第20話 樹海の中を猫と行く
「えーと……。鉄製の玉を込めた改造エアガンに、リュック。ライラにはマチェットナイフ。ちゃんと防御重視の装備もして……って、こらこらナイフを抜くんじゃない。刃先を触るなっ!!」
「何だよ。うるせぇなぁ……」
「うるさくもなるわ! 怪我したらどうする!?」
「何だよ。この部屋の中に居りゃ怪我しねぇんだろ? ちょっと切れ味確認しようとしただけじゃんか」
「それを自分の手で確認するなと言ってんの!! 別のものでしなさい!!」
「よし。じゃあ──」
「こっちに向けんな!! この馬鹿猫がぁ!!」
玄関でギャーギャーと騒いでいる僕とライラ。
そして、その様子をハラハラした様子で見ているシーリア。
なぜにこんな場所でコントじみた事をライラと繰り広げているかというと、あの後八方塞がりになってしまった事をボヤいていた僕に、意外な所から声がかかった為だった。
◇◇◇
「そんなに金がないなら、樹海にでも行って何か探せばよくね?」
突然そんな事を口にしたのは、自称勇者のハインツ君だ。
背中に怒りのオーラを漂わせながら部屋の片付けをしているシーリアと、その脇でアワアワ言いながら壁に張り付いているライラには聞こえていないらしく、反応したのは僕だけだ。
(あのね。以前の僕の醜態を忘れたわけじゃないでしょ? 樹海には凶暴な獣がウヨウヨいるから、僕じゃあ家のすぐ傍の木とか草とかキノコとか……そういうのを集めるのが精一杯なの。それに、最近じゃあ近くには倒木も無くなって、木材も不足気味だってのに……)
おかげで荒野側に作った作業スペースも今では開店閉業状態だ。
しかし、そんな僕の思考にも、ハインツはバカにしたような声を上げる。
「誰がお前一人で行けって言ったよ。あの獣人の姉貴の方を連れて行けばいいだろうが。言っとくが、あいつお前よりも強いからな。はっきり言って恐竜とダニくらいの差があるから」
(おい。いくらなんでも冗談がすぎるぞ。僕がどれほどの戦いをライラと繰り広げてきたと思ってるんだ)
ライラがこの部屋に来てから毎日の様に喧嘩しているが、今の所僕の全戦全勝だ。
「アホか。ありゃお前にじゃれついてるだけだ。俺様はステータスが見れるって言ったろが。遊んで欲しいあいつがお前にじゃれついて甘噛みしてるだけだっての」
(え? 嘘? じゃあ何か? 僕はあいつの甘噛みで毎回大出血しちゃったりしてるわけ?)
「良かったな。あいつが本気だったらお前の首筋なんぞ食いちぎられて終わりだ」
(一つも良くないよねぇ!?)
衝撃の事実に僕は自分の体を抱き寄せるようにすると、ライラを見る。
妹に恐れをなしてアワアワ言っているようにしか見えないのに、急にとんでもない化け物に見えてきた。
「ちなみに、妹の方もお前の10倍は強ぇ」
(また知りたくなかった情報がっ!!)
え? シーリアで僕の10倍って、ライラとはどれほどの差があるんですかね!
「だから、恐竜とダニだって」
「うるさいよっ!!」
思わず声に出してしまった僕だったが、どうやらハインツの声が聞こえないお二方には違うふうに感じたらしい。
テーブルを元の位置に戻すために持ち上げていたシーリアの動きがピタリと止まると、ゆっくりと感情の篭らない瞳を僕に向けてきた。
「……すみません。お二人が散らかしたお部屋をお片付けしていただけのつもりだったのですけど、うるさくして迷惑かけちゃいましたか……?」
「いや!! 全然!! シーリアは全然まったくもってうるさくないよぉ!! うるさいのは僕の心臓のことさっ!!」
無表情で僕の方に顔を向けているシーリアだが、よく見ると右手一本でテーブルを持ち上げているのが見える。
あの細腕の一体どこにあれほどの力が隠されているかというのか。
そして、ライラは僕の事を「お前マジかよっ!?」とでも言いたげな視線を向け、両手でお口にチャックをしていた。
どうやら、自分は絶対に失言はしないぞという決意の表れらしい。
「……そうですか……。心臓。静かになるといいですね」
怖いよ!! 心臓が静かになったら死んじゃうでしょっ!!
とはいえ、そんな事を言えるはずもなく。
暫く見つめ合っていた僕らだったが、暫くしてようやく部屋の片付けを始めたシーリアの背中を見つめた後にこっそりと溜息をつく。
「ともかく、さっさと姉貴を連れて樹海に行って何か見つけてこいよ。お前だって今のこの空気の中にいるよりもその方がいいだろう?」
(……それは否定できないね)
そして、それはライラも同じだろう。
両手で口を隠したまま、涙目でシーリアの動きを視線で追っている。
あいつがあんな顔をするなんて、こっちから見えないシーリアの顔は今どうなっているのだろう?
正直、確かめたくない。
(仕方ない。お前の言葉を信じて、ライラを連れて樹海に行く事にするよ)
「そうしろ。それから、約束は忘れるなよ?」
ハインツの言葉にこいつと交わしていた約束を思い出す。
どうやら、この自称勇者様は自分好みの女の子を探してきて欲しくてこんな提案をしてきたらしい。
こうして僕とライラは現在ほぼ未知の空間となっている樹海の探索を実行する事になったのだった。
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