#005 天界にやってきちゃった!
飛行中のカルナをくすぐり続けてほんの数分が経過し、俺は目の前にそびえ立つにわかには信じがたい光景を目にして。
息を呑んだ。
「神殿って……おいおい、でかすぎるだろこれ」
おおよその高さは100メートルといったところだろうか?
全体が大理石のような石材で作られたアルテナ神殿は、およそ数千本はあるだろう柱に支えられており、強固なる歴史をどことなく感じさせるのと同時に、気品立った印象をも受けさせる。
そして、なぜか神殿の東側前面が西側よりもわずかに高くなっており、そのきれいなムーヴを描いた曲線がまた、自身の目に錯覚を起こさせるような……そんな不思議な感覚にも駆られるのだ。
「はぁ、はぁ……お、おどろいたでひょ?」
「語尾がなんかおかしいぞ」
俺に長時間くすぐられ、終いには表情筋の制御が利かなくなったカルナ。
女神の威厳など全く感じさせないその表情は、さながら夜の水商売から帰宅してそのままテキーラをラッパ飲みしたかのような、そんな表情だった。
「……お、おっほん。カルマさあん? よくもまあ、女神であるこの私を散々辱めてくれましたね? 覚悟はよろしくて?」
そしてピタリと、佇まいを正したカルナの表情は、満面の笑みの奥にあるどす黒い怒りが隠し切れていないものであった。
これはマズイと。
機転を利かせた俺は。
「い、いやあ、初めて会った時から思ってたけど、カルナってちょー美人だし、ちょー頼りになるし、ちょーいい女だよな!」
俺がカルナと出会ってからまだ一日すら経っていないが、なんとなくカルナはおだてられることに慣れていないと思う。
見た目とは裏腹で、直ぐに調子に乗るお調子者というレッテルが、俺の中では張り付けられているのだ。
恐らく、さっきまでの怒りなんか忘れて、「カルマったらよく分かってるじゃない! もっと褒めてもいいのよ?」などと浮かれる事だろう。
「……カルマったらよく分かってるじゃない! もっと褒めてもいいのよ?」
ほらな。
一言一句当てるとか俺ちょー凄い。
もういっその事エスパーにでもなろうかな。
すると、そんなことを思っている俺に向かって、カルナがはたと何かに気付いたような表情で。
「……い、いま、いい女って……言った?」
いつものアホ面を見せながら、けれどもその奥に見えるつぶら且つ儚げな表情で、カルナは赤面を隠しきれないといった様子だった。
え?
カルナってこんなにも可愛いかったっけ?
まあでも、カルナはこう見えてもれっきとした女神なんだ。
こいつの内面ばかりを見せられて忘れていたけどさ、普通にしていればこいつって凄く可愛いんだよな。
……いかんいかん、一瞬でもこいつにときめいちまった。
そして俺は未熟だった先程の自分を追い出すべくして、自らの頬にビンタを一発。
次に、これでも消えてくれない邪心を浄化すべく、自らの顔面に握りこぶしを着弾させる。
こうしてやっと。
「ううん! 言ってない! 『ちょーいい女だよな!』とか、そんなカルナに縁のない言葉なんか言ってないから!」
渾身の一撃を繰り出せるのだ。
するとカルナは突如として頬を膨らませ、そのまま俺の胸倉を掴んで。
「な、なによ! そんなことぐらい言われなくても分かってるし! もうなによなによ! バカルマ!」
「ひ、ひどいっ! バカと俺の大切な名前を足すなよ!」
そして。
「もう知らないもんね。せっかく私がこれから始まる“神様訓練”の担当をしてあげようと思っていたのに。バカルマには違う女神の子にいーっぱい痛めつけてもらうもんね!」
「なにそれ怖いっ!」
「もう許さないもんね。それじゃ、私は先に神殿に入って優雅にくつろいでるから! 後は精々一人で頑張ればいいわ!」
べーと舌を出しながらそう言葉を残し、カルナは神殿の奥へと飛び立っていった。
さて。
「どうしよう」
これはさすがにやりすぎたと、俺は少しばかり反省する。
カルナの精神年齢は、恐らくというか絶対に低いと思う。
そのカルナとの付き合い方を……俺は誤ってしまった。
人生にやり直しは利かない。
さっきカルナの言っていた神様訓練とやらをどうにかやり遂げて、カルナに謝ろう。
俺がそう強く決意したその時。
前方から物凄い速度で何かがやってくる。
また隕石か何かなのか?
いやでも、あの隕石完全に万有引力の法則を無視してるよな。
そう。
俺の元へと向かってくるソレは、完全に真横から飛んできているのである。
じゃあ何なのか。
そう思った俺は目を細め、向かってくるそれをまじまじと見つめていると。
「……はぁ、はぁ。……し、神殿に着いたら、まずは“ウェヌス”っていうちっこい女神に声をかければいいわ! …………こ、困ったら、いつでも呼んで……ね?」
息を切らした純白の女神、カルナが俺に助言をしてくれた。
……って、カルナが戻ってきたじゃないか!
そしてそのまま急いで引き返すカルナを。
「ちょっと待ってくれ。カルナに言いたいことがあるんだ」
神様訓練を終えた後に言おうと思っていたことだが、早いに越したことはないだろう。
俺は謝罪の意を伝えるべくして口を開くと。
「それは神様訓練が終わったら聞きますっ。今の私は怒っているのです! もうカルマにかける言葉はありませんよ!」
そう言いながらそっぽ向いたカルナの表情をうかがった俺は。
「ああ、分かった。訓練を終えたその時は……また会って話を聞いてくれるか?」
カルナは心は、いわば子供めいた童心だ。
笑う時は笑い、悲しむときは悲しみ、怒るときはちゃんと怒る。
ある意味で決してぶれないカルナは、俺の憧れなのかもしれない。
そしてカルナは俺の元へと近づき、彼女の両手が俺の両手を包み込みながら。
「あなたに女神の祝福があらんことを」
そうして――
「答えはイエスです。私はあなたを怒りながら待っていますから」
その何にも代えられようのない笑顔に当てられた俺は、カルナの隠し下手な優しさを感じ取り。
「ああ、その時は存分に叱ってくれ」
――太陽の位置は近かったが、それでもこの熱はきっと別のものだと、俺はそう感じた。
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