第一章 一節 前夜

むかしむかし、世界にはこわくてわるい化け物たちがいました。化け物たちは人々をたくさんおそいました。人々はあんしんしてくらせる世界をつくるために魔法をつかって化け物たちをたおそうとしました。けれど化け物たちはとてもつよくて人々はなんどもやられてしまいました。人々はまいにち化け物たちにおそわれるきょうふにおびえていました。あるとき、人々はおもいつきました。時間の魔法で過去と未来からつよい人をよんでいっしょにたおしてもらおう。あるおんなのこ、結希ひかりは過去からリーベ・ヴァールハイト、未来から久遠ミーアを時間の魔法でよびよせました。三人はたたかいました。こわくてわるい化け物とたたかいました。そしてついに化け物たちをたおしました。こうして人々はあんしんしてくらせる世界をてにいれたのです。めでたしめでたし。

 

 そこまで読んであたしは絵本を閉じた。そして深く息を吸って脳に酸素を送り込む。とうとう明日なのだと自分に言い聞かせる。心を落ち着かせるために部屋の明かりも付けずに大好きなココアを飲んでいたけど、緊張で味が全く分からなかった。

 明日、あたしは二千年前の人によって過去に召喚される。そして化け物と呼ばれる強大で邪悪な存在と戦う。

 メサイア計画は誰もが知るほどの有名な歴史の出来事だ。学校の教科書にはもちろん、子ども用の絵本にも描かれ、テレビドラマや映画にもなっている。そしてそれらの本にはあたし、久遠ミーアの名前も書かれている。これはつまりあたしがかつて人間の天敵であった邪悪な存在、化け物と戦うということだ。戦って勝利しなければならない。そうしなければ過去が変わり今ある平和な世界はなくなってしまうから。

 小さい頃は絵本に自分の名前が書かれていることがとても嬉しかった。メサイア計画がどういうものかを理解できるようになってからは今あるこの平和な世界を作る担い手になることを誇らしく思った。だけど、小学校四年生の秋、十歳の誕生日を迎えた日、あたしは打ち拉がれた。

 メサイア計画に向けて学校での魔法の授業の代わりに魔法省という魔法に関係する全てを司る行政機関に呼ばれ、そこで化け物との戦闘を想定した魔法訓練を受けるようになった。

 けれど、十歳になったばかりの子どもが街を火の海にしてしまうような化け物に一体何ができるというのか。あたしは歴史の中でもかなり高い魔法の素質を持っていたと記録されているらしい。けれど平和ボケしたこの時代に住む一人の少女がいきなりその素質を充分に発揮できるはずもない。

 そもそもそんな素質なんてないんじゃないかとすら思え、あたしは厳しい訓練に逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。それでもあたしはやらなくてはいけなかった。それがあたしの役目だったから。そして何よりこの平和な世界を守らなければ家族を、友だちを失ってしまう。   

 家族や友だちを守るために。今ある平和な世界を守るために。そう自分に言い聞かせ続けて四年、ついに過去に行く日が明日に迫った。四年間の訓練は自分でも驚くほどの成長をさせてくれた。恐くないと言えば嘘になるけど確かな自信もある。

 あたしならやれる!

 あたしはココアを一気に飲み干して窓際まで行き、煌びやかな夜空を見た。

「綺麗……」

 あたしは拳を強く握りしめる。いつの間にか不安や緊張は和らいでいた。

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