第9話 第一〇〇発見!!
「はい。それでは異世界初キャンプ記念にカンパーイ」
既に辺りは暗闇に覆われ、光源といえば僕が持参してきたLEDランタン一個という狭い一人用テントの中にて、僕はペットボトルを掲げて1人祝杯を上げる。
「いや、祝杯というのはおかしいな。前をよく見ないで歩いていて段差に落下して足を挫いて悶絶した挙句、痛みに足を引きずってたら日が沈むまでに帰りつかなかった事が喜ばしい事だって言うなら、僕は毎日ハッピーデーだよ」
完全にぬるくなってしまっているスポーツドリンクを喉に流し、固形型の携帯食を齧って溜息をつく。
「失敗したよなぁ……。何が失敗したって、死の大地の夜がこんなに寒くなる事を調べてなかったのが一番の失敗だ。テントと保存食を持ってきていたのはある意味ファインプレーだけど、電波の受信が無い世界だと役立たずだからスマホも持ってきてないから、時間もわからん。やっぱり時計くらい買っとくべきだったか? いや、今からそんな贅沢はしてはいけない。それをするのはこっちで収入をえる手段を得てからだ」
言いつつ僕は折りたたみ式のテーブルの上に広げていた地図にボールペンで印を書き込むと、そこから家までの道筋を辿る。
「距離としてはあと少しなんだよねえ……でも、流石に夜の移動は怖いし、次の看板が目視できない以上迷う可能性が高い。やっぱりキャンプしかないんだけど……」
いかんせん、寒い。
一応タオルケットは持ってきてはいるのだけど、荷物が増えるのを嫌ってあまり大きなものを持ってきていない上に薄着なのだ。
昼間が熱中症の危険が付きまとう気温なだけに、完全に油断していた。
「まあ、寝るしかないんだけどさ。少なくとも寒さで死ぬことはないでしょ。冬の寒さとは別物だし、凍死とは無縁だろうから。問題は寒さで眠れずに日中眠くなることだけど、そこは僕の必殺『スリーピングウォーク』で乗り切るしかないね。しかし寒い」
とりあえずの現在地を地図に書き込むとテーブルを片付け、LEDランタンを消すと、タオルケットを腹に巻いて横になる。
余りにも小さいために腹に巻くくらいしか使えなかったのと、せめて腹だけは冷やさないようにした結果だった。
すると、しばらくすると予想外に眠気が訪れ、意識がぶつ切りのようになって点いたり消えたりを繰り返す。
それが睡眠による意識の途絶の前兆である事をしっていたので、僕は素直にその感覚に身を委ねた。
◇◇◇
夜中に目が覚めたのは何かを漁るような音がした為だった。
そして、一度目が覚めてしまえば刺すような寒さでいやが上にも意識が冴える。
「…………」
物音は足元からしていた。
そして、一人用で元々狭いテントの内部。
何かが入り込んでいればその体の一部が当たるのは当然の事で。
今僕のむき出しの足には何やらフワフワした細長いものが、撫で付けるようにいったり来たりしている。
まるで生きているかのように動くそれは、実家でのある生物のある部位の感触に酷似していた。
それは所謂尻尾というやつで、実家で飼っていた猫が足のそばで寝ている時にこうして撫でるように動いていたのを思い出す。
僕は薄目を開けてテントの隅で動く影に視線を合わせながら、音を立てないようにLEDランタンに手を伸ばす。
外ではどうやら月が出ているらしい。
目が慣れればランプが無くてもある程度の輪郭は特定できるというもので、僕は影の形から荷物を漁っている影の頭に耳のようなものがついている事も確認する。
「…………」
LEDランタンのスイッチに指を添え、そこでどうしようか考える。
もしも、足元にいるのが野生動物の類なら、このまま餌を提供して帰って頂くのも一つの選択肢ではないだろうか?
しかし、である。
ここで全ての食料を奪われてしまった場合、明日の行軍に支障が出てしまうのも確かである。
そもそも、この生物は本当にこのまま大人しく帰るのだろうか?
ひょっとしたら、食料を確保した上で新たな食料として僕を襲うという可能性もないわけではない。
そう考えると、今足に触れている尻尾が何だか恐ろしいものに感じてくる。
伊達に初日にイヌ科の化物に足を食いちぎられているわけではない。
特に、尻尾といい耳といい、いま足元にいるのは似たような獣である事に違いないのだ。
「ぬわあああああっ!!」
「────っ!!」
恐怖を振り払うように叫ぶと、僕はLEDランタンのスイッチを押し込み、起き上がって膝立ちになる。
一人用のテントでは高さが足りなくて立ち上がれなかっただけだが、声に驚いたのか足元で荷物を漁っていた獣はものすごいスピードで反転すると、アッという間にテントの外に出てしまった。
「あっ!! 待って!!」
本来ならば態々逃げてくれた獣を追いかけるなど愚策だったろう。
勝手に逃げてくれたのだから寧ろラッキーだったと言える。
しかし、僕は見てしまったのだ。
顔はよくわからなかったけど、逃げる前の後ろ姿を。
頭の耳にお尻の尻尾。
そして、身に纏ったボロ布を。
「ええいクソッ!! こんなに散らかして!! ってそうじゃない!! せっかくのチャンスここで逃がしてなるものかっ!!」
僕は手にしていたLEDランタンを持っていこうか一瞬迷ったが、つけたままで置いておく事にした。
それは、遠目からはっきりとわかる目印を置いておいた方が帰りに迷わないと思ったからだ。
変わりにキーホルダーにつけておいた小型のランプを点灯すると、ないよりはマシという程度の光が前方に伸びる。
まあ、とりあえずはこれでいいだろう。
僕はテントから出ると足を引きずりながら暗闇を歩く。
こんな暗闇の中ので探し物など見つかるわけが無いと思うかもしれないけれど、僕は言ってみればここ一週間で昼間とは言えこの荒野を歩きに歩いた。
だからこそ、この荒野には本当に何もない事を知っている。
月明かりが大地を照らし、目が慣れてきた事もあってライトをあたりに向ければ輪郭程度なら判別する事が出来るようになる。
そこで僕はようやく見つける。
月明かりに照らされて、薄らと影を伸ばす2つの塊を──。
「フカーーーーッ!!」
ライトを向けたからだろう。
僕の存在に気がついたその子は、威嚇するように唸り声を上げる。
ライトが反射した両目がギラリと光り、ここに来たばかりの僕だったら回れ右して逃げただろう。
しかし、一瞬とはいえ灯りの下で見てしまった姿が瞼に浮かび、どうしても引き返す事が出来なくなる。
僕はゆっくりと、一歩一歩その子に近づく。
今度はその子は逃げない。
逃げずに僕を威嚇し続ける。
やがて、あと2メートルで触れる事ができる距離まで近づくと、威嚇していた子が牙を剥くのが見て取れた。
そして、その距離になって、目が慣れた事により、ようやく僕はその子が逃げ出さなかった理由に気が付くのだ。
「……子供が2人……?」
獣の耳と尻尾を持ち、ボロボロの布を体に纏わせた小さな子供は、地面に横たわってピクリとも動かないもう1人の子供を守るように立っていた──。
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