第三章 一節 必要

 化け物の領域に奇襲を仕掛ける討伐作戦まで残り六日。今日も作戦を想定した化け物との戦闘訓練を行う予定だった。けれど、化け物の街への奇襲によってそれは妨げられた。

 化け物を切り倒して街の中を走る最中、通信機から声が聞こえた。

『結希、久遠、ヴァールハイト聞こえるか?お前たちが配属された部隊は現在大型の化け物と交戦中だ。お前たちはそれぞれの部隊と合流し、化け物の討伐に当たってくれ』

『了解です』

 あたしの部隊は……、ここから少し距離がある。急がないと。

 街を見渡すと炎と煙をあげた建物がいくつもあり、街路樹は倒れ、道路も破壊されている。

「……っ!」

 呼吸が乱れて走るリズムが崩れる。

 あたしは走りながら目の前にいる化け物の群れを一瞥する。無数にいる人型の化け物、その向こうにワニ型の化け物が数体。空では十数体の翼を持った爬虫類型。そしてそれらと戦っている魔法省の戦闘員の人たち。

 あたしを妨げるかのように目の前に二足歩行をした爬虫類型の化け物が現れた。あたしは反射的に鎌を出現させてそのまま切り付ける。ぐにゅりと化け物の肉が私の鎌の刃を掴んで拒む。それをあたしは押し込む。ズブリズブリと。拒む力は強くて硬いのに手に伝わる肉の感触は柔らかかった。刃を素早く切り払って距離をとって目の前の化け物を一瞥すると……。

「っ!?」

 逃げ出したい!思わずそう思ってしまうほどおぞましく恐ろしかった。項の神経に虫が這い回っているみたいな気持ち悪さに襲われる。

 恐い恐い怖い……!

 手の震えと滲む汗で鎌を滑り落としそうになった。呼吸が荒くなる。肺を強く押されているみたいに空気が気道を一気に通り、リズムがおかしくなる。

「くっ……!」

 あたしは鎌を横に薙ぎ、刃から黒い魔力の針を三本出して目の前の爬虫類型にとどめを刺す。

「はあ……、はあ……」

 たった一体、しかもおそらく小型程度の化け物を相手にしただけで際限なく恐怖が襲ってくる。耳障りなほど呼吸音が乱れてうるさい。けれどそれらを押し殺して再び走り出す。

 本物の化け物との初めての戦い。絵本の中にいた化け物。それは現実味のないおとぎ話の中の、どこか遠い存在のように思っていたのかもしれない。今だってあたしが絵本の中に迷い込んでしまったんじゃないかと錯覚してしまう。でもそんなことない。これは現実で、あたしは今、化け物と戦っているんだ……!

『くっ、それにしてもなぜ奴らが?』

『申し訳ありません。私が至らなかったばかりに……』

 通信機から聞こえる麗さんとリーベの言葉。

『いや、お前のせいではない。久遠が提出した資料でも六日後に我々の方が奇襲を仕掛けるはずであった。それより以前に奴らが襲ってくるなどという情報は記されていなかった。何より直前まで奴らを目視はおろかレーダーですら確認できなかったのだ。くそ、一体どうなっているんだ!?』

 リーベの先視の魔法で見た未来ははずれてしまった。そして、あたしの時代に伝えられてきた歴史とも変わってしまったのだ。

 今日十一月十三日、化け物は突然現れた。いや、現れたという表現は正しくないかもしれない。化け物たちはいつの間にかそこにいた、ようだった。海上に、上空に、そして街の中にも……。それと同時に化け物に襲われた人々や破壊された建物もいつの間にか……。まるで出来事が書き換えられているような……。

「化け物の力でしょうか?」

『いや、奴らにそんな力はないはずだ。それに奴らの現れ方に不可解な点が多い。おそらく時間の流れに干渉したことによってズレが生じ、次元が我々の予期していない方向に進んでいるのだろう……』

