第10話 部屋の外だと無力な僕

 さてどうしよう。

 

 目の前に獣の耳と尻尾を持つ以外は殆ど人間と変わらないと2人の子供を前にして僕は悩む。

 ちなみに、本当に人間とあまり変わらないかどうかは直接明るい場所で見たわけじゃないからあくまで予想だ。


 でも、目の前の少年? 少女? は、しっかりと2本の足で立っているし、ボロ布とはいえ、服らしきものを着ているということは、全身を毛で覆われていないからだと推測できる。

 

 ただ、この状況でこの子供達をどうするか決めるにしても、大きな問題が僕らの間に横たわっていたのだ。


「◇■☠※─†☆!!」

「…………」


 何言ってんのかさっぱりわからねぇ。


 いや、そりゃね? 僕だってわかってたよ? そもそも、女神が部屋に意思疎通がはかれるスキルなんてものを与える時点で、日本とは言語が違う世界に飛ばしてるってことだろうから。


 でも、部屋の付属品でしかない僕にその様なスキルがある訳もなく、ただただ、目の前の獣子供に訳のわからない言葉で罵られるというご褒美にもなんにもならない罰ゲームを受け続けているわけで。


「☠∵†☠☠☠◇〇☠✖■〇↓↑☠ーーっ!!」

「…………」


 うーん。

 せめて「にゃーん」とか「なおーん」とか言いながらゴロゴロしてくれればム〇ゴロウさん並に可愛がる自身があるのだけど、このように敵意満々で好き勝手言われてしまうとどうにも気持ちが萎えてしまう。


 最も、すぐ近くには全く動かない子供もいるわけで、これを見た以上放っておくことが出来ないのも困りものだった。

 

 仕方ない。


 僕はある種の覚悟を決めると、先ほど思考の中に浮かんだム〇ゴロウさん作戦を実行することにして、さっきから僕に向かって唾を飛ばしながら多分悪口を言い続けているだろう子供に躊躇いなく抱きついた。


「!? ☠■✖↑↑☠☠っ!!」

「いっ! ~~~~~っ!!」


 噛まれた!! 思いっきり噛まれた!! しかも首筋っ!!

 謂なき痛みが僕を襲うが、ここで悲鳴を上げるわけにもいかない。

 思い出せ。思い出すんだ木佐貫桂馬! かの偉大なるム〇ゴロウさんはどの様な状況であっても決して悲鳴など上げなかったではないか。


 いや、クマと殴り合いの喧嘩をしたという伝説級の逸話は残っているが、少なくともメディアの前ではいつでもニコニコ動物を受け入れていたはずだ!! ム〇ゴロウさんに出来て僕にできないはずがない!!


 ……いや!!

 ム〇ゴロウさん噛まれてないよ!! 流石に首筋噛まれてないよ!! だって死んじゃうもの!! 今だって首から結構血が出てるもの!! 肩のあたりがベタベタして、Tシャツべったり張り付いてるもの!!


 それでも僕は何とか悲鳴を上げることは歯を食いしばって耐え抜き、震える手で首筋に噛み付く子供の頭を撫で続ける。

 遠目からではわからなかったけど、ひどく汚れて沢山のゴミを巻き込んだ髪の毛は、ボサボサでゴワゴワしていた。

 一体どれほどの期間放置していたらこのようになるのかと哀れに思うたびに首の痛みで恨みに変わる。


 くそう。

 人が何もしないと思って好き勝手しやがって……。


 いやいや。

 この子達はきっと大変な思いをしてここまでやってきたんだよ。

 知らない人のテントに忍び込んで食料を漁るくらいひもじい思いをしていたんだよ。


 このクソガキゃ今すぐ地面に叩きつけて奥歯ガタガタ言わせてやろうか?

 尻尾を掴んで振り回したらいい感じで飛んで行きそうだな?

 オリンピック種目にもあるくらいだから異世界記録とか狙ってやろうか?


 まてまて。

 小さい子を守ろうと必死になって未知の生命体に立ち向かうとか立派な子じゃないか。

 ここは大人として救いの手を差し伸べるべきだよ。


 なる程。

 すぐ逝く手だな?


 違う!!

 救いの手!!


 頭の中で天使と悪魔が交互に唄う。


 ああ。もう何だか面倒くさくなってきたから、このまま異世界記録狙ってそのまま僕も死んじゃおっか? っていう結末が一番いい気がするのだけどどうだろう?

 少なくともこの首の痛みと出血では、どうせ明日の朝には冷たくなってるって。


 そんな感じで全てを諦めかけていたら、いつの間にか後ろに倒れ込んでいたらしい。

 目の前に浮かぶのは驚く程に無数の星が浮かぶ夜空と、心配そうに見下ろしてくる獣耳の子供の顔だった。


「……なおん」


 一声鳴いて、首筋を舐めてくるその子の髪を抱くように撫でて。


「……何だ。可愛い声で鳴けるじゃないか」


 ザラザラした舌で舐められる度に本当は痛みが走ったけれど、僕は何も言わずに唯唯手触りの悪い子供の頭を撫で続けた。


 ……どうやら、ギリギリの所でム〇ゴロウ作戦は成功していたらしい。


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