあたしに袋に入れられた黒色のセーラー服を渡してきた。

 これはひかりやリーベが着ているやつか。

「この制服はこの時代の魔法省の学生服だ。特殊な素材でできているため戦闘服としても活用できるようになっている」

「……黒、なのか」

 あたしは手に持ったそれも見つめて思わずそう呟いた。

「ミーアちゃんが今着ているのとは違うね。未来では制服は白になってるの?」

「ああ。まあ、この時代がこの色ならこれでも別に構わない」

「あとこれも渡しておこう。お前たちは結希も含めメサイア計画の期間中、この建物内で生活してもらうことになる。これはその時に使う個室のカードキーだ」

 麗さんはあたしに銀色のカードキーを渡した。

「さて、ではここで一度解散とする。久遠はこの時代での生活にも慣れてもらう必要があるから結希、色々と世話をしてやってくれ」

「はい、わかりました」

「明日は十時丁度に第四訓練室で戦闘訓練を行う。遅れるなよ」

 麗さんはそう言って部屋から出ていった。

「ミーアちゃん、早速案内するね」

「え……」

「丁度お昼の時間だからお気に入りのカフェを紹介しようと思うんだ」

「えっと、ごめん。部屋で少し休みたいから今は遠慮しとくよ……」

「あ、そっか……。それじゃ、また今度ね」

「……」

 そっけない感じ、ではないと思う。でも緊張もあってあまり友好的な態度じゃなかったかもしれない。むしろ、避けていると思われたかも。

 でもだからと言って、「やっぱり行く」なんて言えないし、正直行きたいともあまり思わない。

 あたしはそこから何も言わずに制服とカードキーを持って部屋を出た。

 自室として用意された部屋は思っていたよりも広かった。電気も付けずに早速渡された黒い制服を着てみたけど、すぐに脱いでしまった。今は持って来ていた部屋着を着ている。あたしにはあまり似合わない、少しもこもこした黄色やピンク色の可愛らしい部屋着だ。

 過去に来ても似合わないな。なんとなく部屋にあった姿見で部屋着姿を見てそう思う。

 でも、あたしはこの部屋着を着るのが意外と好きだ。それは女の子らしい格好をしているからだ。あたしはあんまり女の子らしいところがないと思っている。別に男っぽいとかそういうことじゃないけど。あたしは女の子で、なのにあまり女の子っぽいものに触れてこなかった。人類の命運を懸けた戦いの要という立場にあるあたしにとってそれは単なる俗物に過ぎないから、周りの人もあたしにそれを近づけようとしなかったのだ。

 だからこれを着ていると「あー、女の子してるー」って気分になれる。

 あとは髪を伸ばしていることくらいか。

「結構長くなった、よね?」

 今は背中の真ん中くらいまでの長さだ。頑張って腰のあたりまでは伸ばしてみようと思っている。まあ、何を頑張るんだという話だが。シャンプーとかトリートメントとかか?

 ベッドに腰かけて自分の髪を手に取り撫でる。

 さらさらだ。程よく光沢のある黒い髪の触り心地はとても良い。これも数少ない私の女の子らしさか……。

 女の子らしさとは関係ないが、緊張すると髪を触る癖がある。

 あたしは今緊張しているってことか。まあ、当たり前だよな。

 ベッドに仰向けで横たわる。

 ふかふかだ。気を抜けばどこまでも沈んでいってしまいそう。

 あまり慣れない感触に緊張が増幅してすぐに起き上がる。硬いベッド万歳。

「何やってるんだろ、あたし……」

 誰もいない部屋でそう呟く。返事なんてあるわけなくて、部屋は静まり返っている。電気を付けていないから窓から射す日光が程よく部屋を明るく、いや、程よく暗くしている。

 タイプは違うけど、ひかりとリーベは凄く女の子らしかったな。おしゃれをしているとかじゃなくて、なんか滲み出る女の子成分が凄かった。見た目も可愛くて綺麗だったし、何より笑顔が素敵だなって思った。

 特にひかりは凄くキラキラしていた。馬鹿なんじゃないかなってくらい笑ってた。でもあたしの時代の人と少し似てたな……。だからこそ……。

「今、あの二人は何してるんだろう……?」

 さっき言っていたカフェにでも行っているのかな?やっぱりあたしも行くべきだったかな……。でもきっとうまくはいかないんだろうな……。だって、あたしは……。

 化け物と戦うことばかり気にしていて、まさかこの時代に来てもこんなことを思うとは思わなかった……。

「あたしは……」

 無意識に、また髪を触っていた。

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