#015 王都に帰ってきちゃった!
アーカディア王国の都市部。それすなわち王都。
あらゆる行商人たちが熱弁をふるいながら機知を競い合う場所であり、産業、軍事力、経済力、それらすなわち国力に最も秀でた華やかな立地。
一見として辺りを見渡す限りでは、黒髪はおらず、皆が皆個性的な髪色を施しているといった具合だ。
そして王都には俺を含めた人間をはじめ、猫耳を生やした亜人種、長い耳が特徴のエルフ、小柄な体躯のハーフリングなど実に多種多様な種族が出歩いている。
「ちょっとカルマ! いきなり移動するからびっくりしたじゃない! ……まあ、移動の手間が省けたからいいけど」
ピーピーとわめきながら体当たりをしてくるカルナを、手慣れた手つきであしらいながら。
「帰ってきたぞおおおおおおおおおっ!!」
俺は背筋をグンと伸ばしながら、両手を勢い良く振り上げてそう叫んだ。
数日前。
俺がまだアファリアに所属していた時は、この王都を本拠地にしていた。
パーティーメンバーから追い出された時、俺たちは神獣討伐後に付近の酒場で祝勝会を上げ、そしてそのまま王都へと帰還することになっていたのだ。
つまり。
「王都ここに、アイツらがいるってことだな」
俺は闘志を燃やしながら、やっと忌々しきアイツらのステージまで帰ってきたんだと。
うっすらと笑みをこぼしながら、これから始めようとする事柄に興奮が抑えきれなくなっていた。
……だがその前に。
『カルマ、カルナ、エレノア、これらの三人を他者から認識阻害』
今の俺の服装はアファリアの格式ある制服だ。
それも物凄く汚れている。
それに俺の両隣には、この王都には場違いなまでの服装をした、言ってはあれだが見てくれだけは物凄く整った女神がいる。
それもトラブルを持ってきそうな危ういメンツだ。
神経質な俺は、念には念をと俺を含めた三人に認識阻害の事象を書き換えておいた。
これでしばらくは安息ができるだろう。
「さすがはカルマくん。でも、認識阻害って、自分よりも魔力の高い人から解除魔法をかけられると……いとも簡単に溶けてしまうのですよ?」
暑さに耐えきれないのか、胸元に一滴の汗をちらつかせたエレノアが、手で仰ぎながらそう一言。
「でも、そもそも認識阻害は他人からの“認識そのもの”を歪曲させるものだ。見えてなければ解除魔法もクソもないだろ?」
俺は自信満々な表情で、そう反論すると。
「確かにそうですね。……でも、この王都は強者ばかりです。……例えば、気配を鋭敏に感じることが出来たり、物凄い聴覚を持った人が現れたとしたら……」
「そ、そこまでは考えてなかったが、エレノアは深く考えすぎだ」
「そうかもしれませんねっ。でも、そういった可能性もあるということです。運が強いというのは……裏を返せば悪運にも強いということになりますからねっ」
そんなエレノアの言葉を耳にした俺は、すぐさま納得した。
確かにエレノアの言うことは最もだ。
今後の懸念材料になり得る。
まあでも、それは後々対策をすれば良い。
今は服を買い、体を清めることが最優先だ。
そう思った俺は。
「近くにブティックショップがあるな。とりあえずは行ってみるか」
ブティックショップとは洋服店のこと。
煉瓦で構成された洒落た店の前には、チラシを配っているアルバイトらしき少女が働いていることから、どうやら朝早くにでも開店しているらしい。
そう思った俺はカルナとエレノアの手を強引に掴みながら、店内へと脚を運んだ。
「いらっしゃいませー!」
木製の綺麗な扉を開けるのと同時に、店員の元気な声と扉に付けてあった鈴がチャランと軽快に音を鳴らした。
とりあえず。
「オススメって何かありますか?」
生まれてこの方、見た目に頓着してこなかった俺はどんな服を買えば良いのか、全く分からない。
そのため、この仕事のプロである店員に聞いてみることにした。
すると。
「そうですね、夏にぴったりなものといえば……これなんかどうでしょう!」
店内をさっと見て回りながら、店員は俺にぴったりだと思う一着を選んでくれた。
それはシンプルな青色を主としたデザインの、やたらと涼しげなシャツだ。
シンプルだけど、それがいいな!
