第7話 死の大地に繰り出そう

 現在洗面所の鏡の前には1人の不審者が立っている。

 

 黒いフルフェイスヘルメットにライダージャケットにジーパン姿。

 背中にはリュックサックに右手に木刀。

 どう見ても不審者以外の何者でもありません。


「うん。捨てないで取っておいて良かったな。こんな時に物を捨てられない僕の性格が役にたつとは思わなかったな」


 この怪しさ満点の格好をしているのはもちろん僕だ。

 こんなものを持っている理由としては、嘗てバイクに乗っていたからなのだけど、現在僕の愛車は埃を被って実家の片隅でアンティークとなっているだろう。

 当然、エンジンなどかかるはずもない。


 とはいえ、これから未知の世界に脚を踏み出そうというのに何の対策もせずに飛び出すような愚行を繰り返す僕ではないのだ。

 僕は右手の木刀を軽く振りかざすと、窓に向かってぴたりと止める。


「うん。いきなり密林がダメだったんだって。猛獣やら病原菌やら沢山いるに決まってるもんね。今の時代は死の大地だよ。世界の終わりだよ。だって世界の終わりだよ? 生き物なんかいるはずないもんね!」

「…………」


 何か僕の発言の終わりに別の存在の息吹を感じたような気がするけど、僕は気にしない。

 ともかく、今回の目的は今後生活するためにも何かしら売れる物を回収しなけれればいけないのだ。

 もちろん、いきなりそんなにうまくいくわけないから、今日に関しては偵察だけど、あわよくば知的生命体の遭遇に期待している僕もいる。


「よし! じゃあ、出発だ!」


 気合を入れると、僕は玄関から靴を持ってきて窓に向かって歩きだした。



◇◇◇



「って、暑いんじゃああああ!!」


 僕はヘルメットを地面に投げつけると、その場に座り込む。

 って言うか、本当に暑い! びっくりするほど暑い!

 たしかに今は夏だけど、それでも40℃は絶対に超えている。湿気がないのがせめてもの救いではあるけど、水が全くないカラカラの大地に湿気なんてあるはずないよね!


「……ああ。ジャケット脱ぎたい。でも、もしも変な奴に襲われたら今度は無事じゃすまないかもしれないしなぁ……」


 僕は寝転がるように後方を確認する。そこには辛うじて目視できる位置に鎮座する我が部屋が見えた。

 

「一応水は持ってきたけどさ……。こりゃ、本当に不毛かも知れないよねぇ……。って、ぬるっ!」


 口に含んだとたん生ぬるい水が流れ込んできて思わず吹き出しそうになってしまうが、大事な水だ。何とか噴出さずに喉の奥に押し込んだ。


「それにしても見事に何もないな。死の大地は名前の通り本当に死の大地だったよ。水も植物もないし、水と植物がないから動物もいない。大地はカサカサでひび割れてるし、かと言って珍しい鉱石が落ちているわけでもない。天気だけはいいけど降り注ぐ紫外線は容赦なく僕を攻撃してくるし……。やばいなぁ……これって、やっぱり密林を開拓しないとダメなパターンかな?」


 これでも家がギリギリ見える範囲まで歩いてきたあとに、ぐるりと円を描くように一周してみたのだ。

 それでも、見わたす限りの荒野はまったくもって荒野でしかなく、目印になるのが自宅しかないという恐ろしい結果に終わった。


 ちなみに、窓から出た後に玄関の方に回ってみたんだけど、玄関のあるはずの場所は見事に壁しかなかった。

 やっぱり、外への出口が面している部分しか異世界の出入り口はないっぽい。

 そうなると、この荒野に来るためには窓から出入りする必要があるわけだ。


「とは言っても、ここまで何も無いと果たしてこの世界にくる必要性があるのか……」


 一応、この世界にも管理する神様がいるという話だったから、世界そのものが死滅している……というわけではないと思う。

 いや、よく考えたら密林だって人間が暮らせるような環境ではなかった事を考えると、敢えて人の目がつかないような場所に転移させた可能性があるな。

 何しろ、あの女神たちにとっては自分たちの管轄する世界に僕の部屋が接していればいいわけで、積極的に現地人に関わらせたいわけではないだろうから。


「待てよ? そう考えれば、ここはこちらから探すよりも見つけてもらうのも手ではないか?」


 言ってみればSOS信号のようなものである。

 僕は1人頷くと木刀を持って立ち上がり、手にした木刀を地面に突き刺す。

 そして、丁度近くに転がっていたこぶし大の石を拾い上げると、それをハンマーの代わりにして木刀の柄に打ち付けていく。


 やがて、10cmほど地面に木刀が埋まった所で石を放り投げると、ジャケトットを脱ぐ。

 脱いだ瞬間むわっとした汗の湿った空気が解放されるが、いちいちそんな事を構っている僕ではない。

 

 そのまま中に来ていた「サービス残業中」とプリントされたTシャツを脱いで腕の部分を貫通するように木刀にかけると、上の袖の部分を縛り付けた。


「とはいえ、汗でびっしょりの上に風が全く吹いてないからただ垂れ下がった布だこれ」


 木刀に纏わり着くように垂れ下がった状態ではとても目印になるとは思えない。

 僕は少し考えたあとにリュックの中から一本の紐を取り出して、Tシャツの裾を纏めて縛り付けると、さっき投げ捨てた石に縛り付けて固定した。


「うん。一応旗に見えない事はないな。下に向かって垂れ下がってるけど、旗だと思ってみれば旗なんだって。「サービス残業中」の文字も「サービス」しか見えないけど、寧ろ好印象だってこれ」


 僕は満足してうんうんと頷き、仕上げの為にリュックからマジックペンを取り出すと、Tシャツの文字の下に部屋に向かって大きな矢印を書いた。

 これで、あっちの方向に何かあるよ。と、見る人が見ればわかるだろう。

 多分。


「うん。これで大丈夫だな。何かこの先になんかのサービス施設があるような標識になっちゃったけど、間違いじゃないよ。だってサービスするし。来てくれた人が望んだサービスじゃなかったとしても、僕にとってのサービスならサービスなんだし。とりあえず、こうした標識を少しずつ増やしていけば、見つけてくれる人もきっといるよね。目印にもなるから迷子防止にもなるしちょうどいいよね。あ、テントってあったかな?」


 少なくとも危険生物がいなかった事で探検という意味では密林よりは難易度が下がったとも言える。

 僕はちょっとした日課が増えたことに満足し、とりあえず今日の探索は切り上げて帰宅することにした。


 

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