第12話 部屋からの条件
「疲れた……」
部屋に戻ると僕は窓から獣人二人を引き上げ、床に座って一息つく。
すると、当然のように右足と首筋に断続的に感じていた痛みは消えて、張り付いてカピカピになっていたTシャツの首周りも元に戻ったようだ。
「元にもどる」という付属品の修復能力だけど、汚れの状態まで元に戻るということは、これは修復能力というのとはちょっと違うのかもしれない。
ともあれ、ようやく体力も回復したこともあり、僕は未だピクリともしない獣人の少女をベッドまで運んで寝かせると、台所まで移動する。
そんな僕の行動を床にペタリと座ったもう1人の獣人の子供も僕と少女を交互に見ていたけれど、流石に疲れているのかその場から動くことはなかった。
僕は冷蔵庫を開けて牛乳をとりだしコップに注ぎ、食パンを3枚お皿に乗せて寝室に戻った。
そこではベッドで眠る少女を心配そうに眺める獣人の子供がいたが、僕はテーブルの上に牛乳とパンを置くと、獣人の子供を椅子に座らせた。
「さあ、お食べ」
「?」
食パンを見た事がないのか、何やら首をかしげながらパンを突く獣人の子供に見えるように僕はパンを一口分ちぎって自分の口に入れると、獣人の子供もこれが何かわかったらしい。
最初は恐る恐る、しかし、一度口に入れてしまえば後は一心不乱にパンを口の中に詰め込みだした。
僕は牛乳も指さしながら慌てないようにジェスチャーで告げると、部屋の壁に向かって歩き出す。
ここに至って少女が回復する兆しを見せていないという事は、やはり付属品として認められていないということなのだろう。
僕は一度は成功したことのある意思の疎通を頼りに声を掛けることにした。
「ねえ部屋。聞こえてる?」
「…………」
「聞こえているし、見えている……という前提で話すよ。今回僕が連れてきた子供達だけど、どうかこの部屋の付属品に加えてくれないだろうか?」
「…………」
返事はない。
でも、たしかに何か視線のようなものも感じるし、何かの気配が近くに存在しているようには感じるのだ。
「ベッドに寝ている子は何をしても目を覚まさない。何かの病気かも知れないし、怪我をしているのかもしれない。でも、生きているならこの部屋の力で治すことはできるだろう? 僕は決して善人ではないけど、流石に見てしまった以上は放置は出来ない。どうかお願いできないだろうか?」
やはり、部屋と意思の疎通を図ろうというのがそもそもの間違いなのだろうか? 半ば諦めかけた頃、一度は聞いた事のある声が僕の耳に届いてきた。
「……そいつらを付属品にして俺様に何かメリットがあるのかよ?」
それは声というかなんというか。
直接頭に響いてくるような感じだった。
そう言えば、あの時の女神も誰かと会話しているような感じだったけど、こっちには女神の声しか聞こえなかったからそういうものなのかもしれない。
これはあくまで“意思疎通する為のスキル”であって、“会話するためのスキル”ではないのだろう。
「メリットか……それを言われると弱いね。ただ、僕に関して言えばメリットはあるんだ。あの子達と会話できるようになれば、荒野の世界の事も多少は知る事ができるだろう? そうすれば、何か役立つ……まあ、売れるようなものが手に入れられるようになるかも知れない」
「……ほう……」
僕の説明に何か思う事があったのか、部屋は感嘆の声を漏らす。
いや、部屋が感嘆の声って考えるだけですっごいシュールだけど。
「なる程。子供とはいえ人型の生物がいたんだ。そいつらに聞けば他の連中の居所もわかるというわけだな?」
「そうそう。それで交渉なりなんなりすれば、今後の生活に役立つものも手に入れられるかもしれない」
戸にもかくにも生活するためにはお金が必要だ。
人間がいれば物々交換は成立するし、ここ最近見えなくなってきていた先が見えるようになるだろう。
「わかった。それならば、条件次第で連中を助けてやってもいい」
「本当!?」
条件というのは気になるが、ようやく助けてくれるという言葉を引き出し、僕は思わず壁に手をつく。
しかし、そんな僕の歓喜の声に帰ってきたのは、余りにも俗物的な部屋の声だった。
「連中の仲間と接触できたら、現地の女を連れてこい。いいか。若くて可愛い奴だ。美少女ってやつだな」
「…………」
うわぁ……。
思わず引いてしまった僕を誰が責められようか。
下半身で物をしゃべっているろくでなしかコイツ?
しかし、相手が気持ち悪い奴だといっても救える命をそのまま放っておくことはできないだろう。
そこまで考えて、僕はある人物の存在を思い出す。
「それなら、あの子を治せば解決じゃないか。女の子だよ?」
「アホか。テメエは俺様の話を聞いてたのか? 俺が言ったのは美少女だ。わかるか? 美少女。あれは少女じゃねえ幼女だ。しかも、痩せっぽちで汚らしいメスガキって言うんだよ。あんなのを見て、どうやって俺の心の○○〇を満たせって言うんだよ」
やばい。
この部屋思っていた以上に最低の変態野郎だ。
こんな所に年頃の女の子を連れてきたら、それこそ視線で犯されるんじゃないだろうか? 所謂視姦というやつで。
「う、うーん……。約束はできないけど、交渉くらいはしてもいいかと……」
「ダメだ。約束しろ。それが出来ないならこの話は無しだ」
「わ、わかったよ……」
本当は適当に話を合わせて、あの子達の体が治ったらすぐにこの変態部屋から避難させようかと思ったのだけど、早々都合良くはいかないらしい。
僕は近い未来にこの部屋に来るかもしれない女の子に心の中で謝りながら、この変態部屋の要求を飲むことにした。
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