第16話 衣食住は最低必要だ
──お兄さん──
何といい響きなのだろう。
さっきまで獣人の少年からずっとおっさんと言われ続けていたせいか、最早自分の外見には自信が無くなっていた今日この頃。
所が、今僕の腕の中にいる少女は、一目見て僕の事をお兄さんだと口にした。
やはり、僕の見た目はお兄さんで通用するのだ!
凶暴な獣人の少年の言葉など信じてはいけなかったのだ!
「ふふ……。初めまして……だね。僕の名前は木佐貫桂馬。一応、君たち兄妹を保護した人間……って事になるかな? お嬢さんの名前はシーリアって言うんだよね? 遠慮せずにぜひこの家を自分の家だと思ってお兄さんにおぎゃあ!!」
枕元にある棚にホットミルクを置き、少女の薄水色の前髪をそっとかき上げながら優しい言葉を投げかけた僕だったが、突然発生した左ほほの痛みに思わず悲鳴を上げる。
鋭い痛みに飛び散る鮮血。
それが自分のものだと理解して、その痛みが何故発生したかが頭に回った瞬間に、僕はその発生源たる少年に向かって目を剥いた。
「うおおい!! いきなり何引っ掻いてくれてるんだ君はぁぁ!? 見ろ! この血を! この部屋じゃなかったらえらい事になってたぞ!?」
ギラリと光る爪を出し、右腕を振り抜いた状態でこちらを睨みつけていたライラに負けじと睨み返したが、ライラはまるで初めて会った時のように牙を剥いて威嚇してきた。
「うるせえ! 何だよその気持ち悪い声と態度は!? 俺の時と全然違うじゃねぇか!!」
「何だと? お前そんな下らない理由で引っ掻いたの? 相変わらずの凶暴性ですね! こちとら男なんだ! 可愛い女の子とどうでもいいやつで態度変えるのは当たり前だろう!?」
「てめえ! 俺がどうでもいいとでも言うつもりか!? おっさんの癖に!!」
「おまっ! おっさんは関係ないだろう!!」
少女を胸に抱いたまま言い合いを始めてしまった僕とライラだったけど、興奮して思わず強く抱きしめてしまったらしい。
胸の中から「……うん……っ!」という呻き声を聞いて、われに返って視線を落とす。
「あ、ごめん。苦しい思いさせちゃったか。全く、ライラはいつもあんな感じなのかい? あんなにすぐ人を引っ掻くようじゃ今までも──」
「おい! おっさん卑怯だぞ! シーリア味方につけようったって──」
「ライラちゃん」
よしよしとシーリアの頭を撫でながら気持ちを落ち着ける僕と、再び噛み付くライラ。
しかし、そんなライラの抗議も、シーリアの一言で沈静化する。
「駄目だよ。せっかく助けてくれた人にそんなこと言っちゃ……。……どうしたの? お兄さん優しそうな人なのに……」
「……そのおっさんは変態なんだ。だから、シーリアもあんまりくっついちゃダメだ」
「……ライラちゃん……」
何だろう。
むくれてそっぽを向く兄と、優しく諭す妹。
しかも、妹の方は明らかに一桁年齢なのに、この精神年齢の差ってすごくない?
どう見ても立場が逆ですね。
「まあまあ。僕は気にしてないから。それよりもシーリアちゃんも病み上がりなんだから、あまり無理しない方がいいよ?」
「……は……い……」
「……あれ……?」
「あっ!! お前!?」
急にコテンと僕の方に頭を預けてきたシーリアを受け止めると、ライラが再び僕に襲いかかってくる。
けど、シーリアの顔を見た途端にその動きを止めてシーリアの顔を覗き込んだ。
「……どうやら……眠っちゃったみたいだね」
「何だよ。驚かせやがって。てっきりケイマに何かされたんかと思ったじゃないか」
「おい。どうして僕が何かするって断定してるんだ? 何かしたのはどちらかといえばお前だろう?」
「うるさい。俺はいいんだよ」
「なんて勝手な奴だ……」
ライラはフンッと鼻を鳴らすと、腕を組んで俺に背中を向けるようにベッドに座る。
その際、ライラが来ている服──布切れとも言う──か、体臭のどちらかだろう。フワリと漂ってきた匂いに思わず鼻をつまんでしまった。
「それにしてもライラ。随分と臭うぞ。いったい何日風呂に入ってないんだ? それから服は?」
「は? 風呂って何だよ? それに服はこれしか持ってない。当たり前だろ? 俺たち捨てられたんだから」
捨てられた?
何だか嫌なワードを聞いた気がするけど、そのへんの話は後にしたほうがいいだろう。
どうも、ライラの話を総合すると、服は相当前から取り替えておらず、風呂に至っては存在自体すら知らないようだ。
僕はベッドから降りてシーリアをベッドに寝かせると、ライラの首筋を右手で掴む。
「とにかく、そんな匂いをプンプンさせたやつをこのまま部屋には置けないから、風呂に入るよ。着替えは……僕のを使えばいいでしょ。かなり大きいだろうけど捲ればなんとか……」
「おい。ちょっと待てよ風呂ってなんだよ。俺に何するつもりだよ?」
「いいからいいから。とりあえずこっちこい」
僕はライラの首を掴んだまま、引きずるように寝室を出ようと歩き出す。
そんな僕に引きずられるようにライラも後をついてくるけど、どうやら半分諦めているようで、抵抗らしい抵抗を見せなかった。
「おい」
そんな時、突然かけられた声に僕は足を止めると、視線だけを左右に走らせる。
この声、この言い方をする奴は、今のこの状況で一人? しかいなかったからだ。
「そいつを風呂に入れるようだが、仮に綺麗になったとしてもそいつはお断りだからな」
(は? 何の話だよ?)
突然妙な事を口走ったハインツに、僕は眉をしかめて問い返す。
というよりも、思っているだけで会話が成立するから失言のオンパレードになりそうだな。
「何の話も何も、俺様とお前の約束の話だよ。いいか、そいつは絶対に嫌だからな。俺の趣味じゃない」
(お前頭沸いてるだろう……。流石の僕もライラを勧めるわけ無いでしょ……)
「そうか。ならいいんだ。ちょっと嫌な予感がしたもんでな。お前は常識がないから」
(どれだけ信用されてないんだよ)
僕は溜息をつくとライラを引きずって風呂場に向かう。
その時、背中で何やら嘆息するような気配を感じた気がした。
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