#011 【吉報】神様になっちゃった!
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
小股の切れ上がったいい女。
水も滴るいい女。
大和撫子……など。
この世には美を形容する様々な言葉が存在するが、俺は今言葉を選べないでいた。
女神というやつは皆、卓越した美を兼ね備えている。
アルテミスにしてもウェヌスにしても、カルナにしてもだ。
だが俺は今、妖怪じみたまでの美しさの前に、言葉をひれ伏すしか出来なかった。
「アルちゃん、なんだか楽しそうなことしてるね。今から何をするつもりなの? 私、気になっちゃうよ」
「丁度いいところに来てくださいました。エレノアさん、私の目の前にいる彼が、例の地上人であるカルマさんです」
どうやらエントランスに大勢の女神がいたことを疑問に思ったエレノアが、あまりにもグッドなタイミングでやってきたようだ。
するとアルテミスが視線を向けるのと同時に俺の存在を提示した後、続いてエレノアが俺の方に振り向いた。
「ふむふむ」
何かを考えている様子のエレノア。
こうまじまじと見つめられると、照れる反面彼女がいかに美しいのかが次第に理解できてくる。
まずは何と言っても、出るところはしっかりとつき出ており、引っ込むところはきちんと引っ込んでいるという……なんともまあ、わがままなボディラインが目に映えるのだ。
そして彼女は妖艶な体躯を、ウェヌスが着ている巫女服と同じような、それでも少し銀色が強調されたものに身を包んでおり。
髪色までもがウェヌスとそっくりの薄紅色で、しかしながらその要所要所には銀髪のラインが滝のように流れているのだ。
そして全てを見通すかのような、ある意味で恐ろしくも感じられる紫紺の瞳。
さすがは姉妹なだけあって、瞳の色までもが同じといったところだ。
他の女神と比較するなら、美しさだけならカルナとどっこいどっこいだが、あいつは内面でそれら全ての外見を台無しにしており、ウェヌスはまだ幼いがゆえにカルナやエレノアとはまた少し違った美しさを持っている。
つはりはだ。
結論を言わせてもらうと、エレノアは外見、そして丁寧な言葉遣いが匂わせる内面の良さ……それが全てが良いシナジーを生み出しているため、恐らくは女神の中で一番女神らしいといっても過言ではないだろう。
俺たち人間が想像していた理想の女神像そのものなのだ。
すると、エレノアは楚々としたいでたちで、小さな口を開くと。
「カルマさん。いいえ、カルちゃん。……ううん、それだとカルナちゃんと同じ呼び方になっちゃう。それなら……カルマくんだ!」
ぼそぼそと、俺の呼び名を考えてくれた大女神エレノア様。
やだこの子。もう可愛いとかそんな次元じゃないから。
すると、俺の隣にいるウェヌスがしかめっ面で。
「あんたね、なにお姉様を見てニヤニヤしてんのよ。まあ、確かに私のお姉様は誰よりも美しくて、そりゃ惚れない男は男じゃないと思うけどさ」
俺の緩んだ表情を察したウェヌス。
それにしても今、お姉様って言わなかったか?
そう疑問に思った俺がウェヌスに尋ねてみると。
「ええ、そうよ。私とエレノアお姉様は実の姉妹なの。あの可憐で清楚なお姉様が、私の誰よりも尊敬するお姉様なの! いくらあんただからって、お姉様に近づいたら容赦しないからねっ」
そう語るうちに若干のにやけ顔が、俺と同様に隠しきれていないウェヌス。
なるほどな。
そういえば、ウェヌスとエレノアは服装を始め、髪色までもがそっくりなのだ。
エレノアは若干カルナの様な銀髪が混じってはいるが、べースは薄紅色だ。
ツインテールとロングヘアー、外交的と社交的。
見た目の要所要所はそっくりでも、明らかに性格が違うこの姉妹。
すると。
「わあスーちゃん! カルマくんと仲良かったんだ!」
パチンと手を合わせながら、驚いた表情で言うエレノア。
「お、お姉様! 勘違いしないでください! 私はこんなアンポンタンで変態野郎なんかとは仲良くありませんから!」
アンポンタン!
変態野郎!
撤回してくれよその言葉!
「へ、へんたい? よく分からないけど、スーちゃんに仲良しなお友達ができて、お姉ちゃん嬉しいわ」
女神のような笑顔で、そう微笑むエレノア。
ホント、まごうことなき女神さまだ!
