第18話 ステータス。それは異世界転移のテンプレ
「テメーは何をそんな所で黄昏てんだよ」
椅子に座り、何となく窓越しに荒野の風景を眺めていた僕の耳に、呆れたようなハインツの声が飛び込んでくる。
本当はもう少し一人で考え事をしたかったけれど、この部屋にいる限りこいつの“目”から逃れる事は出来ないだろう。
僕は何となく壁の方に体を向けると、気晴らしに会話する事を選んだ。
「ああ……ちょっとね。ライラが女の子だった事がわかって少しショックを受けてるとこ」
「お前、それ本気で言ってんの?」
さっきまでは何となく呆れたように感じたハインツの声が、今度は確実に呆れを帯びた物に変わった。
「そんなもん一目みりゃわかるもんだろうが。がさつとは言えあんな体つきした男がいるか」
「すっごいね。まさか生まれて数日の部屋にそんな事言われるとは思わなかったよ」
「お前なぁ……」
僕の皮肉にハインツは本気で僕を哀れに思ったのか、声質が明らかに変わった。
いつもだったら攻撃的で、こっちを挑発するような言葉遣いなのに、なんだか険が取れたような物になる。
「まあ、確かに態度は酷かったし、お前はステータスを見れないから仕方ないとも言えるか……」
「ちょっと待て。ステータスって何だ」
少々自己嫌悪に陥って床に視線が向けられていた僕だったけど、ハインツの言葉の中に無視できないものが混じっていたので顔を上げる。
「あれ? 説明してなかったか? 俺様のように女神に選ばれし勇者ともなると、他人の能力を数値化し、ステータスとして観覧することが出来るのだ」
「……まさか。それがあの時女神が説明していなかった第三のスキル?」
「いや、どうやら【意思疎通】の一機能らしい。それってーのも、俺が付属品認定した奴しか見れねぇから」
と、言う事は、ハインツが僕と約束をして2人を付属品認定した直後からハインツにはあの2人の状態が把握できていたということになる。
「でも、だったらどうして僕には2人のステータスが見れないんだろう?」
「アホか。お前は俺の付属品だろうが。付属品が持ち主の能力を使えると思ってんの?」
「俺様とは違うのだよ。俺様とは」と得意げに口にしているハインツは無視して、僕は椅子から立ち上がるとベッドの脇まで移動して、シーリアを見下ろす。
「それじゃあ、あの時シーリアの状態を【栄養が足りてない】かもしれないって言ってたのは、そのステータスに表示されてたからか?」
「ああ。【状態異常:衰弱】ってなってたからな。どうやら俺様の能力は怪我や病気は治せても腹減った状態だけはどうにも出来ないようだな。ちなみに、そいつが付属品になった瞬間に見えた状態異常は【死血病(重篤)】だ。も一つおまけをつけてやると、あのうるさい女も付属品になった直後は【死血病(軽微)】だった」
「ちょ……ちょっと待ってくれ……。それじゃあ、2人が捨てられた理由って……」
確か、風呂に入れる前にライラがそんな事を口にしていたのを思い出し、僕は嫌な気持ちが湧き上がるのを感じながら聞いた。
「まず間違いなくその病気のせいだろう。名前からして死病だろうし、あのうるさい女も患っていた事を考えると伝染病かもな。もしもお前が見つけなかったら、あの2人荒野のど真ん中でお陀仏だったんじゃねーか?」
「…………」
僕の中に生まれた黒い感情が大きくなっていく。
そんな僕の感情を読んだからなのか、ハインツは今まで聞いた事が無いような優しい声で自らの予想を告げる。
「もしも死血病が伝染病だったなら……長い間荒野を彷徨っていた姉貴の方の症状が【軽微】ってのもおかしな話だ。もしかして本当に捨てられたのは妹の方だけで、あいつは自分から妹を連れて荒野に来たんじゃねーか? で、自分自身も感染した。あいつ、妹と一緒に死ぬつもりだったのかもな」
「馬鹿な奴だ」とハインツは口にする。
そして、それは僕も同感だった。
妹が捨てられたから、本当ならば捨てられる事もなかったのに自分から飛び出してきた?
伝染病にかかっている妹と行動を共にすれば自分自身も感染することなんて分かりきっているのに、それでも妹を背負って荒野に来た?
馬鹿げている。本当に馬鹿げている。
僕はあってそうそう敵意を剥き出しにして噛み付いてきたライラと。
噛み付かれ、少しだけ生きる事を諦めた僕に心を開き、傷口を舐めながら心配そうな表情を見せた月明かりに照らされたライラの顔を思い出す。
ああ。
あの子は本当はきっと心根はすごく優しい子に違いない。
ただ、それを表に出すには周りに敵が多すぎたのだろう。
「ケイマぁ……。これどうすればいいのかわかんねぇんだけど……」
そんな事を考えていた僕の背後から、風呂場から直接来たのだろう。ペタペタベチャベチャと水音をたっぷりとさせながら近づいてきたライラに向かって振り返る。
ライラはびしょ濡れスッポンポンのままで手にバスタオルと着替えを手にしたまま、シュンと獣耳をしおらせて困ったように僕を見ていた。
しかし、その表情はあくまでもさっきまでの生意気そうな地顔を含んだままで、決してネガティブな感情は伺えない。
さらに言えば、びしょ濡れの状態でここまで水浸しにしてしまったライラを、本来ならば僕は怒らなければいけなかっただろう。
でも……。
気がついたら、僕はライラを抱きしめていた。
びしょ濡れのままのライラの体に触れた僕の服は水気を吸って同じように濡れてしまったけれど、どうしても目の奥に感じた熱いものをライラに見せたくなかったのだ。
「……ケイマ? どうしたんだよ? そんな事したら濡れるぞ」
「……そうだね。確かにそうだ。それじゃあ、そいつの使い方も教えなきゃならないし、いったん脱衣所に戻るぞ。次からはちゃんと一人で出来なきゃ困るし、シーリアにも教えてもらわないといけないんだから」
「えー……面倒くせぇなぁ……」
「お姉ちゃんだろう? ちゃんとしなよ」
「……へーい」
それでも不満気な表情のライラの左手を取ると、僕は脱衣所に向かって歩き出す。
せめてこの部屋の中くらい、“敵”のいない暮らしをさせて上げたいと考えながら。
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