第8話 何事も先行投資は必要です

「えーと、後は携帯保存食に水筒かな? 魔法瓶のやつ。流石にもう温い飲み物は勘弁して欲しいからね。とりあえずはこれでいいか」


 ネットショッピングのページを開き、一つ一つをクリックした後に注文完了した僕は、一息ついて机の上に出していたコップに手を伸ばす。


 この狭間の世界に飛ばされてから既に一週間が経過していた。


 実は寝て覚めたら元の世界に戻っている──なんていう都合のいい事も考えたりもしていたのだけど、現実はそうそう甘くないらしく、起きた後も窓の外は荒野が広がるばかりだった。


 まあ、恐ろしく濃い初日を体験し、粗方色々なことを覚悟していたので実はそれほどショックだったという訳もなく、「しょうがない。やるか」程度の気持ちでしかなかったんだけどね。


 そんな訳で、僕はこの世界で生きていくために日々必要な物を購入しては外で活動する……という生活を送っている。

 勿論、以前のような丸腰で外に出るような真似はしない。

 

 ネットショップで購入したマチェットナイフにプロテクター。それから防刃シャツに耐刃創手袋を装備して、更にはガスバーナーと爆竹、エアガンに金属製の弾も準備した。

 色んな物を購入したせいで貯金はアッという間に半分まで減ってしまって、このまま無収入だった場合一ヶ月で積んでしまう状況だけど、何事も先行投資は必要なのだ。

 むしろ、ここでケチって命を落としたほうがバカのやるものだとうものだろう。


 ちなみに、ここまで健一の助けはあまり借りていないので、文句の電話もかからず静かなものだった。

 何しろ、元々僕は買い物を通販で済ましてしまう事が多かったから、配達の人も迷いなく届いた荷物を宅配ボックスに入れてくれる。

 

 ボックス自体それほど大きいものじゃないから購入の際には大きさを確認しなければいけないけど、それさえ気をつけておけば健一の助けを借りなくても荷物のやり取りが出来てしまうのだ。

 非常に便利な世の中になったと言わざるを得ない。


「さて、今日もまずは密林に行って木材の調達かな」


 僕は全身をガッチリと固めてマチェットを担ぐと玄関に向かう。

 今回購入して既に使い始めているこのマチェットは、刃の反対側がのこぎりになっているタイプで、細い木の枝だったら切り落とすことが出来る。

 

 「だったら、普通の鋸でいいんじゃ?」となるかもしれないけど、あの密林には非常に高確率で“もしも”の自体が起きるのである。

 その際にこうした武器が無いととてもじゃないけど対応できないのだ。

 まあ、大抵の場合はガスバーナーかエアガンで何とか追い払えているんだけど。


 こうして僕は密林に繰り出すと、倒木や枯れ木を中心に木材を採取する。

 ついでに木の実やキノコもリュックに入れると、鼻歌を歌いつつ部屋へともどる。

 どうやら今日は日だったらしく、獣に襲われる事なく帰宅出来た。

 

 そして、今度は窓の外に出ると密林から取ってきた木材の加工を始める。

 作っているのは看板だ。

 ちなみに、荒野側の部屋の周囲には危険な生物──そもそも生物自体がいないのだけど──がいないので、窓からでてスグの場所はある意味工作部屋のようになっている。


 流石に部屋の中で木材加工をするのは気が引けたので外で始めたのだが、コードリールで電気を引っ張り、組み立て式のアルミパイプとシーツを組み合わせた簡易的なテントで日光を防ぐ。

 そして、その中にテーブルを置いて扇風機を設置して暑さ対策も万全とは言えないながらもましにはなっている。


 ……流石に少し無駄遣いをしたかなという気持ちはあったけど、人間何事も妥協してはいけない。

 僕は早速作業場に密林から持ち込んだ倒木を運び込むと、電動丸鋸で板と棒へと切り分けていく。

 

 最後に棒と板を釘で打ち付けて、スプレーで矢印を書けば完成だ。

 最初は文字を書く事も考えたのだけど、もしもこの世界に知的生命体がいたとしても、日本語を読むことはできないだろう。

 だったら、最初から記号で表示したほうがいいという考えだった。

 最も、記号でさえも理解されるかという懸念はあったが。


「さて、今日は何処まで持っていこうかな」


 僕はタオルで汗を拭きながらエアコンの効いた自室まで戻ると、机の上にを広げる。

 これはこの一週間で作成した自宅周りの荒野の地図で、看板に数字を書く事で場所がわかるようにしたものだった。


「確か昨日はポイント9まで行ったんだよな。なら、今日は10番と11番の看板持って行くか。まだ日帰りで行けるかな? うーん。一応テントも持っていこう」


 僕は地図上に線を引いて位置を確認すると、荒野探索グッズを持って外に出る。

 当然、方位磁石も必需品だ。これとこれまで立てた看板をたどれば迷わず戻ってこられるという寸法だった。


「それにしても、もう結構探索も進んでいると思うんだけどなぁ……。人どころか生き物もいないのってどうなのよ。人間が暮らしていた形跡もないし。やっぱりここって死の大地なのかね」


 リュックを背負い、看板を背負うと死の大地を進みゆく。

 ひょっとしたら、先に密林の探索を進めた方が知的生命体に遭遇する確率が高いような気がしてきた。


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