第3話 東京という言葉を死語に

 驚くべきことに、地方の必死の奮闘と前例なき政府の協力、それを後押しするメディア、ネットの論調、さらに何故か反対を唱えない野党の態度により、東京分割案は正式に採用された。


 歴代最後となる東京都知事の感想は、「国民の総意として、しっかりと受け止めたいと思います」の一言だけだった。敗軍の将勇を語らずということか。


 今から思えば、この都知事を始め、抵抗すべき立場の都民が、事態を傍観し、デモひとつ起こさなかったことが、最大の敗因だった。私もそうだが、そんな馬鹿なことが本当に起きるとは、到底思えなかったから仕方がない。



 これで、目出度く(?)東京都は解散され、他の46道府県に組み込まれることになる。もちろん、独立騒動に参加しなかった他府県は、市部、郡部、島嶼部など、あまりおいしくない場所になる。



 どの場所をどこがとるかでいろいろと揉めたようだが、言い出しっぺの秋田県は、最大の人口を誇る世田谷区を編入。私は、秋田県世田谷市の職員として、人生を再スタートすることになった。


 広大な地域を維持する必要のある北海道は、新制度で税収が最大となる千代田区をもらいうけた。財政的には大成功だが、法人が多い割に住民が少なく、市としてはぎりぎりなので、千代田区を統合しても、人口的には、一年間の人口減少分を補うだけにすぎない。 



 東京都の自治体の数は46より多いので、人口の少ない島嶼部などは、まとめて静岡県が引き受けた。島嶼部だけでは、うまみがないので稲城市も付けた。


 奥多摩地域と町田市は、それぞれ地続きの山梨と神奈川に編入。羽村市と西多摩郡瑞穂町も地続きの埼玉県。



 経済の落ち込みが比較的少ない愛知県と、人口が減っていない沖縄県は、それぞれ人口の少ない国立市と狛江市。沖縄県など、管理が面倒だから要らないという県もいくつかあったが、不公平がないように(あの時もらえなかったなどと、後でごねられても困るので)、無理矢理引き受けてもらった。



 できるだけ東京という名前は使わないようにとのことなので、代わりに南武蔵という呼称が推奨された。武蔵の国は、東京、埼玉、神奈川東部の一部を合わせた場所で、たしかに東京は南武蔵といえる。



 まとめると、下記の通り。



千代田区 北海道札幌市千代田区


(人口が少なく市の条件である五万人以上を満たせなくなる可能性から、札幌市のひとつの区とした。区の呼称は残るが、これまでのような特別区ではないので、市税はすべて札幌市のものとなる。区長の発言は失敗だったことになる)


中央区 青森県南武蔵郡を新たに設け、一戸いちのへ町から五戸いつのへ町に五分割。


(中央市では青森県の中心部のような誤解を招く。旧東京都民全体の意気を挫く狙いもあって、町に格下げ。これで青森には一戸から八戸まで揃う)


港区  長崎県武蔵港市


(港の多い長崎県で港市では混乱を招くため武蔵を付けた) 


新宿区 島根県新宿市


文京区 福井県文京市


台東区 鹿児島県台東市


墨田区 石川県墨田市


江東区 長野県江東市


品川区 徳島県品川市


目黒区 宮崎県日向目黒市


(日向のせいで九州にあるように思えるのに、あえて付けたのは一種の征服心ということのようだ)


大田区 佐賀県太田市


(太という字を使ったほうがわかりやすいという理由)


世田谷区 秋田県世田谷市


渋谷区 愛媛県渋谷市


中野区 富山県中野ブロードウェイ市


(以前、愛知県で南セントレア市が誕生しそうになったが、住民の反対でとりやめ。今回は反対運動が起きなかった)


杉並区 奈良県杉並市


豊島区 福島県豊島市


北区  熊本県武蔵北市


(北市だけでは熊本の北部にあると誤解されるため)


荒川区 山形県荒川市


板橋区 香川県板橋市


練馬区 鳥取県練馬市


足立区 岩手県足立市


葛飾区 和歌山県葛飾市


江戸川区 鹿児島県江戸川市



八王子市 兵庫県八王子市


立川市 群馬県立川市


武蔵野市 岡山県武蔵野市


三鷹市 茨城県三鷹市


府中市 岐阜県府中市


昭島市、福生市 名称そのままで三重県に


調布市 大分県調布市


町田市 神奈川県町田市


(もともと神奈川に食い込んでいるような場所なので)


