もう二度と話しかけんな
──数日後。健人のバイト先
「平沢君、今日もありがとね。これ、賄い。家で食べな」
「ありがとうございます。いつも助かります」
健人のバイト先は駅近の個人経営のご飯屋さん。50代ぐらいの夫婦で営んでいて、放課後や休みの日にウエイターや皿洗いを手伝っている。
東京のアルバイトは地方に比べると時給が段違いで、フリーターでも週5とかで勤務すれば新卒のサラリーマンなんかより稼げたりもする。
賄いの親子丼を持って家に帰ると、キッチンの中で壁に寄りかかっている夏実と目が合った。両手でコップを持って飲み物を飲んでいる。
「おかえりなさい。遅いね。バイト?」
「うん」
健人がキッチンのカウンターに座ると夏実の方から話しかけた。時刻は23時前。
「お疲れ様。コーヒー飲む?」
「いや、飯まだだから」
袋から賄いの親子丼を出して食べ始める健人。夏美も冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
「はい、麦茶」
「ん。ありがとう」
「この前来た友達、なんか凄かったね。元気っていうかマイペースっていうか」
「あー、何か会ったって言ってたな。お前と似て勝手な奴なんだよ」
「えー、私はあんなんじゃないよ」
「俺からすりゃ、似たようなもんだよ」
「むっ」
健人と話してるとよく顔が膨れる夏実。テレビも付けずにお互い何を話せばいいのか分からず、少し沈黙が流れる。
「……お前、女優やってんだってな」
「え?あ、そうだよ!凄いでしょ」
腰に手を当て、誇らしげな夏実。
「……うん」
健人は夏実の顔は見ず、黙々と親子丼を食べながら、会話をしている。
「えへへ。昔から女優さんに憧れててさー、最近やっとオーディションとか行かせて貰えるようになったの!」
「へー。いいな」
「全然受からないんだけどね!可愛い子もいっぱいいるし、みんな迫力あるし……。結局生活費もほとんどバイトだし、時々挫けそうになる」
「そっか。まぁ、凄いんじゃね?そうやって自分の夢とか追いかけられる奴って、あんまりいないと思う」
「……平沢君は、やりたいこととかあるの?」
「……うーん、無い。だから東京の大学受けた」
「だから?」
「東京ってさ、色々あるじゃん。何か見つかるかなーって」
「ふーん」
また少し沈黙が流れる。切り出したのは夏実。
「……私、そういう人嫌い」
「は?」
急に変なことを言い出す夏実に、少しイラつく健人。
「やりたいことなんて、自分で見つけるものだよ。環境なんて関係ないと思う」
「何なんだよお前」
会ったばかりなのに毎回どこか不自然で、健人の何かを知っている。そんな夏実の雰囲気が、健人にとっては変に居心地が悪く、無意識に当たりが強くなる。
「本当は、あるんじゃないの?やりたかったこと。踏み出さないと何も始まらないよ」
「……お前には分かんねーよ」
突然説教じみたことを言ってくる夏実に、イライラが募るだけの健人。食べ終えた賄いの容器を乱暴にゴミ箱に捨てて部屋に上がろうとする。
「やりたいことあるなら、今やらないと勿体な」
「いい加減にしろよ!」
ついにイライラが溜まって、遮るように怒号を上げる健人。
「俺だってな!……ちっ、くそが」
何かを言いかけたが、夏実の顔を見て、途中で中断した。階段を上がろうとする健人を引き止めるように夏実が呼びかける。
「やりたいこと無いならさ!やってみない?演技」
「……やんねーよ。もう二度と話しかけんな」
そう言い残し、階段を上がっていく健人。夏実の目は、今にも雫がこぼれ落ちそうな程潤んでいた。
健人も部屋に戻るなり、壁に寄りかかる。ふと、祐樹が出しっ放しにしていた文集を手に取る。
『将来の夢:芸能人!芸能人になってドラマとかバラエティにいっぱい出て有名人になる!!!』
昔の自分を殴るように、文集の自分のページに握りこぶしをぶつける。
「くそが……。どいつもこいつも。俺だって分かってんだよ……」
何が苦しくて、何が悔しくてこんな気持ちになるのか分からない。ただ、モヤモヤして、どうすればいいのか分からなくて、無性に自分に苛立つ。自分でも自分が分からない、そんな感情は遅れてきた思春期のよう。母親を無くし、極力人と関わらず青春を過ごした健人にとっては、経験値が足りないのも無理はない。
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