『麗さん、それってもしかして……』

『ああ。既に久遠やヴァールハイトの言う未来からは外れてしまっていると捉えていいだろう』

 ひかりの言葉に麗さんはゆっくりと答えた。

『そんな!?』

 やっぱりそうか。

 リーベが先視の魔法で見た未来ではこの計画が成功していた。しかし、見た未来と違う未来が訪れてしまったということはこの計画が失敗してしまう可能性もあるということ。

『まさかこんな早い段階でズレてしまうとはな……。しかし、これも想定していたことだ。今は各自撃退に集中してくれ』

「了解」

 あたしは一層脚に力を込めて走った。

 あたし、ひかり、リーベが配属された部隊は戦闘に超特化した部隊。戦闘は基本的には三人で行動して行うのだけど、複数箇所での戦闘や細かな作戦がある時、街が襲われた時の防衛戦を行う時はそれぞれ配属された部隊で戦うことになっている。

 あたしが配属された部隊は高層ビルが建ち並ぶビル群の真ん中で大型の化け物、そしてその前にざっと見て三百はいる人型と戦っていた。

 大型は二十メートルはある巨躯に蜘蛛みたい八本の脚といくつもの眼を持ち、禍々しい角と背中に棘を生やしている。

 蜘蛛か。訓練では一通り全ての化け物と戦ったことはあるけど……、結構面倒な相手だ。

「遅くなってすみません」

「久遠さん。大丈夫、来てくれただけで大助かり」

 少し気だるげな表情をした若い女性、部隊長の姫咲さんがあたしにそう言った。

「こいつらを倒すのはそう大変じゃない。けど、あの蜘蛛はちょっとだけ面倒」

「みたいですね……」

 人型は黒い棒のようなものと数を武器に襲ってくる。けれど、動きは単純で一体一体が弱く対処がしやすく、魔法による範囲攻撃を行えば一掃することも可能。

 けれど、厄介なことにこの人型は、あの蜘蛛によって数を増やしているのだ。蜘蛛へ目をやるとお腹の部分から黒い液体がどぷどぷと湧き出ていた。その液体は地面にみるみる広がっていき、やがて液体の中からぬちゃり、と黒い手が無数に湧き上がってきた。それらはさらに体を這い上がらせて、みるみるとたくさんの人型が現れていく。

 いくら弱い人型とは言え、無尽蔵に増えていくとなると面倒。先にあの蜘蛛を倒したいところだけど、眼からいくつもの光弾を連射してきて、それを回避しながら攻撃しなければならない。加えて、体は非常に硬く、防御力が高いため、なかなかダメージを与えられない。それにそればかりに気を取られて人型に囲まれないように常に周囲にも警戒してうまく立ち回る必要がある。

 でも、さすが戦闘特化の部隊だ。あたしを入れてたったの七人の部隊にもかかわらず、なんの危なげもなく立ち回れている。いくつもの刀や矢の攻撃、炎や竜巻といった攻撃を与え続けて人型の数をどんどん減らしていっていた。

 あたしも早く戦わなくちゃ。

 化け物に向き直って鎌を構える。蜘蛛はどこまでも黒く、暗かった。鬼ほどではないけれど鼻を貫くように刺激してくる腐臭。睨み付けてくるいくつもの赤い眼。様子を伺うような僅かな動作は生き物の生々しさを表すのにそれを超えて腐ったように爛れた、もしくは鋼のように堅く無機質な体表という矛盾したような見た目。目の前に迫る大量の人型は臓腑を弄られて胃液が逆流しそうなほど不快で無秩序に蠢いている。

「はあ……、はあ……」

 動悸が激しくなり息が乱れ、全身が微かに震えていた。

「くっ……、這え!」

 あたしは恐怖心を押し殺し、黒い魔力でいくつもの黒い針を作り出して蛇のようにうねらせながら何体もの人型を串刺しにする。けれど人型は簡単には数を減らさず、すぐに周囲を囲まれる。

「ちっ……」

 あたしは針を解除して鎌の刃に魔力を纏わせる。そして、人型を引き付け、あたしに触れる寸前に鎌を振り抜き、同時に纏わせた魔力を黒い刃にして伸ばす。黒い刃は弧を描くようにして伸びていき、一瞬であたしの周りに黒い刃による螺旋を作り出した。螺旋の中には一斉に襲い掛かってきた人型が一体残らず体を切り裂かれて黒い飛沫をあげている。

 よし、倒せてる。いける、やってやる……。

 まずは無限に湧いてくる人型を一掃していく。あたしは黒い魔力でいくつもの刃を作り出して一騎当千と言わんばかりに切り付けていく。

 蜘蛛の分泌する液体から人型が湧き出る速さよりもあたしたちが一掃する方が速い。三百はいる、それも倒しても倒しても湧き出てくる人型の数を十人もいない人数でどんどんと殲滅に追い込んでいった。

