第15話 付属品は壊れていなければそれでいいみたい
さて、余計な道草を食ってしまった気分だけど、ようやく本来の目的たる少女の容態を見る事に集中できる。
僕はそう思ってベッドに近づいたわけだけど、何故か──いや、彼の立場を考えればそれは当然か──ライラも僕の隣に並んでベッドに近づいていた。
と、ここまで考えてそもそもこの少女──シーリアと、ライラがどういう関係なのか聞いていないのを思い出した。
「そう言えば、この子と君はどういった関係なの? 随分と気にかけているようだけど」
「ん? 気にかけるのは当然だろ? シーリアは俺の妹だぞ?」
「マジかい……。全然似てないじゃんってイテッ!」
素直な感想を言っただけなのに、ライラから脛を思い切り蹴られた。
理不尽だ。
「そんな事おっさんに言われなくても分かってんだよ。それよりも、シーリアに近づいて何するつもりだ? 変なことするつもりなら容赦しないぞ?」
「……既に蹴ってるじゃん……。別に何かするつもりはないよ。彼女がどうして目を覚まさないか確認するだけだよ。それから、おっさんはヤメロ」
僕の文句にライラは「おっと」なんて口にしながら右手を口元に当てている。
どうやら、自然とそのワードが口から飛び出すほどに僕=おっさんというのは彼の中では確固たるものとなっているらしい。
全く嬉しくない。
とりあえず、ライラがそれ以上は何もしてくる様子がないことを確認して、僕はシーリアの顔を覗き込む。
今朝テントの中で確認した時とは違って苦しそうには見えないけど、一向に目を覚ますような素振りも見せない。
何だろう。
苦しそうに見えないって事は一応状態は良くなっているのか?
でも、それだったら何で目を覚まさない?
「多分だが、栄養が足りなくて眠ってるんじゃないか?」
「はあ? お前の能力って空腹にはきかねえの?」
「俺の能力って何だよ? ケイマは相変わらず突然変なことを言うな」
突然耳に届いてきたハインツの声に反応した俺の言葉に、何故かライラが反応した。
何だよこの不毛な連鎖反応は。
これではまた俺が独り言を喋る怪しい奴になってしまうじゃないか。
「そう思われたくねーなら心の中で強く思えばいいだろうが。言ったろ? 強く思えば俺は考えが読めるって」
(ああ、そう言えば言ってたね!! ごめんね!! 記憶力無くて!!)
「……この低能が……」
(自虐にまともに返すなよ!!)
心底バカにしたようなハインツの言葉に僕は歯を向いて心の中で文句を言ったつもりだったが、顔に出ていたらしい。
隣にいたライラが一歩僕から離れると、頬をヒクつかせていた。
「……ケイマ……やっぱりお前は……」
「まてまて。違うからね。危ない人じゃないからね?」
答えつつ僕はシーリアの額に右手を乗せる。
先入観かもしれないけれど、何となくひんやりと冷たいような気がした。
「……空腹……か」
「何か食わせてやれば目ぇ覚ますんじゃね? 多分だけど」
(多分かい……というか、この状態の子にどうやって食べ物を与えたらいいんだ……)
「お前がクッチャクッチャ噛み砕いて口移しで流し込んでやればいいだろ」
(それだけは絶対に嫌だ)
そもそも、歯で噛み砕いたとしてもこの状態の子に固形物を与えたらダメなような気がする。
僕は頷くと立ち上がり、台所に移動した。
……したのだが、何故か僕の後ろをライラがトコトコとついてきていた。
「……何でお前も一緒に来るんだ」
「俺知ってるよ。さっきもこっちに来た後に食い物持ってきたよな。何か食い物くれるんだろ?」
「お前まだ食うのかよ? 朝も道中も食べ物はやっただろう? 帰ってきてからもパン食ったはずだし……。どんな胃袋してるのさ」
「一体俺達が何日物食ってなかったと思ってるんだ? あんなんじゃ全然たりねーって」
僕のズボンをユサユサ揺らしながらそんな事を言ってくるライラを無視して僕は冷蔵庫を開けると、鍋を用意してその中に牛乳を注ぐ。
そして、その中に砂糖を少量投入して少しづつ飲んで味を調整した。
「お前よりもまずはシーリアちゃんに何か上げるのが先だよ。それに、いきなりそんなに物を食べるのも体に悪いだろう? もう少しだけ我慢しなよ」
「……そっか。シーリアか。わかった。じゃあ、シーリアにやった後の残りは俺にくれ」
「なんてブレない奴なんだ……」
ある程度人肌まで温まった所でホットミルクをお皿とコップに移すと、コップをライラに渡し、皿とスプーンをもってベッドに向かう。
何やら後ろで「うめぇ!!」という声を聞いたが、当然無視だ。
「さて、これで目を覚ますといいけど……」
僕はベッドに上がるとシーリアちゃんを抱き抱えるように上半身を起こし、その口元にミルクを掬ったスプーンを運んで慎重に口内に注ぎ込む。
すると、コクコクと喉を鳴らして飲み干したので、ホッとして次々と与えていった。
「なあケイマ! これもっとねーの!? もっと飲みたい!!」
「ライラ。君はどうしてそう空気が読めないのかね? 今こうして君の妹にホットミルクを飲ませて上げているのが見えないのかな? 君もお兄ちゃんだったらもう少し──」
「……ライラちゃん……?」
相変わらずのゴーイングマイウェイぶりを発揮するライラに苦言を呈する僕だったが、弱々しくも確かに聞こえた女の子の声に、慌てて視線を下に落とす。
そして、それはライラも同じだったようで、コップを手にしたままシーリアに覗き込むようにベッドに上がってきた。
「シーリア!! 目が覚めたのか!? 聞いて驚けよ! 俺達助かったんだ!! 何か知んないけどこのおっさんが助けてくれた!!」
「おい! 誰が──」
「……おっさん……?」
ポツリと呟き、そこでようやく自分が誰かに抱かれているのに気がついたんだと思う。
ライラに向けられていた顔をゆっくりと回して上に向けてくる。
彼女の髪色と同じように薄い青色をした瞳が僕の視線と絡み合う。
まるで南国の海を思わせるような透き通った宝石のような瞳に絡み取られ、僕は自分自身が硬直したのがわかった。
「……お兄さん……誰……?」
それは、僕の中でのシーリアの優先順位が、ライラを上回った瞬間だった。
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