第2話 知事達の反乱

 一道二十二県、日本国からの独立を検討。



 その日のトップニュースの見出しだ。


 ものものしいタイトルだが、特に驚きはなかった。



 数年前、人口流出と税収悪化に悩む地方の知事達は、<地方救済決死隊>なる連合を結成して、国に対してこれまで以上の強い支援を要求してきた。だが、衰退する地方を支えるだけの力が今の国にはなく、政府はのらりくらりとかわしてきた。そこへ先月、国から地方への交付金を大幅に減らすと、発表があった。


 業を煮やした地方救済決死隊は、国への最終通告のつもりで、無茶な要求を叩き付けたのだ。



 一道二十二県といえば、日本全国で47都道府県だから、日本の半分。東北や北海道など広い地域が大半なので、面積的には三分の二程度が別の国になるということだ。


 国からの独立などという暴挙が許されるはずもないが、もちろんただのポーズで、本気で考えているわけがない。あくまで地方交付金の減額に対する反対表明にすぎない。


 だが、首長達に無茶な行動をとらせるほど、地方が追いつめられていることは事実だ。


 国家財政も苦しい。交付金を減らしたのは、嫌がらせをしているわけではなく、本当に財源がないのだ。



 五輪後、建設関係の雇用が百万人減って、人口減少と相まって、不動産価格は大幅下落。


 年金支給年齢繰り上げと支給額減額で暮らしていけない高齢者が生活保護に。生活保護世帯が増えたので、生活保護支給額が下がり、消費税率アップで消費が減って、企業業績悪化の悪循環。税収は減る一方、歳出は増え続け、このままでは、全国が夕張と化すのではと噂されている。



 国全体がこの有様では、地方の貧困は目に余る。食べていけない層が急に増え、当てもないまま、東京に流れてくる。


 東北六県は、たった二年で三十万人以上が圏外に流出し、東日本大震災を越え、天保の大飢饉以来の危機だそうだ。


 四国も流出がひどく、ついこの間人口が四百万を切ったばかりなのに、すでに三百万時代が語られている。


 鹿児島県知事などは、ナイジェリアから移民百万人を受け入れるとSNSで冗談をつぶやき、住民が大反発。すぐに謝罪する事態に。 



 窮地に陥った地方の知事達が、独立を訴えても、やむをえない面もある。国から手をさしのべてもらうしか手段がないのだ。




 テレビで記者会見の様子が中継された。椅子に腰掛けた二十三人の首長達がずらっと横に並ぶ。


その中央には発起人で中心メンバー、秋田県の佐々木知事が、マイクに向かって訥訥と原稿を読み上げている。


「……地方の会社は、都会に本社のある優秀で、大きな会社に太刀打できず、どんどんつぶれ、それで仕事がなくなり、ますます人口が外に流出し、消費と働き手が減り、会社がつぶれていくという悪循環に陥っています。


 私達もやれることはすべてやってきました。それでも荒廃を止めるどころか、ますますひどくなる一方です。


 人と金が東京に向かいさえしなければ、貧しいながらもやっていけるかもしれない。いっそのこと、中央と縁を切り、弱者連合だけでやってほうが、死なずにすむのではないか。そんな思いから、同じ立場に立つ一道二十二県が集まり、やむをえず独立を検討するに至った次第です。


 ですが、それは私達の本意ではありません……」




 秋田県は、予想より三年早く人口が九十万を切った。ピーク時には135万人いたのだから、およそ三分の二にまで減ったということになる。


 元大学教授の知事は、人口問題解決を公約にして当選した。それが一向に解決のきざしはなく、悪化するばかりだった。最近では、地方の問題は地方では解決できないと主張するようになり、国への提言が多くなった。


 さらに、


「首都圏の業者に地方が収奪されている。地方の仕事やお金を奪うのは、どうか自粛して欲しい。する気がないなら、地方搾取罪を制定すべきだ」


 などと、一人勝ちする東京へも何かと口だしをしていた。




 知事の話が終わると、記者達の質問タイムとなった。


 最初の質問は、各知事に「一言お願いします」だそうだ。


 そのうちに、どこかの新聞社が、


「独立国を作るということは、テロリストによる国家分断と同じではないでしょうか」


 と非難するように尋ねた。


「いや、そのような意味ではありません。私達の窮地を理解していただくために過激な表現をしたのでありまして、その本意は……」


 そう岩手県知事が答えた。


 隣の白髪頭の知事が、


「あなたたち東京のメディアには、地方の大変さがわかってないんだ」と口を挟む。



「自分達の失策を、都会のせいにするのは筋違いではないでしょうか?」


 という質問に、秋田県知事は、珍しく激昂して言い放った。


「予算がない、予算がないというけれど、東京は潤ってるではないか。高いビルが一杯立っているし、人も多いし、大企業が星の数ほどある。


 国に予算がないなら、東京の予算を分けてほしい。いや、そんな程度じゃダメだ。東京そのものを分けて欲しい。23区もあるんだから、一つでいいから我が秋田県に欲しい。秋田だけじゃだめだ。東京全部を解体して、地方に分け与えるべきだ」



