君とエチュード〜君がくれた未来〜

大西ひかる

シーン1

勝手な奴だな

 ──4月


 「四ツ谷ー、四ツ谷ー」

 東京都新宿区。JR駅の不快なベルの音が鳴り響く中、キャリーケースを引き、スマートフォンの地図アプリを開きながら歩く1人の男子大学生。一見まだ東京の街に馴染めてない様子のこの男が、物語の主人公だったりする。


「田舎もんで悪いかよ」


 この無愛想な主人公の名前は平沢健人。


 「……悪いかよ」


 この春から大学生になると同時に上京してきた──


 そして、最寄り駅から徒歩15分。地図アプリを頼りに辿り着いたここが、新しい住まいである。


 「ここ……か。お邪魔しまーす。……誰もいない?」


 緊張した様子で入り口のドアを開くと、廊下は無く、広めのリビングが広がっていた。カウンターキッチンになっていて、カウンターには長椅子が3脚。キッチンの正面には4人がけのテーブルがあり、その奥には大きめのテレビ。ワンルームのボロアパートでは無いことは確かだ。

 部屋の隅にある螺旋階段から小太りで眼鏡の男が降りてくる。


 「君は?新しい入居者?」


 「今日からお世話になります平沢です」


 「あー!君が平沢君ね!大家さんから聞いてるよ!僕は201号室の加藤。この家まだ男子は僕しかいないから、家の事で何か困ったら聞いてね」


 「ありがとうございます」


 「あ、大家さんから聞いてると思うけど、3階は女子部屋だけで男子立ち入り禁止だから。それじゃ、ね」


 そう。健人の東京の新居はルームシェアの所謂シェアハウス。建物名は『スイートメリーハウス』。シェアハウスと言っても1階のリビング、キッチン等が共有なだけで、各自鍵付きの自分の部屋がある。男子エリアの2階と女子エリアの3階にはそれぞれトイレ、シャワールームがあり、居住者の部屋が4部屋ずつ。最大8人のシェアハウスだ。


 螺旋階段を登ると、1本の廊下があり、部屋が何部屋かある。


 「204は……ここか」


 事前に教えられていた暗証番号で鍵を開けると5.5畳のスペースがあり、エアコン、ベッド、小さめのテレビが既に置いてある。1人で生活するには充分な広さと設備だ。



 自分の荷物をある程度片付けた健人は螺旋階段でリビングに降りた。すると玄関で大きめのダンボールの上に座ってるTシャツに短パン姿の女子と視線が合う。この女子の名前は工藤夏実。黒髪のショートヘアで一見、健人と同年代。


 「あ!良き所に!おーい、君ー!」


 「……はい?」


 一応周りに誰かいないか見渡して、自分が呼ばれたのを確認して返事をする健人。


 「そう!君!ここの人だよね?」


 「えっと、まぁ、今日からです」


 ニッと笑うと、ダンボールから飛び降り、その座っていたダンボールを指差す夏実。


 「だよね!私もなんだけど、あの、これ!3階まで運んでくれない?私、力無くて持てないの」


 確かに、見た感じは華奢な腕の夏実。


 「でも3階は男子立ち入り禁止って大家さんが……」


 「大丈夫!誰もいないから!多分だけど!」


 「多分って」


 ペースに流される健人。どうも会話が噛み合わない。


 「はぁ……。3階の、どの部屋だ?」


 「上がったら分かるよ!ドア開けてるから」


 「無防備だな」


 「だって、男子は立ち入り禁止だもん」


 「お前なー」


 言ってることがめちゃくちゃな夏実に文句を言おうとするも、この手のタイプは言った所で無駄だと察し、諦める健人。


 「……それとも……何かするの?」

 わざとらしく怖がる演技をする。


 「俺はしねーよ。でも少しはだなー」


 「大丈夫だよ!私強いから!何かあったら返り討ちにしてやるんだから」

 健人のセリフを遮るようにそう言うと「シュッシュッ」とシャドーボクシングを始める夏実。


 「だったら自分で持ってけよ」


 「へへへっ、嘘!本当に持ち上がらなくて困ってたの。お願い……!」


 顔の前で手をパチンと合わせてギュっと目を瞑る。その後に片目だけ開けて健人の様子を伺う仕草が妙に可愛い。


 「勝手な奴だな」


 「はぁ」とため息をついて、やれやれといった様子でダンボールに手をかける健人。


 「うお、重いな」


 「だろー」


 「何でお前が誇らしげなんだよ」


 「恩は売っといて損はしないぞー。同じ家に住むんだから。階段、足元気を付けてね」


 「お前恩なんて感じねータイプだろ」


 「どういう意味かな?」


 ダンボールを持って階段を登る健人。その後ろを、夏実は手を後ろで組みながらついていく。ぷくっと膨れる仕草も、やはり可愛い。


 「ここでいいのか?……おい。あれ……?」 


 3階の扉が開いてる部屋に辿り着き、呼びかけるも応答がない。振り返ると、着いてきてるはずの夏実の姿がない。ダンボールを部屋の中に置き、階段の上から様子を伺うと、ようやく上がってきた。


 「何してんだよ。部屋ん中荷物置いといたぞ」


 「わー、ありがとう!本当に助かったー!コーヒー奢るよ!」


 「いいよ。いらない」


 「えー?何でー?ジュースがいい?」


 「俺はなるべく他の住人と関わりたくねーんだよ」


 夏実とすれ違うように階段を降りていく健人。


 「……平沢君!」


 夏実が健人を呼び止める。不意に名乗っていない名前を呼ばれ、眉間にシワが寄る健人。


 「え?何で名前……どこかで会ったか?」


 「ううん。初めましてだよ」


 「は?……あ、お前さっき俺の部屋入ったろ」


 「へへへ、お互い様でしょ!」


 「お前、お互い様って、それはお前が荷物を──」


 「私は工藤夏実!よろしくね!」


 「……ったく、本当に勝手な奴だな」


 健人は痛めた腰をポンポンと叩きながら自分の部屋に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る