 周囲にいる人型はついに全滅。しかし黒い液体から人型が十数体湧き出る。それをすかさず隊員の魔法による爆発で吹き飛ばした。

『あとは蜘蛛だけだねー。移動は遅いけど、歩くだけで街に被害が出るかもだからできるだけ足止めをするって感じでお願いねー』

 通信機による姫咲さんからの指示。

 確かに蜘蛛は化け物の中でも大型で、街を歩かせればそれだけで至る所を破壊しかねない。集中的に攻撃して体勢を崩せればいいけど。

 しかし、そう上手くはことを運ばせてはもらえない。体が硬く攻撃が通りにくいため倒すのに時間を要する。それに、蜘蛛は動きこそ遅いものの複眼からの光弾の量を一層強め、近づけば巨大な脚を二本持ち上げて攻撃をしてくる。回避することは難しくはないけど、避ければそれだけ攻撃が街に被害を及ぼす可能性があるということ……。

「はあ……、あ……」

 今日何度目かになる恐怖と緊張による呼吸の乱れ。

 改めて蜘蛛を見上げると喉の奥が一気に乾くような感じがした。頭の回転が鈍くなり、体は鉛でも入っているのかと思うくらい重い。

 刃の付いた巨大な十字を作り出し、ブーメランのように飛ばして切り付ける。光弾を回避する。針を作り出し、貫こうとする。けれど弾かれて終わる。それに気を取られて、目の前に迫っていた光弾を紙一重で躱す。一つ一つをしっかりこなしていけば、いやそもそも普段の訓練であれば反射的に行える動きが、今は自分で体を動かしている感覚すらなく、ただただぎこちなく足をもつれさせて転びそうになる。

 怖い……。でも、やらなきゃいけないんだ。あたしはこの時代に必要だから、戦わなくちゃいけないから怖くても戦わなくちゃ……。

「久遠さん、大丈夫?」

 γ部隊の隊員である二十代の女性、いずるさんがあたしの所に駆け寄って尋ねてきた。

「大丈夫、です……」

 全然大丈夫なんかじゃない。けれど、そんなこと言えるはずはなくて、嘘をつく。

『あまり無理はしなくていいよー。久遠さんは化け物と戦うのは初めてだし。、今はゆっくりと慣れていけば十分だよ』

 通信機から姫咲さんの声。

 強がりバレてる……。傍から見て大丈夫そうに見えなかったから帆さんに聞かれたんだよね。

「……分かりました」

「誰も責めたりしないから、そこは安心して。今はできることを確実にやってくれればいいよ」

「はい、ありがとうございます……」

 帆さんは心配そうな目をしながらまた蜘蛛への攻撃へと戻った。

 気を使われている。それが申し訳なくて、勝手に感じる居心地の悪さに押し潰されそうだ。

 あたしはこの時代に必要とされたから今この時代にいる。それなのにあたしは怖気付いてまともに戦えていない。部隊の人にも心配されるばかりで、何やってるんだよ、あたしは……。

「くっそ……!」

 あたしは十本もの巨大なランスを瞬時に作り出し、蜘蛛の脚に向かって一斉に打ち込んだ。けれど少し怯む程度で大したダメージを与えられている様子は伺えない。

「ちっ……、次!」

 さらにランスを十本作り出し、打ち込む。そしてまた作り出し打ち込む。作り出し打ち込む。黒いランスによる猛攻。鮮烈な驟雨のように連続でランスを打ち込み続ける。けれどその分、作り出すランスの鋭さや打ち込む際のキレを普段より欠いているのが分かる。そのせいで本来与えられるはずのダメージが半減している。それを理解しているのにあたしの体はまるで勝手に動いているかのようにひたすらその雑とも呼べる猛撃の手を緩めなかった。

 あたしは何に焦っているんだ?分からないけれど、とにかく戦わなきゃ。それがあたしの役目だから……。怖くても戦わなきゃ。

 あたしは止まらない。あたしは蜘蛛に向かって跳躍した。

 すると蜘蛛はあたしを襲わんと前脚を持ち上げて、脚先の鋭い爪をあたしに振り下ろしてくる。それにすかさず同じ大きさの黒い針を作り出し衝突させる。甲高い破裂音のようなものが響く。蜘蛛の爪とあたしの針は拮抗し、互いに引けを取らない押し合い。

