Nine State Of The Dead
スカーレッドG
第1話:試験体
202X年6月20日午前1時10分
「軍曹、昨日のニュース見ました?」
M4カービンライフル銃をぶら下げて隣のブラウン一等軍曹に話しかけるのは、今年海兵隊員になったばかりのジェームズ一等兵だ。
厳しい訓練に耐えて、晴れて海兵隊員の一員になった彼の表情は明るければいいのだが、今の表情は決していいとは言えない。
ここ数日でアジア地域の情勢は急速に不安定になりつつある。
北朝鮮・中国・韓国の首都で起こった大規模な暴動と、それに伴う三カ国の政府首脳部との音信不通…。
アメリカ軍での警戒体制レベルはキューバ危機以来となるDEFCON2となり、戦略核ミサイルを搭載したB-2、B-52爆撃機部隊がいつでも半島と大陸に対して発進準備を整え、アメリカ本国にいる大陸弾道ミサイル部隊もボタン一つでミサイルを撃てる状態となっている。
つまり、すでにアジア情勢は非常に危機的状況下に置かれているというのだ。
「ああ、見たよ…何、大丈夫さジェームズ、ここは安全だ。そう簡単に襲ってくるような人間はいないさ」
ブラウン軍曹とジェームズ一等兵が話していると上空から重たい爆音が響いてくる…滑走路の灯りに惹かれるように大型機のエンジン音が鳴り響く。
航空自衛隊築城基地に着陸する一機の大型輸送機。
白い星を掲げたアメリカ軍のC-5ギャラクシー輸送機が到着した。
基地内は航空自衛隊の基地警備隊とアメリカ軍海兵隊によって普段よりも警備が強固に守られている。
93式近距離地対空誘導弾6台、海兵隊のLAV-AD対空車両が12台配備されており、さらにM1A1戦車4輌、74式戦車E型6輌が基地内に展開しており、基地内の警戒レベルは過去最高に引き上げられている。
C-5ギャラクシーが滑走路に着陸し、格納庫の手前で停止すると後部ハッチが開いた。
すぐに待機していた海兵隊が集まり、ゆっくりとギャラクシーのハッチからフォークリフトが出てきた。
フォークリフトが持っていたのは白い箱であった。
白い箱には何重にも重い鎖が絡まっている。
開けないようにしているのだろう。
MTVR軍用トラックに載せようとした時であった。
突然白い箱が左右に大きく揺れだした。
「な、なんだ?!」
「おい!それを絶対に落とすな!」
「くっ?!ダメです!制御が…うわぁぁぁぁ!!!」
白い箱が暴れたせいでフォークリフトは安定性を失い横転する。
その衝撃で白い箱にヒビが入る。
箱に損傷があったがまだ壊れていない。
海兵隊隊員がホッとしたのも束の間であった。
箱から黒い粘着性の液体が流れ出てきた。
「これは……一体……うわぁっ?!」
箱に近づいていたジェームズ一等兵に黒い液体が飛びついた!
顔に張り付いて取れない。
必死にもがき苦しむジェームズ、傍にいた他の隊員が液体を取り除こうとするも逆に隊員らが液体に取り込まれていく。
異様な光景に基地内が騒ぎ始める。
それを見た海兵隊隊長のトムソン大佐は叫んだ。
「クソっ、ジェームズは手遅れた!全員!あの化け物に向けて射撃開始!絶対に取り逃すな!!」
大佐の掛け声と共に白い箱目掛けて銃弾が撃ち込まれる。
M4A1カービンと89式小銃から発射された5.56ミリ弾が絶え間なく黒い液体に浴びせられる。
近くに駆け寄ってM104ショットガンの散弾を浴びせた者もいた。
さらに戦車に搭載されているブローニングM2重機関銃による集中砲火を行った。
…
…
…
戦闘は僅か10分で終結した。
基地内はとても静かで人の足音すらしない。
航空機は稼働していない、離陸待機状態のまま放置されている。
基地内の宿舎にいたパイロットや整備兵もいない。
通路には血痕と大量に散らばった薬莢と89式小銃が落ちている。
それは周囲の街も同様であった。
深夜でも営業している食堂では、食器と食べかけのご飯が散乱しており、血痕が廊下に散らばっている。
付けっぱなしのテレビから流れる映像は本来いるはずのアナウンサーの座席に血塗れの人形が置かれている。
他の番組も同じだ。
この時点で基地周辺に健全な人間はいなくなり、錯乱した恐ろしい人間たちが跋扈する場と化した。
この日、日本国政府は国家非常事態宣言及び戦後初となる陸海空全自衛隊に対して防衛出動を発令し九州地方全域を封鎖することを決断する。
すでに関門橋をアメリカ軍が爆破し、それでも橋を強引に超えようとしてきた市民は問答無用で射殺された。
国家非常宣言によって海上保安庁、警察、自衛隊には他国の軍隊と同じように自衛警備行動を行えるようになり、海を渡ろうとしてきた者は海保や海上自衛隊によって引き返すように促され、強引に突破しようとした漁船は海保の20ミリ機関砲によって撃沈された。
九州地方の全てが外洋との接触が出来なくなって一週間。
コンビニやデパートは荒らされて、各地で黙々と上がる黒煙と炎。それを止める人間はいなくなり、あるのは錯乱した人間のうめき声だけ…。
そんなカオスと化した九州でただ一人…生存者がいたことはこの時まだ誰も知らなかった。
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