#007 ハーレム展開になっちゃった!

「――ああ、これから神になる者だ」



 そう言ってから、幾分かの時が流れたように……感じた。


 時が止まるとはこのことを言うのだろうか?


 事実でありながら、俺のどうしようもなく救いようのない発言を耳にした女神たちは、沈黙で静まり返っている。



 そして審判の時は訪れる。


「あー、分かったわ。あんた、女神審議会で選ばれたやつでしょ? 大方予想がついたわ」


 そう言って最初に、この凍り付いた空気に亀裂を入れたのは薄紅色のツインテールをした女神、ウェヌスだ。

 彼女をよく見ると、ここに来る前にカルナが言っていた『ちっこい女神』という言葉の意味がようやく理解できた。

 なぜなら、彼女の背丈は物凄く低かった。俺の身長が大体170センチぐらいだから、俺の肩の位置に頭を並べる彼女の身長は結構低いということが頷ける。

 そして、女神という存在が皆こうなのかは分からないが、少なくともここにいる女神たちの大方が純白のローブに身を包んでいるのに対して。

 彼女は燃え滾るように真っ赤な、だけどなぜか落ち着いた巫女服に身を包んでいる。

 さらに、彼女の紫紺の瞳が相まって幼さの陰にある美しさが強調されているのだ。


 それにしてもこの女神、ツンツンと偉そうでカルナとは真逆の性格をしているな。


 まあ、人間が十人十色いるように女神もまた然りといったところか。


 そしてアルテミスがおずおずと口を開き。


「き、気付くのが遅いわねウェヌス。あ、あなた、この天界が創造されて以来、男が天界ここに来たのは異例のことなのに……驚かないの?」


「別に驚いたりしないわ。男という生物は初めて見たけど、噂ではよく『女を片っ端から食い散らかしていく下劣な淫獣』と耳にしているから大方の想像はついていたわね」


 と、アルテミスに向かってウェヌスがとんでもないことを口にして。


 流石にこの状況で黙ってはいられない俺は、全人類の男を代表して一言。



「どんな偏見だよ!」



 そして。


「だって事実じゃない。それに、あんたは女神審議会で選ばれたからって自惚れているようだけど、私からの票はカルナが勝手に入れたものだから。私はあんたのことを認めていないわ」


 蔑んだ表情で、初めて会う俺という男にやたらと冷たく当たってくるウェヌス。

 そういえばカルナのやつ、女神審議会にて満場一致で決まったとか言ってたよな?


 あんにゃろ。何が満場一致だ。


 一番厄介そうなのを忘れてるじゃねえかよ。


「なら……」


 ならばもうこの際、押して押して押しまくるしか打開策はなさそうだ。


「なら?」


 先程から決して俺と目を合わせようとしないウェヌスが、そう言葉を返す。


 そして俺は。



「認めさせてやるよ」



 ウェヌスに指をさし、堂々と構えた。

 俺はこれから神になるんだ。

 まずは女神の一人、俺の存在を認めさせることから始めようじゃないか。


 するとウェヌスは狡猾な笑みを浮かべながら。



「へえ、面白いじゃない。ならやってみなさいよ――」


 そしてウェヌスが更に言葉を続けようとしたところで。



「ちょっとちょっと! ウェヌスだけずるい! 私もカルマくんと話したい~!」


「あっ。ちょっとアルテミス……って、皆まで……ど、どきなさいよ!」


 突如としてウェヌスを勢い良く押しのけたアルテミスが、俺の元へと近づきながら。


 同時に他の女神たちも群れを成して近づいてくる。


 そして。


「ちょ、息が出来ないから! そんなに密着されると、理性が保てなくなるから!」


 もはや何人いるのか見当もつかないこの状況で、俺は自身の顔やら体やらの部位から、何やら柔らかくも生暖かい感触を感じるのである。

 俺を窒息させたいのか、鼻からの出血多量で過剰出血による死を招かせたいのかは定かではないのだが、恐らくこの女神たちに悪意はない。


 なぜなら。


「こ、これって触ったらお巡りさんに捕まっちゃうやつ!? 仮に捕まっちゃうとしてもこれはもうしょうがないよね! だって至る所に――」



 ――おっぱいがあるのだから!



「カルマくんは私が捕まえてあげるわよっ」


 先程までの長時間労働でおかしくなったのか、俺の脳内から真面目で清楚というイメージを片っ端から消し去ってくるアルテミス。

 いや、どうしろと。

 童貞の俺にいきなりの主従プレイを押しかけてどうしろと!?


 ある意味で、ここが天界だったと確信を持った俺は。



「思ったんだけどさ。マンガとかの大抵の主人公って、こういうラッキースケベイベントが発生した時に照れるばかりで何もしないじゃん? それでさ思ってたんだよ」



 俺は男だ。

 まごうことなき男だ。

 俺のたくましい息子に誓って、自分は男なのだと誇りをもって叫べる。


「俺なら欲望の赴くままに、後悔しないように……女の子と戯れまくるってな!」


 そして俺は固く冷たい床に仰向けで横になり、まるで何かを悟ったかの表情で。


「さあ! 来なさい! 神である俺が全てを受け止めてあげようじゃないか! ……さあ!」


 そう叫びながら、それと同時に少しばかり恥ずかしくなってきた俺はそっと瞳を閉じる。

 今の俺は一切の視界を閉ざされた状態だ。

 それゆえに、現在俺の耳に入ってくる外からの喧騒が少し恐ろしい半分、興奮に胸を躍らせている。


 幸いにも今の俺には意中の女性はいない。


 こんな俺でも、好きな子の一人や二人がいたなら決してこのような行為には及ばなかったのだが。


 残念ながら俺はフリーだ。


 男の誰もが一度は夢見るであろうこのハーレム状態を、俺はどこぞのヘタレなマンガ主人公に代わって、思う存分に堪能することに決めた。


 そう、決めたのだ。


 そしてトントンと、何かがこちらに近づいてくる足音を、俺の変態じみた鼓膜は1ヘルツたりとも聞き逃さない。


「じゃあ、いくわね?」


 今、イクって言ったか?

 それはさすがに早いだろうと、そう思ったが。


 むしろ嬉しい限りだぜ!


 そして近づいている何かの気配を、俺の専念された五感が感じ取り。


 軒並み速くなっていく心音に緊張感を煽られて。



 ――俺は、ごくりと生唾を飲んだ。



 そして。


「あれ、そういえばさっきの声ってどことなくウェヌスに似ているような……」


 時すでに遅し。

 俺の変態じみた鼓膜は、どうやらウェヌスの声だとは判別できなかったみたいで。


 ……そして俺の腹部が、柔らかいおっぱいが当たったり、これまた柔らかい尻に敷かれた。



 というオチではもちろんなく、俺が目を見開くと同時にウェヌスの強烈なまでの蹴りが俺の煩悩ごと、夢の彼方へと吹き飛ばしたのだ。



「そ、そりゃねえよ……」


 うん。

 ホントそりゃない。

 こんなオチ、俺は望んでなかったぞ!


 俺がダメージを受けた腹に、両手を抑えて痛みを緩和させていると。


 初対面の時よりも更に、恐ろしく強張った形相で俺を睨みつけるウェヌスが。



「改めて。私の名前はウェヌス。六大女神の一人にして“豊穣の女神”」



 そう言って。



「これから、そんなクズなあんたを矯正してあげる」



 不敵な笑みを浮かべたウェヌスは、俺の髪を掴みながらそう言った。


 ヤバい。

 もしかして俺、神様訓練のハードル上げちゃったか? 

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