第3話 大谷さんのための反省会
他の『B』が席を立ち始める中で、大谷さんと呼ばれていた『B』は暗鬱とした表情を浮かべている。大谷さんは席に少し佇んだ後、伝票を片手に最後に席を立った。
「大谷さん、ただ自分の息子の『嫁』を褒めていただけだったのに……」
俺は、大谷さんが処刑される瞬間を目の当たりにして、その光景を見ることにあまりに夢中になっていたせいか、急激に喉の渇きを覚え始めていた。
「彼女はまさに壮絶な最期を迎えていたな」
Kが深い溜息をついた。まるで祭りの後のような余韻である。
「いやあ、『BBA』って性格悪いな」
「他の『B』による援護を彼女が望めなかったのは、この『BBA』にリーダーが不在だったせいもあるだろう。それにしても『BBA』としては苛立っていただろうな。せっかく『嫁』をエサに団結力を高め合っていたのに、一つの『B』に水を差されたからな」
「なるほど」
「実際に良い『嫁』がいるという現実を突きつけられたのが『BBA』側としては不愉快だったんだろう。早めに自分の意見を撤回していればよかったのにな」
俺は、まるで大谷さんのための反省会を開いているような気がした。
「なんか今思ったんだけど、お前も派遣切られた時ってあんな風なことってあったの?」
俺はKが派遣切りを受けた直接の理由を知らなかったのだが、今、起きたばかりのこととリンクするようなものがあるような気がして、思わずKに尋ねてしまった。
「ていうか、ドリンクバーのとこ行かない? もう俺とっくに飲んじゃったよ」
Kは、伏し目がちに俯きながら俺を促した。俺は、Kから回答の代わりに罪悪感を与えられることになった。
「ああ、俺も行くわ」
俺とKは、共にコップを片手に席を立った。
「……お~い、はやく入れてこいよ」
「うん、ごめん……すぐ入れてくるよ」
「あ、俺コーラ」
「あ、私、カフェ・ラテね~」
「んじゃ、僕はメロンソーダで……」
俺とKがドリンクバーでカフェ・ラテを入れていると、明らかに誰かを使い走りにさせるような声が聞こえて来た。会話が聞こえた方向の先に振りむくと、高校生らしき学生たちが数人で座っている。その内の一人の男子学生が、湿っぽい表情を浮かべながらこちらに向かってきた。
俺がカフェ・ラテを淹れ終わらない内に、彼がエスプレッソ・マシンのカップ受けにコーヒーカップを合わせようとしてきた。俺は慌てて彼を制止した。
「あっ! すみません……」
「いや、大丈夫ですよ」
途端に学生たちがいる座席の方から笑い声が聞こえた。彼の失敗を笑っているのだろうか? 俺は自分のことも笑われているような気がして不愉快になった。
「君、なんか大丈夫?」
Kが心配したのか、声をかけた。
「あ、はい。大丈夫です」
彼は困ったように頷くと、すぐに俺が空けたばかりのカップ受けにコーヒーカップをセットし、その間に目まぐるしいスピードで二組のコップの中に氷を入れたのち、コーラとメロンソーダをほぼ同時に入れ終えた。そのタイミングと合わせるように、ちょうどエスプレッソ・マシンがカフェ・ラテを淹れ終えた。
俺は彼の慣れた手付きが哀しかった。
彼は、カフェ・ラテの入ったコーヒーカップをソーサーの上に重ね、素早くミルクとスプーンをセットし、大急ぎで学生たちの席に戻ったかと思うと、すぐに踵を返してこちらに向かってきた。
Kが待っていたように、無言で二本のストローを渡してやった。
「ありがとうございます!」
言葉の割に、彼はKから奪い取るようにしてストローを受け取ると、すぐに踵を返して席へ戻って行った。
「……あ? お前、何コーラとか持ってきてんの?」
「あ……でも、さっきコーラって」
「今の俺はアイスコーヒーの気分なんだよ」
「わたしもマジで紅茶の気分なんですけどぉ~?」
「僕はデミグラスハンバーグの気分なんだけど」
「っていうか、もうそれドリンクバーじゃねえじゃん」
「いや、ハンバーグでも利用できるらしいよ?」
「それってコイツの金の話でしょ……」
学生たちの声が、遠くから囁かれるように聞こえた。暫くして、再び彼がこちらに向かってきた。俺は居た堪れなくなって、足早に自分の席へと戻ろうとしたが。Kは戻って来た彼に何かを伝えていた。だがその声は俺の耳には届かなかった。
「何を話しているんだ?」
俺が尋ねると、Kが制止した。
「戻ろう」
Kが俺を促すと、彼はせわしなくドリンクバーで自分の作業を始め出した。
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