「あぁああああ!!」

 けれど気合で押し返す。押し返された蜘蛛の脚は高く振り上げられ、その勢いで蜘蛛はバランスを崩した。

『久遠さん、さがって!』

 さらに攻めようとした時、通信機から姫咲さんの焦った声。

「っ!?」

 反射的にそれに従う。その直後、あたしがついさっき立っていたアスファルトの地面が上から落ちてきた何かによって貫かれた。弾け飛ぶアスファルトの破片が軽く頬を掠める。

「……!?」

 脚……?蜘蛛の脚がどうして上から……?

 体勢を崩したはずの蜘蛛が、しかもあたしに攻撃できる範囲の脚はしっかりと視界に入れていたはずだ。それなのに一体どこから攻撃してきたんだ……?。

「また来るぞ」

 今度は後ろから男性隊員の声。

「え……?」

 蜘蛛を見上げると、またどこから来たのか分からない蜘蛛の脚が三本あたしに向かってきている。

 やば、防御間に合わない……!?

 すぐそこまで迫った蜘蛛の脚に恐怖するばかりで動けない。そこへあたしの前に出る人影。

「!?」

「はあああ!」

 今さっきあたしに声を掛けた男性隊員があたしと蜘蛛の間に飛び込んで、手に持っている槍を迫る蜘蛛の脚に向かって勢い良く突いく。すると蜘蛛の脚はぴたりと槍の矛先で止まった。まったく微動だにしない脚はそれでもあたしたちを襲おうと自身を潰しかねないほど力を注いでいた。けれどそれでも動かない。

 助かった……。

 安堵の息をつこうとした瞬間、浮遊感。そして真後ろに引っ張られるように飛ばされる。

「っ!?」

 今度はなんだ……!?

「よっと」

 蜘蛛から距離をとった所で姫咲さんの軽い声とともに体を抱き抱えられる感触を感じた。

「姫咲さん……?」

 あたしは何故か姫咲さんに体をキャッチされていた。背中にはほんのりと湿ったような熱が広がるのを感じる。

 隣にはいずるさんがいて、どうやらこの人の魔法であたしは後ろに飛ばされたみたいだった。

「久遠さん、一人で突っ走りすぎだよ。無理はしなくていいって言ったじゃん」

 姫咲さんはあたしを強く抱きしめて耳元でそう語り掛けてきた。

「緊張したり焦ったりする気持ちは分かるけど、最低限連携を取るようにしてほしい。さっきみたいにフォローできるとは限らないし、私たちも戦っていてやりづらいから」

 いずるさんはあまり表情を変えず、けれど苛立ちと呆れの混じった声であたしを諭してきた。

「……すみません」

 何やってるんだよ、あたしは。まともに戦えないだけじゃなくて、隊の人に迷惑を掛けてそのことに気付きすらしていなかったなんて……。

「いずるー、久遠さん苛めちゃダメだよー。そーゆーのを新人いびりって言うんだよー」

「いびりじゃないわよ。本当のことを言っただけ。現に普段周りがしているサポートを度外視して攻撃しまくった挙句に突っ込むんだもの」

「でも、久遠さんは化け物と戦うのは今回が初めてなんだよ。緊張したり焦ったりするのを分かってあげてるならもう少し大目に見てあげようよ。久遠さんのお陰で蜘蛛を追い込みつつあるのは確かなんだからさー」

「……分かったわよ」

 いずるさんはそう短く言い放って蜘蛛と戦っている他の隊員の所へと駆けて行った。

「ごめんね。いずるの言い方が厳しくて」

 何故かいまだにあたしを抱きしめている姫咲さんはあたしの頭を撫でながらそう言った。

 子どもをあやしている感覚なのだろうか?確かにあたしはこの中では最年少だし、言ってしまえば子どもの年齢だ。だから、失敗しても大目に見てくれて、厳しいことを言われてもフォローして慰めてくれるのも不自然ではないのかもしれない。

