第5話 お互いすり合わせを行おう

 何やらグダグダと文句を言っていた健一だったが、結局は僕の頼みを聞いて僕の自宅に向かってくれることになった。

 まあ、行った所で僕がここにいる以上日本の自宅に僕がいるはずがないのだけれど、色々と確認したいことがあったので、健一の行動は僕にとっては必要な事だった。


 さて、それまでの間に僕はもう一つ確認しないといけない事があるので、その為の行動をしなければならない。

 本当は絶対にやりたくないことだけど、健一にばかり面倒な事をやらせるわけにもいかないだろう。


 僕は血まみれの玄関まで歩を進めると、恐る恐るドアスコープを覗き込む。

 少なくともスコープ越しに見た景色では先ほどの獣はいないようだが、念の為にチェーンロックを落としてソっとドアを開けてみる。


 隙間が空いた瞬間「ガウガウッ!」と鼻面が押し込められることもなく開いたドアの周辺にとりあえずは獣はいないらしい。

 僕はそれを確認すると素早くチェーンロックを外すと外に出してあった宅配ボックスを引き寄せて再びチェーンロックを落とした。


 宅配ボックスを開けると当然の事ながら中身は空だった。

 そこで僕は一度寝室に戻ると財布を持ってきて宅配ボックスの中に千円を入れて再び外に出しておいた。


 ……これだけの行動で随分と神経をすり減らしてしまった。

 まあ、さっき片足を食われてしまったばかりなのだから当然だけど、もしもこれがうまくいけばこの世界でも何とかやっていけるかもしれない。

 後は、あの宅配ボックスがこの部屋の付属品扱いされるかどうかだけだ。


 そんな事をしながら何とか寝室に戻って一息ついている所で、スマホから軽快なメロディーが流れてきた。

 画面を見ると健一の名前。どうやら、無事に日本の僕の自宅についたらしい。

 僕はスマホをフリックすると耳に当てた。


「ほーい」

『おお。家に着いたぞ。っていうか、さっきからインターホン鳴らしてんだからさっさとでろや』

「うーん。そうしたいのはやまやまなんだけど、出られないんだよねぇ」

 

 そもそも、インターホンさえなっていない。


『はあ? じゃあ、何でここまでこさせたんだよ? 用もないのに呼び出すとか、お前どこぞの大王か何かか?』

「いや、用がないわけじゃないんだよ。確かめて欲しい事があるだけで。とりあえず、玄関から左に回って壁際についてる電気メーター確認して欲しいんだけど」

『はあ? 何でだよ?』

「いいからいいから。頼むよ」

『ったく。しょうがねーなぁ』


 文句を言いながらも結局はやってくれる健一は便利……もとい、とてもいいやつだ。

 やがてメーターの場所についたのか、電話越しにガタガタと音がした後に声が聞こえてくる。


『見たぞ』

「見ただけじゃダメでしょ。どう? 回ってる?」

『あ? ああ、そりゃ使ってるんだから回ってるに決まってんだろ』


 なる程。

 後は中を確認してもらわないと何とも言えないけど、こっちの電気使用料があちら側に行っている可能性が高くなったぞ。

 後は……。


「じゃあ、今度は反対側の庭の方に回ってもらって、水道の元栓締めてくれる?」

『おいおい。本当にお前はなにをやっているんだよ?』

「まあまあ。ちょっとした確認だよ。最後まで付き合ってくれたらちゃんとお礼するからさ」

『はあ……マジ頼むぜ?』


 移動する健一に合わせるように僕も台所へと移動すると、水道の蛇口の前にスタンバる。

 やがて、電話を地面においたような音と、何やらゴソゴソと探る音、変にハアハアを息を荒げるような音がしたあと、少し疲れたような声の健一の声が聞こえてきた。


『……回したぞ。これ思ったより硬かったんだけど』

「そう。ご苦労様。ちょっと待っててね」

『おい。お前それだけかよ』


 健一が何やら文句を言っているようだけど、僕は気にせず蛇口を回す。

 すると、予想通り蛇口からは数滴水滴が落ちてきただけで、さっきまでのように水が勢いよく出ることは無かった。


「よし。どうやら予想通りだ。健一。これで最後のお願いだ。郵便ポストの中の上の部分に部屋の合鍵が貼り付けてあるから、それ使って中に入ってきてくれる?」

『ようやくかよ。これでつまらんものを寄越してきたら許さんからな』

「それは大丈夫。いいから元栓を元に戻して部屋に入ってきてよ」

『はあ……。またこれ回すのかよ……』


 先ほどと同じようにブツブツ言いながら健一は行動を起こしてくれる。

 やがて、元栓も元に戻ったのか、歩行音とポストを弄る金属音が携帯を通して聞こえてきて、最後にドアノブを開ける音が伝わってくる。


 その間に僕は玄関まで移動してその様子を見ていたけれど、そのドアが開けられる事は無かった。


『……なんだこりゃ……』


 やがて聴こえてくるのは放けたような健一の声。

 僕は半ばその理由に気がつきながらも、それでも健一に状況を聞く。


「健一。中はどうなっていた?」

『……何もねぇ。何にもだ。部屋の中は空っぽのもぬけの殻。お前一体何処にいるんだよ? この部屋の中から電話をかけて来たんじゃないのか? いや、そもそも電化製品も何もない状況でどうしてメーターが回ってたんだ?」


 健一の声を聞きながら、僕は自分の予想が当たっていた事を実感する。

 それは、この世界が現実で、夢ではなかったという失望も多少はあったけど、それ以上に今後の生活についてやりようによってはなんとかなるという事に気がついたからだ。


 あの時の自称──いや、ここまでの事が出来るのだからあの女の子は本当に女神かそれに準ずる者だったのだろう。その女神が言っていた。“加護を与えるために3人の神の管轄する狭間の世界に連れてきた”と。つまり、この世界に連れてこないとスキルとやらを与える事が出来なかった神たちは、今回の対象者である“部屋”の代わりを日本に残して、“部屋本人”と付属品をそっくりそのまま此方の世界に持ってきたと考えられる。そして、あくまで部屋の中にあるものだけが付属品として考えられているのだとしたら、部屋の外にくっついてきてしまった宅配ボックスはある意味付属品として外れているのではないだろうか?


「わかった。健一ありがとう。そこで相談なんだけど──」


 僕は寝室に戻りベッドに腰を下ろすと、少しだけ人心地付いた気分で健一に告げる。


「──一つ、僕の為に仕事を頼まれてくれないだろうか」


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