ちゃんとお前が責任取れ!
──その日の夜。
『二度と話しかけるな──』
健人と夏実が気まずくなって数週間が過ぎていた。お互いあまり顔を合わせないように、なるべく避けて過ごすようになっていた。
夏実が帰宅すると、珍しくリビングに健人が座っていて、無意識にハッとする。足音をたてないように階段を上がろうとするも、健人に呼び止められる。
「お疲れ」
「ふぇっ!?た、たた、ただいま」
演技ではなく、リアルな動揺だ。手紙を加藤さんに渡したままにしていたこともあり、慌てる。
「何だよあの手紙は」
「あー……話しかけるなって言われたし、でもどうにかしてポストを開けてもらいたくて、それで色々考えて──」
「やっぱり祐樹とグルなんだな」
「あー……うん……」
案の定少し不機嫌な様子の健人に対してテンションが下がる夏実。しかし、健人が思わぬ言葉を発する。
「……この前は少し言い方が良くなかった。悪かったよ……言うの遅くなったけど」
夏実はきょとんとした様子で言われたセリフの意味を理解しようするが、整理がつかない。
「えーっと、何のこと……?」
「この前のことだよ。それしか無いだろ。お前があまりにもズカズカと言われたくないことを言ってくるから、俺もついだな!──いや、違う、そうじゃなくて、その」
謝ろうとするも、素直に言えず口調が荒くなる。
「……もしかして、謝ってるの?」
「どう考えてもそれ以外無いだろ!」
「怒ってるんじゃん!」
「怒ってない!あーもう、だからこういうのは嫌なんだよ」
どうしても素直になれない。素直な心を表に出すのが苦手──というより、無意識に自分の気持ちを偽ってしまう。こういう人間にとっては、ただ謝るというだけのことでも、決して簡単なことではない。
それでも、髪をくしゃくしゃにして、吹っ切れたように夏実に近付き、目を見る。
「その──。二度と話しかけるななんて酷いこと言って悪かった。その時はあまり冷静じゃなかった。……ごめん」
目が合えたのは一瞬だけで、後は常に目が泳いでいた。そして最後にほんの一瞬だけ頭を下げた。
「……ぷっ」
「何で笑うんだよ」
「本当に不器用なんだね。そんなんじゃこの先苦労するぞー」
夏実は笑っていた。常に笑顔な夏実だが、それでも久々に見た笑った顔に少し安堵する。
「……お前に言われる筋合いはない」
「はいはい」
「……そもそもだな!お前もお前で、話しかけるなと言われたからってあんな嫌味くさい手紙にすることないだろ」
「嫌味くさいってどういうことよ」
「そのままだよ。完全に嫌味入ってただろ。怨念すら感じたぞ」
「仕方ないじゃない!祐樹君がそれが1番良い作戦だって言うんだから」
「あいつに委ねてるようじゃ、その作戦もポンコツだな。……でも」
「……でも、乗っかってやるよ。どう交わしたって、どうせお前らはまた別の方法でってしつこいだろ」
「……」
「それから!これ!」
ポケットからくしゃくしゃになっている紙を広げて夏実に見せる。
『ドリームスター株式会社 事務所オーディションのお知らせ』
「あっ……」
「その……。さ、誘ったからには……ちゃんとお前が責任取れ!」
「え?」
「受けるって言ってるんだよ。オーディションっていったら、ほら、色々あんだろ。ちょっとした演技とかアピールみたいなの」
「本当に?」
「とりあえず、だ。本気で役者目指すかどうかなんてやってみないと分からない。けど、今は夢とか、やりたいこととか、本当に何も無いんだ。だったらとりあえず、昔の自分に肖ってみようと思う……」
「いいんじゃない?前に進むことが大切!きっとやってみて上手くいかなくても、その先で何か見つかるよ」
「嬉しそうだな」
「そう見える?」
わざとらしくそう言う夏実は、健人の言う通り目に見えて嬉しそうだった。
「で、どうすればいい?」
「オーディション?」
「それしか無いだろ」
「それ嘘。日付昨年のだし」
「……は?お前、本当に──」
相変わらずな夏実に呆れて言葉が出ない健人。
「私が事務所に言ってあげる。簡単な面接みたいなのはあるかもしれないけど、所属するだけなら問題無いと思う」
「そんな簡単な話かよ」
「うち、そんな大きい事務所じゃないし。でも、所属してからは自分次第だよ。私は手助け出来ない。ただ所属してるだけじゃ仕事なんか回ってこないし、自分で掴み取るしかない」
「そんなことは……分かってる」
「じゃ、決まり!明日空いてる?事務所のレッスンあるから見学に来なよ!」
「……」
「何、やってみるんじゃないの?怖気付いたの?」
「は?やるよ。やればいいんだろ」
強気に吹っ掛ける夏実と負けじと対抗する健人。いつの間にか初めて会った時のような2人に戻っていた。『夏実は何故こんなに自分にこだわるのか──』こんなやり取りで、祐樹にも投げかけた1つの疑問が健人の頭をよぎる。
「そういやお前、何で──」
「ん?」
「……いや、いいや。何でもない」
敢えて聞かなかった。聞いた所で何も変わらないと思ったから。
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