 今、あたしはそんな立場にあるのか……。

「いえ、本当のことなので……」

 あたしはそれを受け入れることで精一杯だった。

「さて、それじゃあ、戦いに戻るかな」

 そう言って姫咲さんはあたしを離した。背中に感じていた温もりが一気に冷めた感じがして名残惜しい気分になってしまった。

「さっきも言った通り、久遠さんのお陰で蜘蛛を追い詰めているのは確かだよ。でも、だからこそ向こうも奥の手みたいなのを使ってきたみたいだね。ほら」

 姫咲さんは蜘蛛を指差してあたしに蜘蛛を見るよう促した。

「何、あれ……?」

 思わず口からこぼれるようにしてそんな言葉を呟いた。

 そこには帆さんたちと戦う、体勢を立て直し数十本もの脚を持った蜘蛛がいた。もともとあった八本に加え、背中から無理やり生えたような大量の、しかもかなり長い脚が蠢いて隊員を攻撃している。

 さっき急にあたしを攻撃してきたのはあれだったのか……!?

「あんなの今まで見たことないよ。久遠さんの時代に記録は残されてる?」

「いえ、多分ないと思います。あたしの時代の訓練でもあんなの見たことありません……」

「だよねー。現れ方と言い、未来に記録すらない化け物の変化。面倒そうだし、正直戦いたくないなー」

 姫咲さんは隊長とは思えないあからさまな文句を吐露した。

『部隊長が仕事に不満を言うと指揮が下がるから、やめてほしいのだが』

 姫咲さんの言葉にいち早く反応する男性隊員。

「えー、だってー」

『だってじゃない。仕事なんだからちゃんとやりなさい』

『隊長は相変わらずですよねー。そこでサボってないで早くこっち来てくださいよ』

「はいはーい」

 いずるさんや他の隊員の人も交えて会話を繰り広げる。

 あたしとは違う。部隊の会話を聞いてそう思わされた。

 蜘蛛の攻撃はさっきよりも激しい。背中から生えたいくつもの脚が雨のように帆さんたちに降り注ぎ、光弾も絶え間なく放たれているというのに、それを前にしている隊員の人たちは紙一重で躱しながら応戦をしている。そんな中であの人たちはなんの苦もなく会話を楽しんですらいる。それはきっと部隊での戦いの中に特有の雰囲気というかリズムがあって、あたし以外はそれを共有しているんだ。だからこんな風に戦えているのだろう。

 恐怖に潰されそうになってやけになっているあたしとは大違いだ。

『久遠さん、さっきは厳しいこと言って悪かったわ』

「大丈夫です。いずるさんの言ってくれたことは事実ですから」

『でも、今この戦いであなたの力が必要なのも事実。あなたにとって慣れないことばかりの中で、私たちと完璧な連携をとることは難しいわ。けれど私たちは同じチームの仲間としてのあなたを頼っている。だからあなたはその期待に答えてくれればいいのよ』

『すげえ、隊長より隊長っぽいこと言った』

「本当だ、私より隊長っぽい」

『無駄なちゃちゃは入れないの』

『必要』、『頼っている』か……。

 その言葉はあたしにある程度の安定を与えてくれるものだった。

「……はい、分かりました。ありがとうございます」

「大丈夫だよ。皆久遠さんのこと大好きだから」

 姫咲さんはまたあたしの頭を撫でた。

「え、ああ……、ありがとうございます……」

 いきなりどういうことだ……?悪い気はしないけどよく分からない。

「ほんじゃ、久遠さんにはサポートに回ってもらおうかな」

「分かりました」

 姫咲さんはあたしの返事を確認するとすぐに蜘蛛へ向かって走っていった。

 サポートか……。正直、部隊にいきなりあたしなんかが配属されて良いものかと思ってしまうほどだった。いや、実際に連携をとることはできていなくて、だから迷惑を掛けたんだよな。

 でも、姫咲さんや帆さんの言葉で少しは恐怖が取り除かれた気がする。きっと今ならできる。

 あたしは蜘蛛に向き直る。そこには、姫咲さんやいずるさんたちが戦っている。いずるさんは武器の大太刀や瓦礫を魔法で浮遊させて攻撃し、姫咲さんは弓を使って矢を放ち魔法でその矢を数十本にも増加させてさらに帆さんが浮遊させている大太刀を増やしている。