小金井市 広島県こがねい市


(読み方が紛らわしいのでひらがなに)


小平市 宮城県小平市


日野市 千葉県日野市


(千葉県は隣接する江戸川区が欲しいので、鹿児島県に南房総との交換を満ちかけたという噂)


東村山市 栃木県東村山市


国分寺市 山口県国分寺市


国立市 愛知県国立市


狛江市 沖縄県狛江市


清瀬市 滋賀県清瀬市


東久留米市 福岡県武蔵久留米市


(福岡にも久留米市があるので、東久留米のままでは久留米市の隣のように勘違いされるので武蔵に変えた。もともと久留米と呼ばれていた地域で、福岡の久留米との混同を避けるため、市制に伴い東を付けたのだが、同じ県になると、東程度では足りないということのようだ)


武蔵村山市、東大和市 合併して広島県武蔵大和市に


多摩市 大阪府浪速多摩市


(浪速多摩では、関西にあるように誤解しやすいが、その辺はジョークだとか)


稲城市、島嶼部 名称そのままで静岡県に


(どこも島嶼部を引き受けないので、地理的条件から静岡に)


西東京市 京都府東京都市


(紛らわしいが、とうきょうとしではなく、ひがしきょうとし。東京から見れば西だが、京都から見れば東にある。東京という言葉は使用しない方針なので注意を受けたが、東京という言葉なんぞ使っておりまへんだと)


羽村市、西多摩郡瑞穂町 合併して埼玉県羽村市に


あきる野市、青梅市、西多摩郡奥多摩町、日の出町、檜原村 名称そのままで山梨県に




 こうして東京都は消滅し、南武蔵は46道府県に分割されることとなった。


 これまで都が管理していた、消防や教育などは各道府県に分散され、東京都を管轄していた警視庁は都警察分を除かれ縮小。教員や警察は県採用だから、東京で働いてきた公務員でも、人事異動があれば、地方で働くことになる。


 行政の効率と治安の悪化は必至。市民生活もより不便になるが、陰謀論者の課長によると、東京を不便にすれば、地方が活性化するとの狙いがあるので、できるだけ不便なほうがいいらしい。



 東京都庁の大リストラも始まった。公務員は解雇しにくいが、ロシアとの共同事業であるシベリア鉱山開発公社に異動させられ、ほとんどというか、ほぼ全員が辞めたらしい。外貨獲得のため、鉱夫として働くという素晴らしい仕事だが、シベリア抑留は勘弁願いたいことのようだ。


 都庁庁舎から旧都庁職員が追放されると、新宿市役所になった。一市役所にしては、広すぎるので、旧新宿区役所とともにオフィスとして民間に貸し出すとのこと。




 東京名所も名称などに変更があった。



 長崎県武蔵港市にある東京タワーは、古い施設で、文化財的意味合いからそのまま東京タワーのまま(といっても正式名称は日本電波塔で単なる愛称)。東京スカイツリーは、石川県墨田市になって、兼六園の名物桜にちなみ、兼六チェリーツリーに変更。桜をイメージしたライトアップで、文字通り石川県の広告塔と化した。



 福井県文京市にある東京大学は、福井大学と統合し、福井大学南武蔵分校という看板が赤門に掲げられた。受験生が、福大に入るため猛勉強するとは思えず、偏差値の低下が予想される。


 同じく文京市の東京ドームは、愛称のBIG EGGが正式名となった。



 札幌市千代田区にある東京駅は、全国とのつながりが強いので、北海道や札幌のアピールに利用することは避けられ、南武蔵駅というのも画数が多く、しっくりこないという理由で却下。覚えやすいように赤レンガ駅となった。


 駅名変更に伴い、構内全体で大規模工事が行われた。その結果、売店や飲食店は半減。通路は無駄に長く細くなり、なかには乗り換えの際、一旦地階に降りてからまた地上に上がる必要があるなど、立体迷路と化した。わざと不便にしたのだ。



 それから、ドラマやヒット曲などでタイトルや歌詞に東京を含む作品は、テレビやラジオなどでとりあげられなくなった。


 いまや、東京という言葉は禁句なのだ。

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