 知事は、自分の言ったことが面白かったのか、言い終わるとはにかんだ。ということは冗談のつもりのようだ。


 ところが、その場にいた他の知事達は、この発想に拍手喝采。


「いや、それはいい」


「さすが、佐々木さん」


「ちょうど二十三人いるのだから、一人一区もらえるな」


「そうだ、その手があった。それなら我々は日本に残れる」


「このやり方ですべてがうまくいく」


 などと自分勝手に発言している。


「いいアイデアだ。なあ、そうだろ?」と記者に尋ねる知事も。



 私は悪い冗談にとらえたが、ひとりの記者は真面目にとりあう。


「もし、東京の一部を編入できれば、独立を取り下げるということですか?」


「そう考えていただいて構いません」


 秋田県知事が真剣な表情で答えた。


「税収が増えて、県を立て直せますね」


「記者さんのおっしゃる通りです」



 その場の知事達は盛り上がったが、この提案を本気にする者は少なかった。だが、千代田区長がすぐに賛同の意を表明した。


 千代田区に限らず、23区のうち、税収の多い区は東京都に留まるより、地方の県の市となったほうが、得だからだ。


 名古屋や大阪などの大都市にも区はあるが、東京の場合は特別区で、単なる区割りではなく、独立した自治体だ。それなのに、市町村ほどの権限はない。



 財政的にも特殊で、都が徴収した住民税などの税収のうち55%を区に回すが、財政力に応じた配分なので、裕福な区は本来より受け取る額が少ないことになる。


 一般の市になれば、道府県支出金(県などから市町村に交付される財源)は期待できないにせよ、少なくとも市税は自分達の財源となるから、東京にいるより、どこかの県の市のほうがいい。



 我が世田谷も、区から市になれば、以前よりはるかに潤う計算になる。


 世田谷区は、ご存じの通り高級住宅街で有名だが、団地やアパートも多いので、人口は増え続け、23区最大の90万超。



 私が所属する都市デザイン課は、魅力的で快適な街づくりを目標に、道路や公共施設の整備、歴史的文化的背景を意識した街の景観をデザインし、区民との交流を深めるイベントを催すこともある。最近ではバリアフリーに対する取り組みを強化している。


 本庁の第三庁舎にあり、一階は世田谷総合支所として、区民の窓口となっている。



 翌日、出勤してすぐに、飯沼課長とこの件で話をした。


 課長は四十代半ばなので、私より一回り以上年上だ。小柄でロマンスグレーの長髪。民間企業で働いた後、中途で区に採用された。名門大学を出て、頭も切れる。白髪染めを使っていないのに、実年齢より若々しく感じるのは、動作がきびきびしているからだろう。



 この時点では私は、実現の可能性を全く受け入れていなかったので、


「課長、ついに世田谷市ですよ。財源増えますよ」と冗談ぽく言った。


 課長も同じ感じで、


「どこの県がいい?」


「愛媛なんかどうですか?」


「瀬戸内で温暖な気候か。いいねえ」


「みかんとかとれますし」


 と、ここまで完全にジョーク扱いだが、


「でもこの話、案外本当になるかもよ」と課長が言った。



「?」



「このままだと、地方は崩壊する。いや、現に今崩壊しかかってる。これまで支えてきた柱が折れた感じだろう。江戸時代でいえば、天保の大飢饉とか享保の大飢饉クラスだな。人口減と高齢化は前から予想されてたけど、想定外の人口流出が起きてる。卒業した若者だけじゃなくて、これまで地元で普通に暮らしていた人たちが、夜逃げのように出ていってしまっている」


「そんなに人が来られたって、こっちにも仕事はないですよ」


「NPOから、家族単位のホームレスが増えているって報告がある。地方から出てきたが、住む場所が見つからないそうだ」


「消費税上げて、地方交付金減らしたのがいけなかったようですね」


「年金と同じで、いままでみたいには払えません。後は自助努力で頼みます、っていったって、地方にそんな元気ないもの」


「東京、無くなるんですか?」


 まさか。


「自治体としては消えるかも。国が倒れたり、独立されるよりマシだからな」


「そうですね」


 と上司に合わせたが、私は、心の底では、どうせこれまでと同じで、大きな変化など起きず、だらだら地方は衰えていくものと思っていた。



 ところが、課長の読みどおり、この突拍子もない提案が、国会やメディアで真面目にとりあげられるようになった。


 地方の県市町村が総出で煽動した、連日の全国的デモに政府が屈したのではなく、何らかの手を打たないと、本当に地方が崩壊するから、政府がこれをチャンスとばかりに、話に乗ったような感じだった。



 よその地域、しかも首都東京をばらして、分け前をくれなどとは、無茶苦茶な言い分だが、地方に死なれては国も死ぬ。きっと政府もかなりドラスティックな案を検討していたはずだ。だが、既得権益の影響力は強く、効果のある対策を打ち出そうとしても、財界、野党、マスコミなどに潰される。


 だから、政府としては知事達の行動を却ってありがたく受け止めたようである。


 実際、東京が無くなったって、困るのは都庁の職員くらいだ。彼らには悪いが、我々区職員にはどうでもいい。(実はどうでもよくはなかったが……)



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