東京解体ショー ~ 秋田県世田谷市職員の手記

@kkb

第1話 都栄えて国滅ぶ



 誰かがこんなことを言っていた。



 全体が衰退すると、核となる部分に資源が集中する。



 二十一世紀に入ってからの日本がまさにそうだった。



 全体の人口が減り始めたが、均等ではなく、東京周辺は大幅増。東京の出生率はかなり低いので、これは主に外部からの流入による結果である。反面、地方はひどい少子化に加え、若者を中心とした流出に苦しむ。


 人だけでない。資本や産業など、全ての地方の資源が東京へ向かい、その流れは変わることなく続いていく。その結果、ほとんどの地方が財政難で青息吐息。予想を上回る人口減と高齢化で、壊死状態に近づいている。



 廃藩置県の際、明治新政府は各県の人口バランスをとるため、様々な試行錯誤を行ったという。それが今では23区のひとつの区に満たない県も存在する有様だ。大阪など関西経済も衰退を続け、自動車が好調な東海もEV化の流れの中で先行き不透明である。



 地方がもがき苦しむ反面、首都東京は繁栄を謳歌している。


 ただでさえ一人勝ちなのに、オリンピックという、建設需要のマグマのようなイベントが決定し、それでますます地方から資本と人が流入することになった。


 東京一極集中は、誰も止められない大きな潮流である。いや、誰も止めようとしない。



 もちろん地方も手をこまねいていたわけではない。


 だが、企業誘致のため土地を確保しても一顧だにされない。いくら芸能人を観光大使に任命し、B級グルメなどの魅力をアピールしても、どこも同じことをしているのだから、たかがしれている。


 そんな小手先の手段で誤魔化しても無駄。どうやったって地方は、衰退を続けていく構造になっているのだから。




 何故、地方がダメになるかというと、人と金を首都圏にとられるからである。



 東京の大学に進学すれば、東京の大学に学費を払い、東京の大家に家賃を払い、東京で消費活動を行うことになる。それも、実家から仕送りすることが多いので、地方からすれば、消費者と資本を東京に奪われたことになる。


 そのまま東京の企業に就職すれば人材流出。年老いた親の面倒を見ることが出来ず、地元に負担をかける。東京に引き取れば、地方からさらに人がいなくなる。


 地方に残した親が死ぬと、東京に出た子供は、地方銀行の口座を解約し、東京のメガバンクに預け入れる。買い手のつかない不動産は、登記の書き換えを怠り、地方には所有者が誰かわからない土地が多くて、区画整理も開発も出来ない。



 大阪の芸人が売れた場合、必ず東京に進出する。東京に行けば、芸人が稼いだ収入のうち一部は税金として東京都の手に渡り、残りの収入も多くが東京の事業者に支払われることになる。大阪は売れない頃、踏み台として利用されるだけで、割に合わない損な役割を担う。



 地方の企業と東京の企業は、競合関係にあり、圧倒的に東京の企業が強い。


 東京に本社のある小売業が、地方に支店を作る。大量仕入れのバーゲニングパワーで安売りを仕掛けて、地元の業者を倒産に追い込むか、吸収合併する。地元のオーナーは職と収入を失い、地元の消費は減る。


 税収は本社のある東京に支払われ、雇用は東京の人事部に握られる。それまで地元の業者に就職していた若者は、東京まで面接に行くことになる。どこに配置転換されるかわからないので、地元に家を建てることができず、地元の建築需要が減る。


 これは小売業に限らず、水道工事や宅配などサービス業でも同様である。



 コンビニは、オーナーの資金で店舗を用意し、本部の決めた仕組みで運用され、粗利益のかなりの部分をロイアリティとして本部が持っていく収奪システムだ。オーナー(所有者)とは名ばかりで、拘束時間が長く、生活かつかつの、休みひとつ自分のところで決められない、コンビニ本部の奴隷にすぎない。


 昔は各地に本社のある様々なコンビニがあったが、今では淘汰が進み、東京に本社のある数社の寡占状態にある。


 地方の小売り業の収益が、東京に吸い取られているということだ。



 東京の大企業は、株式を上場していることが多く、株主には外国人も含まれる。地方の零細企業は地元から仕入れることが多いが、東京の企業は外国から多く仕入れる。地方の一次産業や二次産業もダメージを受けるのだ。



 地方の企業が東京の企業に吸収されると、メインの金融機関は地銀ではなく、メガバンクになる。地銀はこの先生き残りが難しく、統合を進めているが、地元の企業からすれば、貸し手の選択枝、金融機会が減ることになる。


 地方の主な産業は農業など第一次産業だが、天候に左右されやすく、儲からないので後継者がいない。国内生産が減っても、大手商社などが外国から輸入し、地方の産業は総崩れとなる。