 ついさっきはやけを起こして忘れていたけど、今あたしは一人じゃない。部隊の一員で、部隊の人たちと戦っていているんだ。

 あたしは鎌を薙いで絶え間なく光弾を放ってくる蜘蛛の眼に向かって黒い魔力を放つ。それはいくつもの小さなナイフ。それを眼と放たれる光弾に向かって豪雨が降り注ぐように飛ばす。放たれる光弾は次々と爆ぜていき、黒い煙をあげていった。

 さっきと同じような猛攻。けれど眼や放たれている光弾を狙うことによって戦っている隊員の負担を減らすことができている。

 ナイフ状の魔力を飛ばしながら、さらに蜘蛛の目の前で戦っている帆さんたちのいる地面に魔力を敷く。そして蜘蛛の脚が攻撃をして地面に突き刺さった瞬間にそれを絡めるようにして捕らえる。

『さっすが、久遠さん。ついでに足場ちょうだい』

 通信機から姫咲さんの声。

「了解です」

 あたしは姫咲さんの足元から黒い柱を出現させて、勢い良くそびえ立たせる。

 それに乗っている姫咲さんは一瞬で蜘蛛の高さを超えた。さらにそこから蜘蛛に向かって跳躍。張りつめるように引かれた弦から放たれた一本の矢が数百の矢に変わり蜘蛛の背中に向かって浴びせた。

 蜘蛛は上からの激しい攻撃に押され、体を八本の脚では支えきれなくなる。そこへいずるさんが続けざまにその脚全てをいくつもの大太刀を高速で飛ばして切り付ける。

 もともとかなりの攻撃を与えていたこともあり、その脚は簡単に大破し、蜘蛛は体の支えを失って姫咲さんの攻撃に押さえ付けられるように体を地面に伏せた。

 よし、いける!

 あたしは魔力を敷いた地面から三本の鉤爪を持った巨大な手を出現させて、蜘蛛を上から爪をたてて押し潰していく。蜘蛛の体のあちこちから黒い飛沫が上がり、その巨躯がどんどんひしゃげていく。

「いっけええぇえええ!」

 柄にもなくそんな掛け声とともに蜘蛛の体を完全に破壊し……。

「倒した……?」

 土煙が蜘蛛を覆い隠してしまうほどに立ち込め、つい先ほどの掛け声はどこへやら、周囲は静寂に包まれて、自分の荒い呼吸音と鼓動だけがあたしの中に響いていた。やがて土煙は晴れ、倒れてぴくりとも動かない蜘蛛の姿が視界に映った。

『どうやらそのようだねー』

 姫咲さんの声。それはいつも通りの抑揚のない気だるげな声だったけど、あたしに肺の中全部の空気を出し切ってしまいそうなほどの安堵の息を吐かせてくれた。あたしは脚の力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。

 たおした、たおした、やった……。こわかった、こわかったよ……。でも、倒せた。

 恐怖していた感情と安堵が身体中をぐるぐるしだす。手とか足とか、お腹の中まで震えて、そのくせあたしの体じゃないみたいに全然動かなくて……。今さら恐怖感を思い出して冷や汗が滲み出るのを感じる。

『γ部隊、聞こえるか?』

 通信機から麗さんの声。

『はーい、聞こえてます』

『今しがたお前たちが戦っていた大型の化け物の反応が消失した。これでこの街を襲った化け物は全て討伐が完了した』

 本当か!?

『と言いたいところだが悪い知らせだ。γ部隊と交戦していた化け物の反応が消えた直後、港に新たな化け物の反応が現れた』

『え……?』

『何……!?』

 一瞬喜び掛けたて、突き落とされた。

 また新しい化け物だって……!?

『しかも種別不明、新種の可能性がある』

「新種……?」

 新種ってどういうこと……?あたしの時代ではメサイア計画中に新種が出たなんて記録はなかった。これも時間の流れに干渉したことによるズレだって言うのか……!?

『全部隊に告ぐ。動けるものは全員直ちに港へ向い、新種の化け物の撃破を遂行しろ』

『了解』

 次々に通信機から了承の声。

『結希、久遠、ヴァールハイト、お前たちは動けるか?』

『わたしは大丈夫です』

『私も行けます』

『よし、分かった。直ちに向かってくれ。久遠お前はどうだ?』

「……あたしも大丈夫です」

 返事に何故か、間があった。

『お前たち三人は特に頼りにしているが、今までの戦いで疲弊もしているだろう。決して無理はするなよ』

「……はい」

 また、間があった。

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