別に平気だよ

 ──数週間後


 昼下がり、大学の講義を終え帰宅する健人。しかしシェアハウスのリビングには、いつもは見かけない顔がいた。


 「おー健人。おかえり」


 「けんちゃん!おかえり!」


 キッチンから正面にあるテーブルで対面するように座ってたのは健人の父親と祐樹だった。


 「……何でいんだよ」


 「いやね、帰ろうと思ったら駅でばったりけんちゃんの父ちゃんに会ってさ!けんちゃんの家案内してくれって言うから一緒に来た!」


 「いやー、もう5年以上会ってなかったのによく分かったねー」


 「分かりますよー。全然変わってないっすもん」


 状況が理解出来てない健人を放って、盛り上がる2人。


 「一応家の中にいた人に確認したんだけど、まだ帰ってないって言うから中で待たせてもらってたんだよ。そしたら祐樹君と昔話で盛り上がっちゃって」


 「来るなら連絡ぐらいしろよ」


 「いいじゃないか。父さんなんだから」


 「勝手な奴らばっかりだな。何の用だよ」


 「東京には少し寄っただけなんだ。新しい家の様子を見に来たんだよ。またすぐに出る。……学校はどうだ?」


 「んー……。まぁ、ボチボチ」


 キッチンの冷蔵庫から麦茶を出して飲む健人。それを見て父親は財布を取り出す。

 「バイトだけじゃあんまり美味い物食えないだろ。たまには肉でも食え。それと、後期の学費も払っておいたから。何でも困ったらすぐに連絡してこいよ」


 「ん。ありがと」


 テーブルに一万円札を置いて玄関に向かう健人の父親。健人の父親は、所謂、エリートサラリーマンだ。大手の商社に勤めていて、出張や転勤が多いが、その分手取りがいい。


 「いつも1人で生活させて申し訳ないな、健人」


 「何だよ、今さら。別に平気だよ」


 「……そうか。友達は大事にしろよ。祐樹君!こんな息子だけど引き続き宜しく頼むわ!それじゃ、また来る」


 「次来る時は連絡しろよ!」


 健人と似てどこか不器用で、それでもひとり息子のことは常に考えていて。そんな不器用な愛情が、今の健人には少しむず痒かったりする。



──数日後


 「あれ?おーい、夏実ちゃーん!」


 「あ、えーっと……」


 「片岡祐樹です!」


 「そうそう!平沢君の友達の、祐樹君。……覚えた」

 今度は駅でばったり夏実と会った祐樹。健人の父親に続いての展開だが、物語なんてそういう物。


 「都合いいね」


 ……物語なんてそういう物。



 「夏実ちゃん、帰り?」


 「そうだよー。バイト終わり」


 「そっか!俺も帰るところ。……あ、そうだ!けんちゃんのことなんだけどさ」


 「平沢君のこと?」


 「そう!ちょっと時間ある?喫茶店で話そう」


 「……うん、平気」


 駅前のコーヒーショップに立寄り、夏実はブラックコーヒー、祐樹はキャラメルなんちゃらを頼み席に座る。


 「ブラック飲めるの?美味しい?」


 「うん……コーヒー好きなんだ」


 「へー、分かんないや!」


 「あはは」


 思ったことをすぐ口にする祐樹。そういう所は夏実と似ている。


 「あの、さ!どう?芸能活動は?……芸能活動?女優業?ん……?」

 自分で言っておいて、ニュアンスにしっくりこない祐樹。


 「その感じ分かるー。自分で仕事してても、芸能活動とか女優業とか、自分で言ってしっくりこないんだよねー。何て言うか、自分でもまだ下積みなの分かってるからさ」


 「いやいや、立派な女優さんですよ」

 慌ててフォローを入れる祐樹。


 「あはは。いいのいいの」

 健人と話す時と違って、よく笑う夏実。


 「……それで、その立派な女優さんにどんな用事かな」

 本題に移ろうと切り替える。


 「あ、そうだ。えーっと……。……けんちゃんを、俳優に誘って欲しいんだ」


 「え?」


 「いや、あの、けんちゃんってさ、今あんな感じだけど昔は違ったんだ。明るくて、みんなの人気者で。俺も久々に会って、そしたら変わってて、元気がないっていうか……。どう説明したらいいか分かんないだけど……」


 「……」


 「余計なお世話かもしれないけど、俺は昔のけんちゃんを取り戻して欲しいんだ。嫌われても仕方ないし、もし誘って駄目だったらそれでもいい。だから……」


 「誘ったよ」


 「えっ?」


 「……怒られちゃった。もう二度と話しかけんなって。私ね、小学生の頃会ってるんだ、平沢君に」


 「えー!?もしかして小学校同じだった!?……うーん、思い出せないなー」


 「ううん、違うよ。……でも、祐樹君の気持ち分かる。私もあの人に救われた人だから」


 「ほんとに!?やっぱけんちゃんってスゲーよなー。ヒーローって感じ」


 「ヒーロー……うん、そうだね」


 「でも誘って駄目だったのかー。絶対やりたいと思うんだけどなー。うーん……。けんちゃんの父ちゃんに言われたんだよね。あいつの殻破っちゃってくれって」


 「いいのかな。踏み込んでも」


 「……考えたんだけど、夏実ちゃんしかいないと思うんだよ」


 「でも平沢君は私のこと覚えてないよ?」


 「けんちゃんさ、引っ越して、母ちゃん亡くなって、1人でいることが多くなって閉じこもっちゃったんだって。夏実ちゃん、似てる気がするんだよね。けんちゃんの母ちゃんに」


 「お母さん、どんな人だったの?」


 「いつも笑顔で明るくて優しかった。けんちゃんは表面では煙たがってたけど、本当は世話焼きな所が好きだったんだと思う。俺も協力するから、一緒にけんちゃんの殻破ってやろうぜ!勝手って言われるかもしれないけど、お節介すぎるぐらいが丁度いいと思う!多分!……腐った根っこから引っこ抜いてやる」


 「でも、具体的にどうやるの?」


 「よし!まずは作戦だね!実は秘密兵器があって、これを使うんだ──」


 健人の過去とは──。そして2人は健人の殻を破れるのか。

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