うん決めた。それにしよう!
と。
決めたのだが。
「カルマったらホントおバカね。そもそもお金がないじゃない」
一番肝心なことを忘れていた俺に、一番肝心なことを教えてくれたカルナ。
そしてその隣には、まるでこのことを知っていて敢えて言わなかったかのように、必死な表情で笑いをこらえているエレノア。
ひ、ひどいっ!
「そ、そそそそうだったな。俺ってばうっかりしてた! てへぺろっ」
「て、てへぺろって……ぐふっ」
俺の渾身の一撃により、とうとう吹き出したエレノア。
いつも笑っているエレノアだが、恐らくあれらは全て故意的に創られた偽物の笑顔だ。
ゆえに、俺は今日初めてエレノアが笑っている顔を見たのかもしれないな。
「笑うと可愛いんだな」
ふと、俺の中から無意識にそんな言葉が漏れ出た。
「…………ふ、ふふ。そ、そうでしょ? でも、笑ってなんかいないからね? ほんとよ?」
一瞬にして笑顔を絶ちながら、徐々に俺の元へと詰め寄りながら「今のは見なかったことにしろ」と言わんばかりの表情で威圧してくるエレノア。
そうまでして自身のプライドを、威厳を守りたいようだ。
「わ、わかった、わかったから! エレノアは愛想のない冷淡な女だ! そう! それでいいか?」
ならばその逆で攻めると。
さすがはこの俺!
発想が神がかってるぜ!
すると。
「……なんかむかつくっ」
リスのように頬を膨らませてむくれたエレノアが、胸元から合金でできた鞭を取り出し、すぐさま俺に主従プレイを強制してきた。
「あらカルマくん。薄汚いドブネズミのように地に這いつくばりながら、ご主人様に鞭で躾しつけされるのはどんな気分かしら?」
バシンッ。
そんな音が幾度も店内に響き渡り、エレノアはうつ伏せになる俺の背中を踏みつけながら固い鞭を振り下ろしてきた。
「は、はいぃ。き、気持ちいいです。も、もっとぉ」
「あら、いい子ね」
もちろん最初は物凄い勢いで抵抗していた俺だったが、とうとうエレノア様には成す術もなく抗えないようになっていった。
体全身にイナズマの様に走る痛みを、瞬間的に快感に変換されていく俺の肉体は。
それはそれはもう哀れなものであった。
「あなたに女神の祝福があらぬことを」
新たなる趣味に目覚めようとしていた俺の傍らで、両手を合わせながら祈りを捧げ続けるカルナ。
その気持ちはありがたいけどさ……「ぬ」になってるから「ぬ」! 「あらぬこと」ってそれ否定形だから!!
結果的に俺が救われないことになるから!
「て、てへぺろっ」
か、可愛……くないからっ!
舌を出しながらやっても、全然俺の真似出来てないから!
なんなら俺の方が可愛いから!
――こうして俺は、まるで信じられないものを見るかのような凄絶とした表情の店員と、同じく信じられないものを見るかのような凄絶とした表情のエレノア、そしてこれまた同じく信じられない表情で変顔をかましてくる空気の読めないカルナ。
それら三人にマゾヒストのレッテルを貼られた後、どうやら自身の体がエレノアには抗えないものとなってしまったことを、深くそして深く悦んだのであった――
畜生、あいつら嫌いだ!
……あと、俺は悦んでないからな? それ天の声か何かだから!
――こうして俺は、深く悦んだのであった。
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