 老人が弱り続けると、やがて自力で歩けなくなるように、地方が衰退を続けると、まともな暮らしが成り立たなくなり、金と人の一方通行が加速する。


 それは、地方の消滅とか崩壊という曖昧な言葉で表現されるが、実際にどうなるかは、財政破綻した北海道の夕張がヒントになるだろう。



 ピーク時に12万人の人口が9千人以下。最盛期に22校あった小学校は一校のみ。


 市の職員は半分以下で給料15%カット。議員数半分で報酬は四割カット。市長の給料三分の一以下。水道料金1.7倍。下水道も値上げ。施設利用料2倍。


 高齢化率45%というのに、市立病院が無くなり、街から救急病院が消えた。


 夕張のように破綻に至らずとも、地方自治体の税収が減ると、病院や市営バスなどの生活インフラが廃止になる。


 商店や公共交通機関が無くなった地域では、動ける人間は流出し、残るのは年寄りばかり。最後の年寄りが死ぬと、その地区は廃墟となる。そんな場所は全国至る所にある。




 東京が一切負担を追うことなく、地方を再生しようという考えは甘い。全体のパイは限られているのだから、国内の資源をどう配分するかの問題で、無関係な外国がどうにかしてくれるわけではない。


 首都圏から高校と大学を一切無くすくらいでないと、地方に人は来ない。東京の大学の定員増加を禁止しようという動きがあるが、その程度では焼け石に水。それさえ反対の声が大きく実現は難しい。(注:2018年5月25日に参議院で東京23区の大学の定員増を原則10年間禁止する地域大学振興法可決)



 地方衰退で国全体が危機に陥っても、東京都民とそこの企業は自分達の負担を避ける。面積も人口も地方よりはるかに少ないが、主要機関のほとんどが東京に集まっているので、政治的発言力は地方が束になっても勝てない。


 有名人のほとんどが東京に住む。地方出身者もいるが、自分の野心のため、地元を捨てた連中だ。東京と地方の圧倒的な発言力格差は、プレーヤーと観客ほどの違いだ。


 地方の人間は常に、東京のメディアを通して、ほとんど行く機会のない東京の名店を案内され、築地から豊洲への市場移転のような、自分とは無関係な東京の話題につき合わされる。自分の県の知事の言葉より、東京都知事の発言を聞かされ、土地勘もないのに、二子玉川のような東京の細かい街の気になるスポットについて聞かされ、自分の暮らす地域が崩壊しかかっているのに、脳天気な東京の芸能人の意外な趣味の話題を聞くことになる。



 だから、地方には衰退の道しかない。どんなに危機を訴えても、東京のメディアは取り上げない。町おこしや観光なんかで取り戻せるわけがない。努力してもどうにもならない。九十歳の老人は努力しても、スポーツで若者には勝てない。



 このままでは、首都圏だけに人がいて、それ以外は広大な辺境となる。



 効率の悪い地方は切り捨て、首都圏だけ繁栄すればいいという意見もある。中央集権国家の究極進化形である中央だけ国家だ。ニュージーランドやカナダなどは、一極集中ではないが、都市部に人が集まり、それ以外は過疎地といえる。人口もGDPも少ないが、生活水準は悪くない。 


 最初から何もないところに都市だけ発展したのと、全体にくまなく人がいて、それが減り続けながら、一箇所だけに集まるのとでは、状況が違う。しかも、人類史上空前の高齢化が伴うのだ。


 地方という大勢の介護老人を、これまた高齢化した首都圏が支えることになるのだ。地方の財政破綻は、首都圏の活力を確実に奪い去る。その首都圏の広さは、太平洋の小国バヌアツの数分の一程度にすぎない。



 栄枯盛衰はどんな国にもある。大航海時代に栄華を極めたスペインやポルトガルのように穏やかに衰退できればいいのだが……。(そう言っても、実際はかなり大変だったようだ)



 私のイメージする最悪の未来はこうだ。



 北海道東部から千島列島を北東に進めば、カムチャッカ半島に到達する。カムチャッカ半島は日本列島より大きいが、人口は四十万ほどしかおらず、大半がペトロパブロフスク・カムチャツキーにいる。


 おもな産業は水産業で、シロクマ、鹿、アザラシ、クロテン、カワウソなどが多数生息する。昔は大部分を占めていたイテリメン族は、ロシアに併合された後、人口が十分の一にまで減ったという。



 日本列島がカムチャッ化を止められないなら、カムチャッカ半島の続きである、カムチャッカ列島になりかねない。西暦2200年、州都ペトロパブロフスク・トンキンスキーでは、先住民日本族が民芸品を販売しております。



 では、どうしたら地方を再生できるのか。



 東京一極集中を止めればいい。



 どうやって?



 簡単な話だ。東京を無くせばいい。



 小松左京のSF小説「首都消失」のように、半径30キロの謎の雲を出現させなくても、行政上の手続きだけでいい。といっても、流行りの首都移転ではない。国政に関する組織や機関はそのままで、東京都だけを消失させるのだ。



 このように地方の危機を訴えていると、私という人物が地方出身のように勘違いされるだろうが、先祖代々江戸っ子で、滅多に地方に行くことはなかった。数年前まで地方のことには、全く興味がなかったのだが、世田谷区に職員として採用され、都市計画担当だったため、東京解体の渦中に巻き込まれることになったのだった。



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