#002 隕石が落ちてきちゃった!

 ふと空を見上げると、美しく輝く満月が俺を執拗に照らしてくる。

 夜空に張り付けられたあまたもの星々は、今の俺の心なんてちっとも分かってはくれない。


 今の俺はさまよえるユダヤ人。


 仲間を全て失った今の俺に残っているもの、そんなものは何一つない。

 強いてあげるとするなら、今となっては思い出すだけですら憎らしく思えてくるような、そんな楽しかったころの思い出……


 ただそれだけだ。


「悔しい……」


 無意識に……いや、意識的に俺はそう口にしていた。

 失った幸せを、偽りだったと認めたくない思い出を、やつらは俺の存在ごと切り捨てたのだ。


「復讐してやる……」


 ふと。

 そう思った。


 だが。


「それじゃあいつらと同じか」


 俺ははたと気付いた。気付いたんだ。

 復讐なんぞに時間をかけるほど醜いことはないと。

 そして同時にこうも思った。

 決して醜くなく、それでいてやつらに俺という存在のありがたみを思い知らせる方法を。


「神になればいいんだ」


 と。


 痛々しいのは承知の上だ。

 だが、この世で最も崇められている者、勇者や王女以上に崇高なる存在。


「それは神じゃないか」


 と。


 そして俺は神を目指すべく、遠くも険しい夜道を歩き進めた。





 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 先の全く見えない夜闇歩き続けること、早一時間。

 俺は少し街灯の増えた街へと辿り着いた。


 先程の酒場からどのくらいの距離を歩いたのかは定かではないが、俺はようやく寝泊まりできる場所を見つけたと、安堵のため息を漏らした。

 そして宿に何泊できるかを確かめるべく、右膝のポーチに入れておいた金銭を取り出す。


 ……のだが。


「……お、おいちょっと待て。無いぞ……こっちにも無い」


 体のあらゆるところを確認する俺だが、金は一向に見つからない。


「あらゆるところだぞ? これだけ探してもないとかどういうことだよ」


 さっきからやたらと“あらゆるところ”を強調する俺だが、別に変な意味じゃないからな? いやマジで。


「ひょっとして……まさかあいつらがっ」


 そして俺の脳内には数時間前の出来事が再生される。


 クエスト終了後、森の中にある酒場に行き、俺はパーティーを追放されたと。

 いや待てよ、酒場から出ていくときにマーラから不自然極まりないボディタッチを受けたような。

 そしてそのボディタッチが、俺の右膝だったような……。


「あいつかああああああっ!」


 あまりにも気づくのが遅かった俺は、過去の自分を恨みつつも、今晩は野宿をするのだと……そう腹に決めた。

 そういえば神獣の討伐報酬は100万ベルだ。

 それをマーラを合わせた六人で山分けをし、大体16万ベル貰えたんだけどな。

 今思えば、役立たずに16万も与えること自体、後々取られることのサインだったのかもな。


 そう自らの心に言い聞かせた俺は、野宿にピッタリの場所を探すべくして薄汚い路地裏をさまよっていた。


 すると。


「なんだなんだあ? こんなとこに何の用だ? ……ってその服ッ」


 先の見えないでいた俺の目の前には、美しい女神さまがいました!



 ……などという素敵なオチではなく、ナイフを構えた三人のチンピラがこちらを睨みつけていました。



「最強ギルド、アファリアの服じゃねえか。なんだなんだ? 俺たち社会のゴミを消しに来ましたってことか?」


 一応自分がゴミという自覚はあるんだな。

 まあ、俺もその巣に迷い込んでしまった辺り、半ば同類といったところだが。


「ようこそ最底辺の世界へ」


 どこのキャッチフレーズだよそれ。

 確かに路地裏=最底辺の世界みたいな偏見はあるが、そう自信満々に言われるとどう反応していいやら。


 そして。


「さっきから黙り込んで俺たちを見下してるのか? おい、何とか言ってみろやお偉いさまがよ」


 おっといけない。自己紹介がまだだった。

 ここは少し気張って自己紹介をするとする。


「あー、悪い悪い。俺の名前はライト。この国の勇者様だ。お前ら、さっさと跪け」


 とりあえず忌々しいあいつらへの腹いせにと、そして勇者のイメージダウンを狙った俺は、そう言い放つ。

 こんな薄汚いところに住む連中だ。

 どうせ勇者の顔など見たことがないに決まっている。

 んでもって勇者のオーラに圧倒されて俺に従うと。


 さすがはこの俺! この完璧な計画!



 ……だが。



「「「じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ」」」



 逆に火に油を注いでしまったのか、俺にナイフを向けながら突進してくるチンピラ三人が同時にそう叫ぶ。


 今の俺には一切の武器がない。

 ならば魔法を使えば万事解決ではないのか?

 残念ながら神獣討伐時に魔力を使いすぎたせいで、回復までにあと十年かかるとのこと。

 つまり。


「い、いったんおちつこう。うんうん。いや、おちついて茶でもどうだ? あ、そもそも茶がないな。いやどうしよう。ホントに。……ってマジで死ぬから! 何でもする! しますから許して!」


 醜い俺の叫び声が、終わりの見えない路地裏に小さく響き渡る。


 これは本気でマズい。

 死ぬのか?

 神になるとか抜かした数分後に、間抜けで無様に死ぬのか?

 待て。

 まてまてまて。

 ホントまって。


 死にたくない死にたくない死にたくない!


「神がいるなら助けてくれッ!」


 もはやナイフの刃先と俺の心臓の距離が分からなくなったその刹那。



『あなたたちに女神の祝福あらんことを』



 美しい旋律が、俺の脳内に響き渡った。

 今までかつて聞いたことのない美しい声音。



 そして――


 一瞬のうちに空が闇を切り裂き、俺とチンピラ三人の間に小さな物体が――


「って、これって隕石……!?」


 そのまま物凄い速度で落下してくる隕石は、この場にいる俺たち全員に死の恐怖をもたらせるかの様に、大地を煩雑にまき散らし、



 ――街一つを滅ぼしたのである。

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