#003 女神さまに選ばれちゃった!

 街一つをお月さまに映えるクレータのごとく消し去り、街の人々は無事だったかというと……


 それはそれはもうピンピンしていたさ。


 自分でも驚くほどにだ。

 では一体なぜだと問われると、些かわけが分からないといった中途半端な答えしか出せないのである。


 そして俺はというと、隕石の一番近くにいたにも関わらず無傷だ。

 目の前で気絶しているチンピラ三人もまた然りといった具合だ。


 そもそも、一般的に隕石が落ちてくる確率なんて160万分の1だと言われているのに、こう都合よく落ちてくるなんて不気味だ。


 実は俺が神様とやらに選ばれちゃって、その神パワーやらを授けられて人間離れした幸運を引き起こせるようになった……


 などというお約束的展開だったら嬉しいんだがな。


 まあ、ないか。


 そう打ちひしがれいる俺の元へ、突如として空から何かが降ってくる。


「おいおい、また隕石か!? 冗談じゃない。次こそホントに死ぬから!」


 と、その場を離れようと必死に足掻いたが、どうやらそれらは功を奏しなかったみたいだ。


 落下してくるそれは俺が瞬きをするごとに距離を縮め、終いには俺に向かって衝突した





 拝啓。


 故郷で農業を営む両親へ。


 お父さんお母さん、前々から思っていたことなんだけど、この際はっきりと言わせてもらいます。


 農業を営むばかりか、自分探しをするからといって家を出ていったお父さんは、別の国で売春行為に励んでいたようです。


 お父さんが売春して、もはや誰得なんだよと突っ込まざるを得ない状況でしたが、死んだ今だから言えることです。


 一応アレも農業で言うところの“肉体労働”だから、お母さんどうか大目に見てやってください。 


 それとお母さん。


 いつも台所でゴキブリと対峙する姿には尊敬の意を抱きますが、毎回毎回俺の隠しておいたエロ本を丸めて武器にするのはやめてください。


 それでその使用後の本をこっそり元の場所に戻すのはやめてください。


 ゴキブリの死骸に染められた哀れなほどに醜い本だと気づかず一発抜いてしまった後で、実はゴキブリで欲望を満たしていたんだと気づかされるあの背徳感。


 ここだけの話、たまんないからっ!




 ……と、走馬灯のごとく繰り返される両親への不満が脳内をグルグルと螺旋状に回りながら。




「起きてください!」




 朦朧とした意識の中、聞き覚えのある美しい声音が聞こえる。

 さっき二度目の隕石が落ちて、それで俺は死んで……


 ん?


「あれ、俺……生きてるのか?」


 意識を覚醒させた俺は、とりあえず目の前のありえない光景に……若干の戸惑いを隠せないでいる。


「き、君は誰だ!? ……って、これって膝枕じゃ、」 


 そう、俺の目の前には美少女が膝枕をしてくれているという……なんともありえない光景が広がっていたのだ。


「やっと起きましたね。はあ、」


 え?

 今この子、なかなか起きない俺にうんざりしたかのような、若干気だるげそうなため息を漏らさなかったか?


「初めまして。そして初めましてついでに単刀直入に言います。私は女神カルナです」


 そう名乗ったのは、腰まで届くほどの銀髪をしたカルナという少女だった。

 少女特有の愛くるしさなどは微塵も感じられないほどに、人間離れしたいかにも形容しがたい美少女のカルナが……俺をニマニマと見つめた。

 そしてその美しさを逃がさまいと、彼女の羽織る純白のコートが崩れることのない静謐さを強調している。


 というか。


「今、女神って言ったか?」


 すると、カルナは自身の碧眼をむっと細めてから。


「ああそういう反応は大方予想していました。かといって私が女神である証拠を提示するのも面倒なので……いいですね? カルナ様は女神。ほら、言ってみなさい」


 何だろう、初対面で何だろうこの子。

 まるでどこぞの宗教が行う催眠術的な何かと、微妙な親近感と自らの危険を察知した俺は。


「カ、カルナは女神さま。カルナ様は女神。かるなさまはメガネ」


 あれ……今言葉を間違えたような。


「誰がメガネよ! 人ですらないじゃない! いや、そもそも私は人じゃなくて女神であって! ……まあいいわ。私は“悲哀の女神カルナ”。今日の女神審議会の結果、カルマさん、あなたは満場一致で神に至る権利を得ました」


 そう笑顔で告げるカルナだが、俺は自分の理解の遅さに若干うなだれていた。

 まあ、今この状況を直ぐに理解できるやつがいるのなら教えてもらいたいぐらいだが。


「つまり……どういうことだ?」


 とりあえずはもう一度説明を要求してみる。


 すると。


「まったく、めんどくさい野郎ですね。これだから人間は。それにですね? 第一にあなた、私と名前が似すぎなんですよ! いくらこの崇高なる私に憧れの念を抱いているからといって、もうちょっと場をわきまえるか改名するかしたらどうです?」


