#006 神殿に入っちゃった!

 さて。



 そういえば、先程は吐き気を催していたせいであまり周りの風景を意識していなかったが。


 改めてみると、ここは天界というか楽園ともいえる程に……絶景なのだ。


 一切の混じりを許さない蒼穹に、地上にいた時より物凄く近くに感じる太陽。

 だが、それでいて体に何らの影響はなく、辺りに浮遊している雲が新緑の世界樹を生やして、紫外線やその他の有害物質を吸収してくれているのだ。


 そして極めつけに。


 永遠と広がる雲で彩られた地平線に、その雲の所々から顔を出す無数の放物線を描いたような虹。

 それと、目を凝らしてでしか見えない距離にあるのだが、恐らくは花々とそれらを潤している噴水が遠目に映る。


 これらの七色に染められた風景と、今俺の目の前にある高潔で格式のあるアルテナ神殿とが美の相乗効果を発揮し。



 まさにここは人々の理想の世界と言っても過言ではないだろうと、そう思わせるほどに美しい。



 そして女神カルナからの恩寵を存分にもらった俺は、目の前の神殿に向かって歩を進めた。

 雲はただの水蒸気の塊であり、俺の足場は今にも崩れ落ちそうなほどに静謐且つ柔和な作りをしているが、今は恐れている場合ではない。


 自身が神に至るために、神託を得るために……俺は進まなければならない。



 ――いつかは訪れるであろう、ヤツラに制裁を下すその時に備えて。



「確か……ウェヌスとかいうちっこい女神に会えばいいんだったよな?」


 なんとか神殿までの数歩を歩き終えた俺は、やっと安心感の持てる大理石の上で。


 先程カルナから貰った助言を思い出す。


「ここを押せば、開きそうだな」


 そして神殿の正面に広がる巨大の扉を開くため、俺は一か所だけ怪しいレバーのようなものを見つけ。


 その巨大なレバーに全体重をかけながら勢い良く押してみた。


 すると。


「は、羽根の生えた女神っぽいやつらが……たくさんいるぞ!」


 俺の目の前には、大理石の所々にプラチナが無数にはめられた巨大な空間が広がっており。

 そこには、数え切れない人数もの女神と思わしき女性が、せっせと働いていた。



「こちらアルテミス。現在地上界の運気が不足しています! 運気総務部長のセレスは至急窓口まで来てください。……繰り返します……」 


 俺の一番近くにある、窓口らしき場所で働いているアルテミスと名乗った女性が、拡声器を使って他の女神を呼んでいる。


「ヘファイストスさん! こちらが今日の日経平均運値となっております! 人事部へと速やかにお伝えください!」


 一方では、ダンボールを大急ぎで運んでいる女神が、ヘファイストスという女神に何かを伝えている。


 そして。


「もうっ! あの“六大女神長”様はほんとに……ほんとに仕事をしないんだからっ!」


「カルナのこと? あの子なら現在自室に引きこもって居眠りをしているけど」


「はああああ? もう私我慢なりません! ただでさえ、一人の人間にたくさん運気を与える予定ですのに、このままでは世界中の人々がみんな不幸になるじゃない!」


「落ち着いてアルテミス。……あ、それと明日のシフトは休みになるけど、大丈夫?」


「ダメに決まってるじゃない」


 こちらでは黒縁眼鏡を付けたお姉さん風のアルテミスいう女性と、薄紅色のツインテールがよく似合った小柄で釣り目な女神とが、何やら会話をしているようだ。

 今、カルナって聞こえたような。

 それにカルナが女神の仕事を放棄して、他の女神の仕事を増やしまくっている……とも聞こえたような。

 どこかブラック企業の職場見学を彷彿とさせるような展開に、俺は若干目を引きつらせながらも温かい目で見守っておくことにしておいた。


 よし、ここは面倒事に巻き込まれないように、一刻も早くウェヌスとかいう女神を見つけ出さねば。


 するとその時。


「……あら、天界に男の子なんて……初めて見ましたような。あなた、どこの所属の子? 経理部? それとも製造部?」


 黒縁の眼鏡をキリっと上下させたアルテミスが、出来るキャリアウーマンのような雰囲気を存分に醸し出したアルテミスが。


 ようやく俺の存在に気付いてしまったようだ。


 これはマズイ。


 全く関係無いのに、俺まで仕事をさせられてはたまったものじゃないからな。


 そこで俺は端的に。



「俺の名前はカルマ。わけあってウェヌスという女神を探しているのだが」



 すると目の前の小柄な女神が口を開き。



「私がウェヌスよ。あんた私に何の用?」



 ツンとした表情で、薄紅色のツインテールをなびかせながらそう言ったウェヌスの傍らで。




「「「「「「カ、カルマ!?」」」」」」




 先程まで馬車馬のように働いていた全員の女神が足を止め、そう叫んだ。



 そして俺は。



「ああ、これから神になる者だ」




 とりあえず調子に乗ってみた。

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