ねぇよ、そんな夢

──1週間後。入学式。

 春は出会いと別れの季節とはよく言ったもので、そりゃ我らが日本という国では、入学式やら卒業式、入社式は大体春に行われるんだから、強制的に出会いと別れを強いられるのも無理はない。



 「あれ?けんちゃん?けんちゃんだよね!?」

 気だるそうに体育館に向かっていた健人に話しかけてきたのは、金髪で長身の爽やかな男。


 「えーっと、誰……だっけ?」


 「俺だよ!祐樹!……片岡祐樹!小学校一緒だった!」


 「あー……祐樹……?」


 「そうだよ!え、何!?この大学なの!?懐かしいなー!中学の時けんちゃんが転校して以来じゃん!……東京に戻ってきたの?」


 「戻ってきたって、前は埼玉だろ」


 「東京も埼玉も同じようなもんだよ!俺さ俺さ、同じ学科に全然友達いなくてさ、超──不安だったんだよねー。ほっとしたわー」


 「そうかよ。久しぶりだってのに、お前は相変わらずだな」


 「まぁね!けんちゃんは……何か大人になったな!昔はよく2人でやんちゃしてたのに。いつも怒られててさ、職員室で話題の『 けんゆうコンビ』なんて呼ばれてさ!はははっ!楽しかったなぁ」

 小学校時代を思い出し、ちょっと涙目になっている祐樹。


 「お前はもう少し大人になれよ」


 「なぬっ!毛は生えているぞ!立派に!……今どこ住んでるの?近い?遊びに行っていい?」


 「いきなり勝手だなっ!?」


 「はははっ!俺まだ埼玉に住んでてさー、通学大変なんだよ。もう嫌になるぜ、埼京線。今度家に来なよ!まだ何人か地元残ってる奴いるからさ!」


 勝手にどんどん話しを進めていく祐樹。しかし、健人は乗り気ではない様子。


 「あー……暇な時、な。入学式始まんぞ」


 ──場面は変わり、帰り道。

 「あ──、ダルかった。入学式ってさ、何でこう退屈なんだろうね。……はっ!もしかして、今の入学式って人生で最後の入学式!?うわ、何か達成感!」


 「……」


 「けんちゃん、1人で東京来たの?母ちゃん元気?」

 少し、間が空く。


 「……1人だよ。母さんは死んだんだ。高一の時。父さんは出張が多くて転々としてる」


 「そっか……。……なんか、ごめん」


 目に見えるように落ち込む祐樹を見て、少し申し訳なくなる健人。

 「……良いんだ。もう引きずってない」


 「……そうか!けんちゃんママ好きだったなー!作るお菓子がさ、すげー美味くて!」


 「お前はよくそれだけの為に家に来てたもんな」


 「はははっ!……そうだ!今からけんちゃん家行こうぜ!近いんでしょ?」


 「ダメだ」


 「いいじゃん、いいじゃん。アルバムとか持ってきてる?」


 「俺ん家シェアハウスだぞ。お前絶対うるさいだろ」


 「シェアハウス!?そんなのあるのか!?俺テレビでしか見たことないぞ!」


 「家賃が安いからな。あと近いから」


 「……もしかして、女子はいるのか?」


 「あー、いたな。1人だけ」


 「よし、行こう」


 入学式用のリクルートスーツのネクタイを締め直し、顔に力を入れる祐樹。天然なのか、わざとやっているのか分からないが、何かと大げさなタイプの男だ。


 「おい!久々に会ったってのに、何でお前はそう勝手なんだよ!……ったく。バイトまでだからな!」



 ──スイートメリーハウス。


 「おっ邪魔しまーす!」


 「おい、だからあんまりデカい声出すなよ」


 玄関に入るなり、リビングを見回す祐樹。

 「すげー!新築なんだな!家賃いくら?」


 「光熱費込みで4万5000」


 「へー。それって安いのか?」


 「東京だと安い方なんだよ。上行くぞ」


 「ほーい」


 ──数十分後。健人の部屋。


 「ほら!見ろよこの写真も!いつも俺とけんちゃん一緒に写ってるんだよなー!」


 健人はベッドで雑誌を読み、祐樹はカーペットに小学校の卒業文集を広げて見ている。


 「あった!俺のページ!絶対にけんちゃんと2人でお笑いコンビになってやる……だってさ。この時は本気でやれるって思ってたなぁ……。2人で漫才やってさ、絶対売れるんだろうなーって、無駄に根拠の無い自信があった。そしたら中学の時にけんちゃんが転校するって言うからさ、俺すげー悲しかったよあの時。いつか必ず再会しようって約束してさ、やっと再会出来たと思ったら」

 小学校の時はやんちゃキャラだったのに、知らない間に無愛想になっている健人を横目に見る祐樹。


 「……何だよ。そりゃ変わるだろ。もう5年も前だぞ」


 健人は雑誌を見ていて祐樹とは目が合わない。


 「まぁ、いいんだけどね!こうやって再会出来たし!……あっ!ほら、けんちゃんのページも!芸能人になってドラマとかバラエティにいっぱい出て有名人になってやる!って書いてるよ」


 「本当か?」


 「本当だよ!……今は?」


 「ねぇよ、そんな夢」


 「そっか!」

 少し沈黙が流れる。祐樹はどこか寂しげだが、それでも昔のように明るく振舞おうとする。


 「飲み物!持ってきてもいい?」


 「あー、下の冷蔵庫にお茶入ってるわ。キャップに名前書いてる」


 「はいよー」


 部屋を出て階段を降りていく祐樹。するとリビングで夏実に出会う。


 「こんにちは。お邪魔してまーす」


 見知らぬ顔に少し戸惑う夏実。

 「えーっと……」


 「けんちゃんの幼馴染みです!飲み物取りに来ました!」


 「けんちゃん……?平沢君?」


 「そうです!……ってあれ?」

 急にマジマジと夏実の顔を見る祐樹。


 「もしかして!え!?アクエリアスの子!?」


 「アクエリアス……CM……のこと?」


 「そう!YouTubeとかでアクエリアスのウェブCM出てるよね!?」


 「あははははー」


 「うわー!すげー!最近スマホ見てたら、めっちゃ見かけるから気になってたんだよねー!女優さんなんですか?」


 「一応、ね。それ以外は全然お仕事無いけど」


 「へー。……あの、頑張ってください!俺応援してるんで!じゃ!」


 「あ、ありがとう」

 マイペースな方の夏実でも、その上を行く祐樹には圧倒される。


 「けんちゃん!すげーぞ!」

 部屋に戻るなり、興奮して大きな声を出す祐樹。

 「何だよ」


 「下に女優やってる子いた!」


 「は?」


 「ほら!この子だよ!」

 スマホで夏実のCMを検索して健人に見せる。


 「本当だ。……あいつか」


 「知らなかったの?」


 「ああ……そんなに話したことないし」


 「すげーよなー。役者だってよー」

 煽るように何かを期待してる様子で健人を見る祐樹。


 「……何だよ。言っただろ。今はそんな夢は無い」


 「……そうだよね!は、ハハッ!」


 どうしても昔の健人と重ねてしまう祐樹。明るくて、みんなの人気者だった健人は、今は見る影もない。

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