すると。
「……おっほん。それでは立ち話も済んだところで、皆様には早速、ここにいるカルマさんに幸運の力を授ける儀式を始めてもらうのですが……よろしいでしょうか?」
本題を提示し始めたアルテミスの一言で、女神たちは統率のとれたように真剣な表情で定位置に付き始めた。
「私はよろしいで~す。それとね、アルちゃん」
そう手を挙げながら元気よく返事したエレノアが。
「確か……その儀式って、みんなで詠唱をするものだけど、これでも一応できるよね」
そう言ったエレノアが。
「えいっ!」
とても心許ない声を出しながら。
――俺に抱き着いてきたのである。
えっ!?
なんだこれ。ホント、なんだよこれ。
顔やら体やらにめっちゃ柔らかいものが当たるし、何よりすっごいいい匂いがするし!
もう天に召されそうなくらいに幸せなんだが。
すると。
「お、おおおおおおお姉様!? ……あ、あんた! 今すぐにお姉様から離れなさいよ!」
何やらとウェヌスらしき声が聞こえるが、今の俺は五感全てをエレノアに奪われている。
緊張と羞恥と、そして悦ばしくも嬉々とした感情が入り乱れて、俺が俺じゃなくなりそうだ。
「そ、そうですね……。あまりにも直接的ですが確かにそれでも儀式は執り行えます」
すると。
「そ、それでは私もっ!」
次はアルテミスの声だろうか? 何やらもう一人、俺の背面から絡みついてきたようだ。
すると次々にドタバタと足音が聞こえながら、俺はこのまま窒息死するのではないかと思うほどに何かがのしかかってくる。
「な、なによアルテミスや皆まで……これじゃ、私が仲間外れみたいじゃない!」
そして最後の一人が俺にのしかかり、いよいよ死を覚悟した俺だが、やはり幸せには抗えないというもの。
どうしよう。ホントにどうしよう。
このままだと死因があまりにも幸せ的で、この世の男共から反感をかいそうだ!
そして遂に。
「……カルマさん。手荒でしたがたった今、儀式は終了いたしました。あなたは今日、この日をもって人間をやめられたのです」
危うく気絶しそうだった俺から遠ざかり、そう告げたアルテミス。
そうか。
なんか物凄くめちゃくちゃだったけど俺、遂に神になったのか。
「……つまり、あんたは神様になったってことね。もう、これじゃさっきのセクハラを裁けないじゃない。ついでにお姉様に触れた罪も」
アルテミスに続いてウェヌスが今一度、俺の現状を明言してくれた。
それはそうと、さっきのってセクハラだったの!?
あまりにも理不尽過ぎるけど!
「スーちゃんに言ってた“へんたいさん”の理由が分かった気がする……かも」
もじもじと照れた表情で、別の事柄を明言し始めたエレノア。
そもそも、諸悪の根源はエレノアだから!
いたたまれない。ホント、いたたまれない。
そして俺は。
「みんなありがとな。こんなどうしようもない俺にここまでしてくれて。神になってからどうするのか、まだまだ見えてない状況だけど、いつかはここにいる全員に恩返しができるように、俺頑張るから!」
もう自らが変態であることを受け入れ、感謝の思いを告げた。
いろいろとあったが、こいつらが俺にしてくれたこと、何もない俺に力をくれたことは感謝してもしきれないことだ。
いつかはきっと、凄い形で恩返しをしてみせるさ。
「何よ照れくさいわね。別にそんなのいいっての。あんたは今まで辛い思いをしてきた分、次は幸せに生きるの。これは私からの命令。いいわね?」
幼い顔の中にある、凛として芯の通った表情でそう言ってくれるウェヌス。
俺は本当に幸せ者だ。
「ああ、ありがとう。その命令に従わせてもらうことにするよ」
そして。
こんなにも感動的なシーン。
これほどまでに感動的な一コマに、場違いなまでの一切空気を読めていない奇声が……遥か上空から近づいてくる。
ああ、またこれか……。
俺は聞き覚えのある声に、そして空気の読めないとこに関しては定評のあるソレに敢えて目を伏せ。
「カルマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ! 落ちるから受け止めなさいよぉぉぉぉ!!」
落下してくる純白のソレは、天から舞い降りてきた天使でも何でもなく。
「まあ! カルちゃん!」
嬉しそうな表情でそう言うエレノアをよそに、俺は落下してくるソレを受け止める姿勢に入り。
そして。
「お前はいつもいつも、なぜに空から降ってくるんじゃああああああっ!」
俺はカルナと別れる時、感動的なまでの別れ方をしたはずだ。
待ってろ。と。
怒るカルナに、「ああ、その時は存分に叱ってくれ」と。
それがなんだこれは。
「だってだって! お腹が空いたのに誰もいないんだもん!!」
俺は華麗にカルナを受け止め、とりあえずはこう一言。
「おいカルナ。お前、俺のこと怒ってたんじゃないのか?」
すると。
「あ…………」
はたと何かを思い出したような表情をした後。
「ふんっ! わ、私は今怒ってるので話しかけないで!」
とって付けたかのような、ひどい演技を俺に見せつけながらそっぽ向くカルナ。
マンガとかなら大体一番初めに出てくる女の子がヒロインだけど、俺は認めない! 認めないからな!
