第23話 彼は言った。この部屋にいる限り死なないと
「部屋までは!?」
「もうすぐ!! でも──」
俺の問いにライラは答えながら両耳をパタパタ動かす。多分、後ろの様子を音で判断しているのだろう。
便利だなーとは思うが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「──ギリギリ追いつかれるかも……!!」
「よし。わかった」
すぐ目の前には伸ばされた赤目少女の左手。
何故か武器を持っている右手ではなく左手を伸ばしている所を見ると、まずは捕まえようとしているのかもしれない。
その手の距離と僕らの距離は既に1mもなく今この時もジリジリと近づいていて、この会話の最中にも捕まってもおかしくない状況だ。
でも、その中でも僕はある事に気がついていた。
それは、この生物の向かう視線も、手も、僕に向けられているということ。
つまり、赤目少女の目的が僕である可能性が高い。
当然、瞳もなにもない赤一色の目を持つ少女の表情など読めるわけなどないのだけど、それでもそれは確かだと感じた。
もしも普通の瞳をもっていたならば息を呑むほどに美しいのだろうな。と、感じるほどに整った顔立ちをした少女だったが、赤の単色眼に伸ばされた手とセットになってはホラー以外の何者でもなかった。
「部屋についたらライラは僕を投げ捨ててドアを開けろ。そして、僕を引っ張り込んでくれ」
「バカッ!! そんな事したらケイマが殺されちゃうだろっ!!」
僕の提案をライラが即座に一蹴する。
まったく聞き入れる気もない声音だったが、僕はしつこく提案する。
「確率の問題だよ。こうして見る限りあいつの狙いは僕みたいだ。どの道このまま一緒に部屋に入ろうとしても、ドアを開けてる間に2人共殺されて終わりだよ。だったら、一人が襲われてる間に一人が部屋に引っ張りこんだ方が2人共生き残る可能性は高い。それに、どんな怪我をしていようが、死体にさえならなければ僕らは部屋では死なない。つまり、あいつを部屋に引っ張り込めさえすれば僕らの勝ちだ」
急所を潰されて即死しなければ──とは口にしない。
自分でもそんな事は考えたくないし、聞けばライラがどんな反応をするかわかっていたからだ。
ただ、すぐ目の前に迫っている赤目少女の左手を見る限りは大丈夫なんじゃないかとは思っていた。“彼女はまずは僕を捕まえるだろう”と。
「……だったら、その役目は俺が──」
「駄目だ。ライラは瀕死の重傷を負ったことが無いだろう? 初めての痛みでパニックになるかもしれないからね。その点、僕は慣れている」
誰のせいで……とは言わない。
言った所でどうにもならないし、そもそも僕が初めて重傷を負った相手はこの樹海の獣相手だ。その時にパニックになった経験からの提案だった。
「……何で慣れてるんだよ!? もしも──見えた!! 家だ!!」
「よし!! 投げろっ!!」
僕の声とライラの動きは同時だった。
投げろ。と言ったのに、ライラは走りながら掴んでいた僕の体から手を離しただけだったらしい。
おかげで、少しずつ近づいてきていた後方の少女との距離が文字通り一瞬でゼロになる。
白く美しい顔が目と鼻の先にまで急接近し、左手で僕の肩を掴む。
そして開かれる口。
なんてこった。
小さく、少女らしく見えた口も、こうしてヌラリと光る並んだ歯と、鋭く尖った長い犬歯を目にすると、そんなのんきな考えも一瞬で吹き飛ぶ。
ここで僕の人生は最後なのかと。
死ぬ直前は全ての動きがゆっくりになって、走馬灯を見るものだとか何かの物語で見たな……とか考えつつ、迫り来る犬歯に視線を集中させたその刹那。
右手を何かに掴まれた感覚がしたと思うやいなや、景色が目で判別できない程の速度で横に流れる。
そして、引き裂かれるような激痛が首筋と右肩に発生する。
声を上げる暇もない。
左肩はベキボキと嫌な音をたてながら変形し、即座に修復、更に砕かれ変形……を繰り返し、僅か数秒の間に何度も破壊と創造を繰り返す。
当然痛みもリズミカルに繰り返され、ここに僕の悲鳴が加わったなら、見事なメロディーが奏でられただろう。
それは首筋も同じで、捩じ込まれた牙の周りで何度も破壊と創造が繰り返され、鋭い痛みが首の周りで跳ね回る。
……痛みに慣れているからパニックにならないと言ったな? ありゃあ嘘だ。
確かに痛みには慣れている。
しかし、この連続した痛みは初体験だった。
そして、本当に痛い時は声なんて出ないという事もこの時初めて知った。
恐慌に陥った僕の目に映るのは既に見慣れた天井と、僕に食いついている少女のものだろう白い髪の毛。
──そして、憤怒の形相のライラ──。
「……っ!? …………っ!!」
「てめぇっ!! ケイマから離れやがれぇっ!!!!」
鼓膜が破れるんじゃないかという程の声量で発せられたライラの怒号。
その声に──というよりはその前の殺気に対してだろう──反応した赤目の少女は食らいついていた僕の首筋から口を離すと、右手に持っていた小太刀をライラに向け──その刀身ごと自らの首がライラが振り抜いたマチェットナイフに切り裂かれ、噴水のような血が迸る。
その血を顔で受け止めながら…………僕は初めて赤目の少女の驚いた表情を見たような気がした。
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