第22話 どこの世界でも赤は攻撃色らしい
ライラと2人、水場に向かってゆっくり進む。
先程までは通行の邪魔になりそうな自然物は全てライラの手で破壊してきていたが、現在は正体不明の何かの存在を考慮して必要最低限の斬り払いで抑えていた。
多分ライラも警戒しているのだろう。
さっきまではかなり大胆に歩いてきていたのに、今では頭の上の耳を忙しなく動かし、歩行速度も抑え目だ。
僕はそんなライラの後ろをおっかなビックリついていっていたのだけど、突然足を止めて、後ろ手で僕を押さえてきたライラの行動で足を止める。
そして、動きを止めたことで僕はようやく水場の近くに来たのだという事に気がついた。
「……水場って言うから川か泉かなにかかと思ってたけど、湧水だったのか」
「……ああ」
僕の呟きにもライラは短い言葉を返すだけで、用心深くあたりを見回している。
どうやら、ライラの鼻は正体不明の何かの匂いを確実に嗅ぎ取っているらしく、後ろ手で押さえていた僕の右腕をぎゅうっと握り締めた。
その握った手は手汗で湿っており、相当緊張しているようだった。
ライラが警戒して辺りを見回している間、僕は見つけた湧水の方に目を向ける。
藪の中に身を潜めているからよく見えないけれど、こんこんと湧き出している水は子供用プールよりも一回りほど小さな楕円形の水たまりだった。
そこから下流に向かって細く流れており、あの規模の水場では取れても沢蟹かそこらだろう。いや、異世界だからもっと別の何かがいるかもしれないけれど、腹が膨れるような生物がいるとは思えなかった。
その水場を辿って下流に向かって視線を移していく。
すると、今僕たちがいる場所から10mほど先だろうか。何やら、しゃがんでいる人間のようなものが目に入った。
「…………」
僕の腕を掴むライラの手の力が強まる。
どうやらライラも同じものを発見したらしく、僕の腕ごと後ろに押し込むと、そのままジリジリと後退し始めた。
「ライラ?」
僕の呟きにも反応せず、ライラは無言で後退する。
その様子に驚いて視線を下に下げてみれば、ライラの尻尾はこれでもかというくらい大きく膨らんでいた。
「……やばい」
「何が?」
僕の問いにライラはようやく僕という存在が傍にいる事を思い出したらしい。
ハッとしたように振り向くと、すぐに前方に向き直って更に後ずさる。
「……あれ。多分人間じゃない。それから多分……いや、間違いなく俺より強い」
「マジで? お前よりも強いって最早僕にとってはファンタジーの領域なんだけど」
「何言ってんだ。俺よりも強い奴なんてそれこそそこらじゅうに……逃げるぞっ!!」
「ごふぅっ!?」
ジッと人によく似た物体に目を向けていたライラだったが、話の途中で突然叫ぶと、振り向きざま僕の腹にショルダータックルをかますように衝突すると、そのまま肩に担ぎ上げるようにして走り出す。
大人と子供ほどの身長差がある僕とライラの関係上、でかい荷物を担いで走るライラの姿は客観的に見て異様だろう。
しかし、そんな事をおかまいなしとばかりに走るライラのスピードの方が常軌を逸している。
突然の痛みに呻き、文句を言おうとしていた僕だったけど、リアルジェットコースター以上の速度で流れていく景色に思わず悲鳴をあげてしまった。
「うおおおおおお!! 速い速い速いって!! 当たるっ!! 木の枝に当たるっ!!」
「黙ってろっ!! 我慢しろっ!! 追いつかれたら殺されるぞっ!!」
「んなアホなっ!! そんな人を見かけただけで殺しにかかってくるとかどこの蛮族ですかっ!! それに、このスピードで走ってる人間に追いつくとか嘘ォォォォォォォォォォォォォォォォ!?」
丁度後ろ向きに担がれた体勢上、僕の顔は後ろに向いている。
それは幸か不幸か猛スピードで迫り来る枝やらなんやらを見なくてもいいというメリットはあったけど、後ろを見ているということは、後ろから迫り来る何かは見えるということだ。
その僕の視界の先には、恐らくさっき水場でしゃがんでいた人? だろう。白い塊が見る見る大きくなって行くのが確認できた。
「お、追いかけてきてるのか!? それにあっちの方が速いじゃないかっ!! ライラァ!!」
「女みたいな声出すなよっ!! いいから口閉じとけっ!! 舌噛むぞっ!!」
叫ぶやいなや、更にスピードアップする特急ライラ。
しかし、こちらがスピードアップしたというのに更なる速度で追いかけてくる白いリニア少女。
そう、少女だった。
既にその顔が目視できるほどに近づいてきていることにも驚いたが、もっと驚いたのは本当に地球人とそっくりな見た目をした少女が、獣人であるライラ以上の速度でこちらを追いかけている悪夢のような光景だ。
真っ白な髪は走るに任せて後ろに流されているが、かなりの長髪なのは見て取れる。
身にまとっているのは何かの民族衣装だろうか? 白を基調としたチャイナドレスと着物を足して2で割ったような動きにくそうな代物だった。それであの速度。はっきり言って化物だ。
特に、その白い着物の胸の部分が何やらどす黒いのは酷く不吉な物を連想させる。
右手には抜き身の短剣。
こちらも見た目は日本の小太刀に似た造形をしており、ひょっとして日本の関係者ですか? と、問いたい気分になったけど、すぐにその疑問を自分自身で否定する。
「白目の部分まで真っ赤な目!! あいつ絶対人間じゃないよぉ!!」
「だから最初からそう言ってるだろっ!! いいから喋んな邪魔すんな!!」
僕に怒鳴り返しながら、前傾姿勢になって更に加速するライラ。
しかし、それすらも凌ぐスピードで追いすがり、あざ笑うかのように接近してきた少女の両目は──只々赤一色に染まっていた。
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