第4話 ジョーカーとしてのジジイ

 スマホで時間を確認すると、既に十五時を回っていた。『BBA』が座っていた席には、いつの間にか一組のカップルが座っていた。

「でもさ、『同調』には『敵』が必要ってことか?」

 Kが彼に何を話していたのかも気になってはいたが、俺はとりあえず大谷さんのことを聞きだしてみたいと思った。

「ああ、まあ集団の団結を高めるには『敵』があった方がいいだろうな」

「じゃあ、『敵』の存在が集団を作っているともいえる訳か?」

「そうだな。集団を維持するための心臓みたいなものだと思うよ」

 俺は、脳が心臓を探しているような映像を思い浮かべた。

「さっきの大谷氏は、あの『BBA』の『ルサンチマン』になる可能性はあるな」

「というと、大谷さんはあの『BBA』の心臓になるってことか?」

「そうだな。つまり『嫁』とうまくいかない『姑』の集団にとってのね」

 Kの話を顧みると、集団にとっての心臓は個人で足りるらしい。

「じゃあさっきの集団の場合はどうなんだ? 『BBA』とは違う集団のように見えるんだが……」

 この発言を手掛かりに、俺は彼のことを聞き出していきたいと思った。

「さっきのって?」

「学生の集団のことだよ」

 俺は判り切ったことを聞き返すKに苛立った。

「ああ、あれは『生贄』を所有した集団だろ?」

「『生贄』? 神様とか悪魔とかに捧げちゃう感じの?」

「アイツ、イジメられてたじゃん。あの学生たちにとっては『生贄』みたいなもんだろ?」

 Kはけろっとした表情で言った。

「まあ、確かにパシられてたよな」

 使い走りになることが、『生贄』になるってことにまで発展するのだろうか? 俺は少しKの言葉に惑い始めた。 

「でも本当はあいつがいることで、あの集団は回っているんだろう」

「どういうことだ?」

 俺はKの真意を測りかねた。

「あいつの存在が、あの学生たちの集団を同調させているってことだな。つまりあいつをイジメるっていう行為が、あの学生たちの同調作用を生んでいるってことだ」

 Kは嬉しそうに自論を重ねていく。考えてみれば、Kも俺と同じようにカフェ・ラテを淹れていたはずなのだが、その存在も忘れているに違いない。そういえば俺も飲んでいないじゃないか。

「あいつの存在がどんな風に同調させていたというんだ?」

 俺は『BBA』と学生の集団の違いがよく判らないままでいた。

「トランプのカードのように、あいつは『ジョーカー』に仕立て上げられてしまうってことだ。」

「トランプだあ?」

「うん」

「待て、何故ここで急にトランプが出てくる?」 

 俺は段々、Kの言っていることの意味がよく判らなくなっていった。

「『ジョーカー』はゲームにおいて忌み嫌われる存在だが、実際にババ抜きでゲームを支配し、プレイヤーを最も翻弄させているのは、ゲームをやっている人間達ではなく、あの一枚のカードだろ?」

「しかしポーカーなどでは、むしろ『ジョーカー』は嬉しい存在であると思うのだが」

「ああ、すまん。ババ抜きで考えてみてくれ」

「ふむ」

「つまりイジメの構造を実際に支配している立場にいるのは、イジメられているあいつ自身なんだ。要するにあいつ一人に対してあの学生たちが集団になって群がっている訳だ」

 俺は興奮気味に語るKを前に、カフェ・ラテを啜った。既に冷めてしまっているそれを俺は一気に飲み干した。

「あいつが『ジョーカー』ってこと?」

「そそ、あいつがいないと、あの集団はそもそもイジメが出来ないだろ? あいつがイジメられているという事実は、一方で学生たちからも特殊な存在であると絶大な信頼を認められているようなもんだ。なんつったって、あいつは『ジョーカー』なんだからな」

「なるほど」

 俺はトランプの謎がなんとなく解けたような気がした。

「じゃあジョーカーのいないジジ抜きの場合はどういうことになるの?」

「あれは『BBA』の中で行われる」

「ほう?」

「つまり『BBA』の中では誰がジジになるのか判らないのさ。さっきの大谷さんだって自分がジジとして『ジョーカー』としての役割を果たすとは思っていなかったはずだ。ジジになるってことは、一致団結している中で、空気の読めない『ジョーカー』を突き出してしまうってことだ。必要のない場所で『ジョーカー』を『B』が出してしまった状態がジジ抜きに近いものであると俺は思う」

「お前の話を要約すると、『イジメられている奴が敵の代わり』になるってことか?」

 そう言いながら、俺はKのカフェ・ラテにも手を伸ばしてみたが、彼は一向に気が付かない様子だった。目が見えていないんじゃないだろうか?

「まあ、そういうことだな。イジメられる人間というのは生きている神様みたいなもんだよ」

「生きている神? イジメられている人間が『神』だっていうのか?」

 こころなしか、Kが変な宗教にでも入っているのではないかと俺は疑い始めた。Kは苦笑いしながら、少し考え直すような間を取った後、再び話しだした。

「ちょっと語弊があったかもしれないけど、ここでいう『神』というのは、つまり確定されたターゲットのことだな」

「ターゲットって?」

「『敵』か『生贄』ってことだよ」

「ああ」

 俺は頷きながら、Kのカフェ・ラテを今度はゆっくりと啜り始めた。温くて甘い味が口の中に沁み渡る。

「俺が思うに、集団はこのターゲットを確定させる性格を持っているということだ。そうやって一つの精神を持っているんだ」

「ふ~ん」

 俺は少し、話を聞くのがだれてきたので、再びKのカフェラテに手を伸ばした。

「さっきの話でいうと、『イジメている奴』は『イジメられている奴』を崇拝している。イジめる相手は、イジメられる相手に依存することによってチームを作っている。『BBA』でいえば、『敵』と認めている『嫁』に依存しているってことだ」

「ふ~ん」

「集団に生贄が不在の時は、外部から代替えが選ばれる。『BBA』にとっての『嫁』のようにな」

 Kは、『BBA』の弱みを握っているかのような得意気な顔をした。それにしてもよく喋る男である。

「つまりイジメとは『神を作成する行為』であるってことか?」

 俺はそろそろこの問題をまとめたいと思った。

「ちょっと待て、これを見てみろ」

 Kはスマホを少し操作した後、俺にスマホを差し出してきた。

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