第6話 さあ交渉を始めよう

『は? 仕事とかわけわかんねぇんだけど。そもそも、面倒臭い事はゴメンだぞ』

「まあそうなるよね」


 予想通りの答えに僕は声のトーンを変える。


「実は、色々と確認してもらったのは、今僕がそっちに帰れない状況になってるからなんだ。で、その状況を打破するためにも外で色々動いてくれる人が必要なの」

『おいおい。物騒な話になったなぁ……。まさか、捕まって留置所にいるとかいう話じゃないよな?』

「どうして最初に出てくる感想がそれなのさ」


 健一のセリフに僕は苦笑する。

 あいつはこの僕が何か犯罪を犯すような人間に見えるのだろうか?


「留置所に入っていたらそもそも電話なんか出来るわけないでしょ? 簡単に説明すると誘拐というか監禁というか……いや、どちらかといえば軟禁かな?」


 一応には出られるし、日本に帰れないという事以外では自由に行動できるので大きく間違ってはいないだろう。


『もっと物騒じゃねぇかよ! おい。今お前がいる場所は大丈夫なんだろうな? 警察に連絡したほうが──』

「いやぁ……。警察じゃどうにも出来ないと思うんだよね。それに、一応外にさえ出なければ危険じゃないよ。ただ、今後生活していく事を考えると、僕一人じゃどうにもならなくて」

『……嘘や冗談で言ってるんじゃないんだよな?』

「ヤだな。こんな事を嘘や冗談で言ってどうするの」


 これが嘘や冗談だったらどんなに良かったか。

 僕は自分のお腹を摩りながら溜息をつく。

 どの道終わっていたかもしれない人生が繋がったのだ。何を利用してでも生き残るつもりだった。

 少なくとも、あの時僕を無視しまくった女神にビンタの一つもくれてやらなければ溜飲が下がりそうもない。


『わかった。今は冗談じゃないと信じて協力しよう。で、俺は何をすればいい?』

「ありがとう。友よ」


 本当に困った時に助けになってくれるのが本当の友だという。

 そういう意味では非常に感謝すべき存在だった。

 果たして僕が健一と同じ状況になったら同じように引き受けるだろうか?

 

 ……いや、今はとりあえず感謝の気持ちを持って頼む事は頼まなければ。


「まずやってもらいたいのは、僕とルームシェアをするって名目でその部屋に引っ越してきてもらいたいんだよね」

『はあ? 何でそんな事しなきゃならねぇんだよ。ふざけんな』


 ふざけんなはこっちのセリフだ。さっきの感動を返せ。

 思わず前言撤回をしてしまいたい衝動にかられたけど、ここで引くわけにもいかない。


「頼むよ。これはこれから話す話にも関係することなんだけど、僕がその場所に定住しているっていう状況にしとかないと色々不都合が出るんだよ。そのためにも、その家に誰かにいてもらわないと色々と面倒なことになるんだよね」


 例えば電気や水道。もしも僕が家賃も払わず住んでいないという事がバレてしまった場合、契約を解除されてしまう可能性が高い。

 そうなった場合、この部屋のライフラインが途絶してしまうだろう。


『っつってもよぉ……今の俺は実家暮らしだぜ? バイトもしてねぇし、これからひとり暮らしってなったら金も必要じゃねえかよ。嫌だぜ? バイトとか』

「そこで、さっき頼んだ仕事の話になるんだよ」


 健一はぐずっているが、僕からすればようやく本題に入れるというものだ。

 僕は前のめりになるとまるで内緒話でもするようにスマホを当てた口元を左手で隠しながら話す。


「まずその話をする前に確認してほしいことがあるんだ。その部屋に入る前に宅配ボックスが置いてあっただろう? その中身を見て欲しい」

『宅配ボックス? ああ、あの箱みたいな入れもんか。何が入ってるんだ?』

「まあ、それは開けてからのお楽しみって事で」


 僕のこれまでの話で相当疑問を持っているだろうに、健一は黙って移動してくれる。

 ガチャガチャと音が聞こえるから外に出たのだろう。

 やがて、ゴソゴソとした音の後に声が返ってきた。


『何か千円が入ってたぞ』


 その言葉に僕は思わずガッツポーズをしてしまう。

 これで、あっちの世界とこっちの世界の物理的な繋がりが確保できた。


「それはとりあえず今日協力してくれたお礼として取っておいて。で、これから健一にやってほしい事なんだけど──」


 僕は耳にスマホを当てながらベッドから机に移動すると、さっきネットニュースを見るために着けていたパソコンのWEB画面を自分のネットバンキングのトップページに切り替える。


「今後その宅配ボックスを使って物のやり取りをしたいんだ。僕が欲しいものを入れてもらうのは勿論だけど、こっちでもネット環境はあるから宅配便の荷物なんかもね。後はこっちからもそっちに何かしらの物をその宅配ボックスに入れておくから、健一にはそれをオークションなりディスカウントストアなりで売って欲しい。で、その売却額の半分を報酬として払うよ」

『半分? 本当か?』

「うん。本当。最も、そこまで高価なものが送れるかは今の所わからないけど。それで、残りの半分を僕の口座に入れておいて欲しいんだ。その口座から家賃も光熱費も引き落とされる事になってるから」


 僕はネットバンキングの口座の残高を見る。

 とりあえず2ヶ月は無収入でもなんとかなりそうだ。

 もっとも、これは今月のバイト代がちゃんと振り込まれれば……だけど。

 こっちに関しては退職する事を電話で伝えるしかないだろう。


「カードはこの後改めて宅配ボックスに送っておくよ。暗証番号はメールでいいとして……ここまでで何か聞きたい事はあるかな?」

『……カードとか。いいのかよ? 俺にそんな大事なもの預けてよ?』

「今の僕にはどうにも出来ないからね。それに、現時点では盗まれた所でそこまで大きなダメージを受けないくらいの金額しか入ってないし。勿論、僕から売れるものが送られて来なくなったら遠慮なく出て行ってもらっていいよ。食費だけは申し訳ないけどそっち持ちになるけど」

『別にいいさ。最悪飯は家に帰って食えばいいしな。ただ、この部屋で生活してお前から送られてきたものを売ってればいいんだろう? それくらいならしてやるさ』

「ありがとう。本当に助かったよ」


 健一の言葉に僕はようやく安心して椅子の背もたれに背を預ける。

 ちょっと前に犬もどきに殺されかけたときはどうなるかと思ったけど、やりようによってはなんとかなるかもしれない。


『最後にひとつ聞いときたいんだけど』


 そんな僕の耳に、随分と真剣みを帯びた健一の声を聞こえてくる。


『今お前がいる場所は本当に安全なんだな?』

「うん。絶対に安全な場所だよ」

『わかった。なんかあったらすぐに電話しろよ?』

「了解。それじゃあ、カードはすぐに送るから、回収ヨロシク」


 その後お互い別れの挨拶を交わし、電話を切ると立ち上がる。

 これであちらとのやり取りは何とかなった。


「後はこっちの世界の確認かな。……はあ、気が重いな」


 外にさえ出なければ安全な部屋。

 しかし、生活費を稼ぐ為には結局外に出る必要はあるのだ。


「全く。どこが安全なんだか」


 自分で言ったセリフに文句を言いつつ、僕は財布の中から銀行のカードを抜いた。


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