第2章

 ◆ ◆ ◆


 声が、聞こえる。

 言い争う声が、諍いの声が。

 そして、どこか寂しげな声が。


 ◆ ◆ ◆


 あれから、いつもと変わらぬ日々を過ごしていた。

 依頼を受けて、それをこなす。

 今日もそんな日常が待っていると思っていた。あの依頼を聞くまでは。

 その日三人はいつものようにジャックの元に来ていた。暮らしのため、依頼を受けなくてはいけないからだ。

 ギルドの経営する酒場に入ると、脇目も振らずにジャックのいるカウンターに進んだ。

「やあ、ジャック、おはよう」

「おはよう、三人とも」

 ジャックは闊達に笑う。真っ白な歯がまぶしかった。

「何か依頼は来てるかい?」

「おう、ちょっと待ちな」

 そう言ってジャックは手元をゴソゴソと漁りだした。依頼の手紙のようなものが書類の合間にちらつく。

「お、あったあった……これだ」

 一通の封筒をこちらに差し出す。少し黄ばんだ、しかし丁寧な字で宛名が綴られ封蝋が施された封筒だった。

 ハミルが封筒を受け取るとジャックは話し出す。

「はずれの村からの依頼だ。なんでも村一番の大きな屋敷の周辺でここ数日不審な人物が現れるようになったらしい。その上そいつが現れてから村に魔物が多く出現し悪さをするようになって手を焼いてるみたいでな、その怪しい人物の調査と魔物退治が依頼された。

 なるほど、と頷く。

「他に情報は?」

「そうだな……ええと、お、不審な人物についての情報があるぞ」

 走り書きのメモに目を通しながらジャックは言った。

「金髪に緑の目、耳は少し尖っていて一見人間のようらしい。そしてその右手には十字に切り裂かれ引き攣れたような傷が残っていたそうだ」

 最後の一文を聞いてハミルは目を見開いた。

「十字のような……傷?」

「ああ、それがどうかしたか?」

 ジャックも、キアラとエレンすらも胡乱げでハミルの様子に要領を得ないようだった。

 しかし、ハミルはそんな周りの様子を気にかけるほどの余裕はないようだった。いつもの冷静な彼らしくない。

「ごめん、ジャック少し外すね」

「ハミル!?」

 ハミルはそれだけを告げてずんずんと進んで出て行ってしまった。

「ごめんなさい、ジャック。追いかけてくるわ」

 エレン、それどころかキアラさえも動揺を隠せないと言った様子だ。

「ああ、行っておいで」

 そんな二人を落ち着かせるためにも優しく語りかける。

 その言葉に突き動かされるように二人はまろびかけながら走りだした。

 誰もいなくなったカウンターで古ぼけた封筒を手遊びながらひとりごちる。

「……ハミルのあんな顔、初めて見たな」

 それなりに長い付き合いのはずなのに。

 ……まあ、何があったにしても俺は変わらず接するだけだがな。

 誰に対しても公平に、寛大に。それがギルド長の務めだろうから。



 ♢ ♢ ♢



 酒場を出て少ししたところにハミルはいた。

「突然、どうしたの」

 雑踏の中俯き加減で佇むハミルにエレンは声をかける。

 そんな問いかけにハミルは俯いたままボソボソと応えた。

「不審な人物の情報を聞いて、先生を……先生の仇を思い出したんだ」

「え……?」

「先生が亡くなった数日前、夜中の教会から言い争う声が聞こえて、思わず覗いてしまったんだ」


 ◆ ◆ ◆


 その日はどうにも寝付けなくて、書庫で本を読んでいた。

 そろそろ流石に眠ろうかと自室に戻ろうとした時、声が聞こえたのだ、それも敵意に満ちた先生の声が。そんな先生の声聞いたことがなかった。だからどうしても気になった。

 声の聞こえた教会の方に足音を忍ばせ近づきこっそり覗くと、先生と若い男が言い争っていた。

 男の髪は月光を弾いて金色に輝き、その容姿は人のものとは思えないくらい美しかった。しかしどこかそら恐ろしかった。

 そんな美しい顔を醜く歪めて、男は先生にすごい剣幕でまくしたて一触即発の雰囲気を纏っていた。

 そんな男にすこし切羽詰まった表情の先生が応戦する。

 まさに先生に降りかかろうとしていた男の右腕に閃光が走り亀裂が入って鮮血が飛び散った。

 その腕を抑え、男は先生に何かを言い残すとふっとかき消えた。

 男が消えた後、先生は悩ましげに頭を抑えていた。

 その様子は何か胸をざわつかせたのだった。


 ◆ ◆ ◆


「それから数日後、先生は亡くなった。あの時先生に直接お別れを言えなかっただろう。他のシスターの噂話を聞く限りでは見るも無残な姿で亡くなっていて子供達には見せることができなかったかららしいんだ」

 つまり先生が亡くなったのは事故でも、病気でもなく。

「きっとあの男が先生を殺したんだ。そして今回の依頼はきっと、あの男が絡んでくる」

 二人にはずっと黙っててごめん。でも、先生の死について、本当のことを二人に言うのは早いかと思ったんだ。とハミルは謝る。

「そんなことが……」

「知らなかったわ……ただ私は悲しくて、他のことになんて思いが向かなかったもの」

 神妙な面持ちで二人は呟く。

 そしてはっきりと思いを告げる。

「そんな大変なこと抱え込んでいたのに、気づかなくてごめんなさい」

「えっいやこれは俺が勝手に隠してただけだし……!」

「いや、それに気づけなかった僕たちにも非はある。すまなかった」

「えぇ……謝らないでくれよぉ……」

 さっきまでの真剣な面持ちはどこへやら、ハミルはいつも通りのヘタレっぷりを発揮していた。

 そんな様子に二人はクスクスと笑う。

「やっぱりハミルはそうじゃなきゃ! 真剣な表情とか思いつめた顔なんて似合わないわ」

「これからはその思いも、憎しみも僕たちに分けてくれ。これまでは頼りなかったかもしれないけど、今は一緒に背負えるから……一人で抱え込まないでくれ」

 いつのまにこの二人はこんなに成長していたのだろう。年上だからしっかりしなくちゃ、二人を僕が守らなきゃ。と幼心に定めてからずっと、ちゃんと二人のことを俺は見てなかったのかもしれない。だめだな、お兄ちゃん失格だ。

「ありがとう、二人とも」

 いつもどこか胸につっかえていたことを打ち明けられて気持ちが軽くなった。

「で、どうするんだ。今回の依頼は」

「今回は……」

 もし本当にあいつが絡んでいるなら、もう二度と見つけることができるかはわからない。たとえ罠だとしてもこの機会を逃したくないのが本音だ。

 だが、圧倒的に実力不足だろう。対峙するには時期尚早というのが現実だ。ここはやはり断るべき……

「私は、受けたい。先生の仇、ってだけじゃない。先生とか、私たちみたいな思いをする人を少しでも減らしたい。だから受けたい、例え危険だとしても」

 だってそんな思いで私達はシャサールになったんでしょう? 志を違えちゃいけない、曲げちゃだめ。とエレンは言う。

 キアラも同じように思っているようだった。

 なら本心はみんな一緒だ、断る理由はない。

「受けよう、でももしあいつが絡んでいるなら確実に実力不足だ。できる限りの万全の準備で臨もう」

「ええ!」

「勿論だ」



 酒場に戻って、飛び出してしまったことを詫びると改めて三人はジャックに言った。

「ジャック、受けるよこの依頼」

 その顔は晴れやかで、決意に満ちていた。

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