俺のヒロインは絶対にウェヌスとエレノアだ間違いない!
ダブルヒロイン最高!
すると。
「カルちゃんだ! カルちゃん! 今日もカルちゃんは面白いね! ……クスクス」
カルナを見るたびに、腹部を抑えながら笑いを堪えきれないでいるエレノア。
「げっ、エレノア……。私、あなたのこと苦手! べーっ、だ」
なぜかエレノアを発見して舌を出しながら威嚇した後、すぐさま俺の背後へと隠れるカルナ。
仲が悪いのか良いのかが全く分からないな。
そして。
「そろそろ地上界に戻らないといけない時間ね……。あんた、今から私が地上界に戻るためのゲートを開くから、そこに飛び込みなさい」
エントランスにある時計を見ながら、そう告げるウェヌス。
気になった俺が、こういう説明の場合に頼れるアルテミスに聞いてみると。
「そうですね、天界ここは元々女神専用に創られた神聖な場所ですので、男性の方の長期滞在は体に異変を起こしてしまいます」
なるほど。
それはマズイな。
もうずっとこの天界にいる方が幸せに暮らしていけると、一瞬考えてもみたがどうやらそうも都合よくいかないらしい。
そこで。
「……なあ、神様にしてくれたのにわがままで本当申し訳ないのだが……ぶっちゃけカルナと二人は不安でさ。誰か地上界についてきてはくれないか?」
俺はわがままなのかもしれない。
けれど、今後の不安要素を想定してみれば、ここで聞いておく他はないのだ。
するとウェヌスが。
「そうね、あんたの気持ちすっごい分かるわ。でも、私はこれから“行かなきゃならない場所”があるの。それが全部終わったら……その時はまた一緒にいてあげる」
俺は後ろで暴れるカルナを抑えながら、ウェヌスのありがたい返事を素直に受け取った。
「ああ、その時は地上界のこといっぱい、いっぱい教えるから。だからその時まで元気でいろよ」
「あんたに言われずとも分かってるわ。楽しみにしてるわねっ」
彼女がこれからどこで何をするのかは分からない。
恐らく、彼女の笑顔の奥底にある少しの不安を抱えた表情を見る限り、聞いてもはぐらかされるだろう。
それならと、俺は笑顔で応えるだけだ。
そして、なかなか同行してくれる者が現れず、いよいよウェヌスがゲートを開き始めたその時。
「私、ついて行っても大丈夫ですか?」
小さく手を挙げたその者を見た瞬間に、俺は喜びの表情を隠し切れず、一方カルナは放心状態に。
そしてウェヌスは、「お姉様! 地上なんて飢えた獣ばかりです!」と、若干俺の方をじろじろと見ながらエレノアに向かって手を伸ばす。
「だって楽しそうじゃない! いろーんな人間を私の思いのままに従わせて、そして“おもちゃ”にするのっ!」
満面の笑みで、一切の曇りのない表情でとんでもないことを口にするエレノアを見ながら。
俺はエレノア最初に会った時に感じた、あの妖怪じみた恐怖と、カルナがひどく嫌う理由が氷の解けるようにじわじわと理解した。してしまった。
そしてエレノアは俺たち二人の手を取って、引きずるようにゲートへと飛び込んだ。
「えいっ!」
アレだ。エレノアはサディストだ。
もうどうしよう。不安要素が増えてしまっただけじゃないか。
そう強く確信してしまった俺は、手を合わせ祈りを捧げるアルテミスを含めた女神たちと、大事な姉を連れていかれたことで若干顔が引きつるウェヌスの表情を最後に。
――地上界へと向かっていった。
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