 いきなり親から貰った大事な名前を否定された。


 確かにカルマとカルナは似ているが……。


 うん、何だろう。物凄く殴りたい気分なのだが。


 まあ、洗練された紳士の俺は、そんな些細な気持ちをグッと堪えつつそっと胸の内に秘める。


「……まあいいです。説明すると、女神審議会という名の『この世界で最も不幸な人間を一名あぶりだす』という全世界の女神が集結して行われる会に、あなたが選ばれたというわけです」


 なるほど。

 確かに俺は家族同然の仲間に裏切られ、有り金全てをむしり取られ、それゆえにホームレスを運命づけられ、そしてチンピラどもに殺されそうになって、またもや隕石の落下で殺されそうになると。

 こう言葉にしてみると、本当に俺ってとことん運が悪かったのだと、改めて再認識した。


「それで女神の使いっぱしりであるカルナが、俺に神様になるための権利をくれたと」


「おお、なかなか理解が早いじゃないですか……って、誰がパシリですかパシリ! こう見えても私は女神学校で主席だったんですからね! ふふん、どう? すごいでしょ?」


 何だろう。

 このどこかしらか漂ってくるポンコツ感は。

 それに女神に学校なんてものがあるのかよ。

 つまりは女子高だろ?

 なにそれ行きたい!


「あーすごいすごーい。かるなさまさいこー」


「えへへ。もっともーっと、褒めてもいいのよ?」


 この直ぐに調子に乗ってしまうちょろいカルナ様は、こう見えても一応は女神らしい。

 とりあえずこれに関しては、まずは信じてみないと話が進まなさそうだ。


「じゃあさ、一つ気になることがあるんだけど。なんで隕石が直撃したのに俺を含む街全員の人が無事なんだ?」


 そう、これは非常に大事なことだ。


 すると。


「ああ、それね。ホントは死んでたのよ。あなたも街の人全員も」


「ど、どういうことだ?」


 俺が実は死んでいただと?

 些か信じられないことだが。


「隕石が落ちてきたのはただ単純に、あなたの運の悪さが招いた奇跡なのよ」


「そんな奇跡が起こるのなら、その隕石を神獣にぶちかましたかった次第だが」


 この奇跡が神獣討伐時に起こってくれたならば、俺の冒険者生活は途切れなかったのにな。

 ……あ、でも、あいつらの本性が知れた分にしては、まあ良かったのかもな。


 結果オーライだ。


「それで間一髪地上に降り立つことに成功した私が、一瞬であなたたちを生き返らせたってこと。死後から一分が経つと、私たち女神でも生き返らせることが出来ないから本当に危なかったわ」


 なるほどな。

 ということはカルナは命の恩人というわけか。


「ありがとな」


 俺は真っすぐな目で、心からの感謝を伝える。


「な、なによ急に改まっちゃって。も、もっと感謝してもいいのよ?」


 不意を突かれたことで、女神の威厳など全くと言っていいほど保てなくなっていたカルナ。


「ならさ、隕石が落ちて来る前に聞こえたアレは何だったんだ? 『あなたたちに神の祝福がどうたら』って」


 詳しくは覚えてないが、俺がチンピラ三人と対峙している時、殺される寸前に聞こえたあの声はカルナの声で間違いないと思う。


「……なるほど。あなたには隕石が落ちて来る前に聞こえたのね。無論、その声は私の声であって、死者を蘇生させるための神託よ。どうやら私が天界から地上階に来るときに、ほんの少しだけだけどタイムラグが生じたみたいね」


 分かりやすいような分かりにくいような……。

 まあでも、とりあえずはカルナが本当に女神であることと、隕石が落ちたのはカルナが俺に授けた幸運によってのものではなく、単に俺の運が悪かっただけだと。

 二つの確証が持てただけ、前進できたといっていいか。


 そしてカルナは吹っ切れたような表情で俺に手を差し伸べ。


「まあいいわ。あなた、今から天界に付いてきなさい。そこでいろいろと説明した方が早いし、何よりあなたはこれから神様になるのだもの」


 そう笑顔で微笑んでくれた。


 カルナのありがたい誘いに乗りたいのはやまやまだが、一つだけ不満な点がある。


 それは。


「俺の名前はカルマだ」


「知ってるわよ。今更どうしたの?」


 そうじゃなくて。


「名前で……呼んでくれ。なんかこう、他人行儀なのもあれだろ?」


 恥ずかしい! 恥ずかしいよ!


 何とか不満を言ってのけた俺のもとに。


「そ。じゃあ行くわよ。カルマ!」


 満面の笑みで、突如として背中に六枚の純白の翼を生やしたカルナが、俺の手を強く握りそう叫ぶ。


「ああ!」



 ――朝焼けとともに、俺は小さな幸せを噛みしめながらもそう叫んだ。

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